024.王都到着
「ほら、あそこが王都だ。もう見えるぞ。俺も王都に行くのは初めてだ。城壁からして凄いな」
「わたくしは三度目ですわ。三重の壁があって丘の上にあり、片側には大河も流れているので、防御力も優れているのですよ」
ラントたちは漸く目的地、アーガス王国王都、アーガスに辿り着こうとしていた。この旅の目的地であり終着点だ。
まさか踏み抜いた地雷が絶世の美しい公爵令嬢であり、せっかく抜けた魔の森の中を再度足手纏いを連れながら抜け直し、懸賞金と名誉目当てのハンターには追われ、せっかく紛争地帯を抜けたと思えば教会に目を着けられ、とラントの想像以上に地雷だった。
だがマリーは性格も良く、頭も良く回る。所作も品が良く、ラントの言う事は良く聞く。エリーはマリーを推しすぎてたまに口論になるがマリーに対しては良い主従関係を築いている。
ラントはエリーの態度は特に気にしていない。信用ならない平民に対する侍女の態度ならあの程度当たり前だろう。
いつでも寝首を掻ける実力がある相手ならば当然の警戒だ。むしろ警戒しない方がおかしい。マリーはその辺りが逆に甘い。常に守られる立場に居たからだろう。危機感が薄いと感じた。
「長いような短いような一月と少しだったな」
「ふふふっ、そうですわね。でもこれほど刺激的な旅は初めてですわ」
「そりゃそうだろう。普通は経験しないもんだ。と、言うか令嬢が経験するような旅じゃない。お前たちは知らないだろうが何度か危ない場面があったんだぞ。影で俺が動いて潰して置いたがな」
「まぁっ、ありがとうございます。下町での暮らし方など知らなかったのでご迷惑をお掛けしました」
「気にするな。令嬢にそんなことを求めたりしない。さぁ行くぞ」
ラントはハンター証を見せて門の中に入る。王都だけあって列は長かった。マリーはエリーと楽しそうに話している。エリーなど待ち時間が長すぎたのかトールを呼び、トールはエリーに飛びついてエリーが落ちそうになった。
「トールちゃん。おいで。きゃっ」
「ばかっ、何してる」
バトルホースの体高は高い。中型犬クラスであるトールが飛びつけばそうなるであろうことは目に見えていたのになんと馬鹿なことをする侍女だろうとラントは呆れて〈念動〉でエリーを支えてやった。
マリーはそれに気付いたようで軽く頭を下げてきた。魔力感知が順調に育っているようだ。
マリーは案外魔力の扱いがうまく、教えるとするすると吸収していった。それに伴って治癒魔法などもうまく扱えるようになった。
神の愛し子として覚醒してからマリーの治癒魔法の威力も範囲も上がったようだ。魔力隠蔽を教えなければならないが時間が足らない。そこらへんはアーガス王国の魔法士たちに教えて貰えば良いだろうと考えていた。
「次っ」
門番に漸く呼ばれ、ハンター証を見せる。入市税が銀貨五枚だ。なかなかに高い。マリーたちの顔を見ても怯まない。しっかりと教育された門番だった。賄賂は必要なさそうだ。
第一の門を潜っても王都に入ったとは言えない。なぜならそこに広がっているのは農地だからだ。大河の潤沢な水を引き、王都の住民を賄うほどとは行かないが広大な農地が広がっている。
整備された街道をゆっくりと進み、第二の門に行く。ここでは税を払う必要はない。ここからが本当の王都だ。
「人が凄いな。お前ら、下馬しろよ」
「わかっていますよ。王都で乗馬できるのは貴族や騎士、魔法士だけです。並足でも衛兵が飛んできますよ」
「わかっているならいい。いや、王都はお前らのが詳しいんだったな」
ラントは王都の土を踏むのは初めてだ。貴族の多い王都はラントに取って鬼門だった。それに比べ、マリーとエリーは三度目だと言う。彼女たちの方が王都には詳しいのだ。
「いえ、わたくしたちも下町の方は良く知りません。一区や二区の一部と貴族街くらいしか知りませんわ」
「普通はそこら辺は庶民は入れもしないもんだ。俺も良く知らん」
アレックスとイリスを連れて目貫通りを歩く。戦時中とは思えないほど賑やかだ。アーガス王都は人口三十万と言われている。四方に大きな街道があり、その先には大都市がいくつもある。魔物もほとんど出ない。まさに国の中央にふさわしい場所に建てられている。
王都の北側の防備が厚い。これは対帝国をイメージして作られた街だからだろう。遠くからでも見える城は優美でもあるが剛健でもある。帝国という大きな敵がいるので、本当に最後の砦としての役割も併せ持っているのだ。
王都の地理はわからないが中心部を目指すのは変わりがない。何せ目的は王城だ。
まず貴族街近くの宿を取る。宿は王都に詳しいマリーが選んだ。
流石にもう安全だと思われるが二部屋取るにはあまりに料金が高かった。今まで泊まっていた宿とは格が違うせいもある。マリーたちは今更だと言って一部屋で許してくれた。
だが部屋に着くとすぐ風呂に入るように言われた。いつもはマリーたちが先に入るのにおかしなことだと思いながら言われた通りに入念に洗う。
マリーたちも風呂に入る。いつもは長いのに今回は三十分ほどで出てきた。更にマリーはラントが与えた物でなく、自前のドレスを着ていた。エリーも侍女服に着替えている。
「どうしたんだ。何かやることがあるのか」
「ラント様の服ですよ、服。ラントの一張羅は良い物ではありますが貴族街を歩くには問題があります。作りにいきましょう」
ラントは何を言われているのか理解できなかった。
「はぁ?」
エリーは声を上げたラントに説明する。立派な貴族令嬢に仕える侍女の姿だと思った。
「私たちを連れていけば褒美がでますよ。それも王妃様や王太子殿下直々にです。何せ王妃様はマリーお嬢様の叔母であり、王太子殿下や王女殿下は従兄弟に当たります。そんなマリーお嬢様を救った英雄に褒美を出さない王族はいらっしゃいません。大金が稼げますよ。まさか要らないとは言いませんよね。司祭様の懐ですら漁るくらいですから」
ラントはぐぅの音もでなかった。司祭の懐を漁ったのは習慣みたいなものだ。ちなみに司祭は本当に金を払うつもりだったのか聖金貨五十枚以上持っていた。ラントの懐は温かい。
「それにここまで連れてきてくれたのです。私たちからもお礼をしたいです。まさか放り出すつもりだったのですか?」
「ラント、わたくしたちにお礼をする機会を設けさせてください」
「くっ、勝手にしろ。だが一時間だけだぞ。それ以上は付き合わないからな」
ラントはマリーにそう言われると弱かった。惚れた弱みでもある。
マリーに縋られると振りほどけない。仕方なくラントたちはマリーに案内されるままに服屋に向かった。
マリーは最初に着ていたドレスではないが、手持ちの鮮やかな青色のドレスを着ていて、元の装飾品も着けている。とても似合っているがすぐには褒める言葉も出ないほど美しかった。
上級貴族令嬢としての風格さえ感じられる。
(いや、中級まで魔法が使えるんだ。〈洗浄〉くらい使えるか)
エリーの侍女服もラントが与えた物ではなく公爵家のお仕着せだ。最初の時に見た限りであるが、良く見れば仕立ての質が明らかに違う。流石公爵家、お仕着せのレベルも違うとは恐れ入ったとラントは思った
◇ ◇
「なぁ、一時間って言わなかったか?」
「もうちょっと、もうちょっとだけですから。ほら、ラント。靴職人が足のサイズを測りたいそうですよ」
「靴まで作るのかよ。誰が払うと思ってるんだ。ここ幾らするんだ。王室御用達って書いてあったぞ」
「大丈夫です。気にしないでください」
マリーが文句を言うラントにどんと胸を張る。何せここはアーガス王都だ。母の出身はこの国の公爵家である。家紋を見せればそれだけでツケが効く。これまでは一文無しでラントに頼り切りのマリーであったが、ここは貴族街近くの王室御用達の歴史ある服飾店である。
マリーたちがドレスを着ていたのもそのためだ。マリーのドレスを見た瞬間、店員の態度が変わり、店長が相手をしてくれている。
護衛騎士が居ないのを不思議そうに見ているが、ラントが凄腕の護衛だと紹介し、母の実家の公爵家の家紋のついた短剣を見せ、登城することを伝えると職人たちは物凄く張り切った。
(うふふっ、慌てるラントの姿などそうそう見れませんわね)
なにせラントの素材はとても良い。背は高く、筋肉はごつくはないが綺麗についている。彼が元々着ていた服も悪くはないが、所詮既製品だ。更に幾度も使っているのか多少擦り切れている。
そんな服で登城させるわけには行かない。マリーたちよりも職人たちの方が張り切っている。
「ラント様、登城するのですからそれなりの物を身に着けて居てくれませんと」
「本当に俺も行くのか」
「護衛もなしに貴族街から城まで歩かせる気ですか」
「いや、知り合いの魔法士に貴族がいるからそいつに連絡して迎えに来させるつもりだったぞ」
エリーは驚いた表情をした。
「知り合いに貴族がいるのですか。初耳です」
「変わり者でな。魔法にしか興味がない奴だ」
「似た者同士なのですね」
「どういう意味だ」
相変わらずラントとエリーは仲が良い。マリーはくすりと笑ってしまった。
此処から先は伏魔殿ではあるが、マリーの慣れた場だ。
エリーに煽られたからではないが、ラントくらいコロコロと手の平で転がしてくれよう。マリーはエリーに言われた外堀を埋めるため、手段を選ぶつもりはなかった。
「ふぅ、ようやく終わったか。三着作って出来上がりは三日後だって? なんで三着も必要なんだ。それに早すぎだろう。おかしいんじゃないか。オーダーメイドだぞ。それに触ったことのないような生地だった。」
「あの店の職人全てを総動員するそうですよ。たった三日です。これまでの旅路と比べたら些細な差に過ぎません」
「だがさっさと城に入った方がいいだろう」
「ラントはわたくしとそんなに早く別れたいのですか?」
「うっ」
上目遣いでラントを見つめる。するとラントは怯んだ。三級ハンターや教会騎士にすら怯まないラントが半歩後ずさる。
(これは使えるわね)
マリーはこういった手は使ったことがなかった。使う必要もなかった。何せ幼い頃に王太子殿下の婚約者として決定していたからだ。
王太子殿下も教育はしっかりされ、女性のサポートなどお手の物だった。紳士度ではラントは及びもつかない。
ラントは褒めてはくれるが、褒め方が単調なのだ。貴族はそれではやって行けない。褒める所がないような相手でも、良い所を微に入り細に穿つように探し出し、褒め称えなければならないのだ。褒め方のバリエーションも重要だ。
ただマリーはラントのような素直な感想も好きだった。本心だと簡単にわかる。わかってしまう。貴族の仮面を被らないラントのなんとわかりやすいことだろう。今も照れている。マリーへの想いは本物なのだ。
(お嬢様、その調子ですよ)
(わかったわ、頑張るわ)
エリーが耳打ちしてくる。
その日のうちに服だけではなく、装飾品も選ぼうと思ったがラントは装飾品は自前の物を使うと言い張った。
多少デザインは今風ではないがラントの持つ装飾品は品が良く、更に聞いてみると物凄い魔法効果までついている。
(そうだったわ、ラントはテールの麒麟児。放浪の大賢者様の弟子なのよね。錬金術で装飾品など幾らでも作れるのだわ。王都の装飾品店でもこれほどの物は作れないでしょう)
マリーはラントの手持ちの装飾品を見せて貰い、ラントの凄さを垣間見た。
そして自らの薬指に輝く指輪を見て、顔が赤くなっているのがわかった。
◇ ◇
マリーとエリーが本領を発揮しだします。王都は彼女たちの庭のような物です。逆にラントは王都は初めてなのと、ここでお別れだと思っていたので当てが外れてしまいます。まぁここで別れさせてしまうと話が終わってしまうのですが笑
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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