023.別れの前
「ふぅ、焦ったぜ」
「ご迷惑お掛けしました」
「いや、神の愛し子なんて相当レアだぞ。悪いのはそれを追う教会であってマリーが悪いわけじゃない。むしろ愛されていることに誇りを感じろ。神聖魔法を本当に使える者などそうそういるもんじゃないぞ」
翌日、アークアを無事に出立した。
マリーには決して神に祈るなと厳重に言い聞かせてある。
ラントはこっそりと教会を見に行ったが、司祭たちが帰らないと騒ぎになっていただけで、ラントたちが犯人であるとか、マリーが治癒魔法の使い手であるとかの情報は得られなかった。一安心だ。
「ふふっ、マリーお嬢様が聖女ですとか、私感激です。もとより聖女だと思っていましたが本当にそうだとは」
「バカっ、口に出すな。誰かに聞かれたらどうする。〈制約〉に付け加えて置こう」
後一週間も進めば王都に入る事ができる。もう目と鼻の先だ。エリーの乗馬もなかなかうまくなってきた。マリーたちがつけた名、イリスは従順なのでエリーの指示よりもラントの指示を優先する。だがちゃんとエリーの言うことも聞いているようだ。
王都に着けばマリーたちとはそこでお別れだろう。少し寂しいがあれだけの報酬を貰ったのだ。母の形見だと言っていた。マリーに取ってとても大切なものに違いない。それを差し出すマリーは美しく思えた。
思えばあの時からラントは惚れていたのかも知れない。
(いかん、俺とマリーでは身分が違う)
ラントはブンブンとアレックスの上で首を振った。余計な事を考えていては襲撃に気付かないかも知れない。
なにせ街道にはまだ傭兵たちが闊歩しているのだ。たまに騎士たちも通る。南方から逃げ出してきた商人たちもいる。大街道はかなり混雑していた。
バトルホース二頭に乗る三人は相当目立っていたが、絡まれることはなかった。移動している者たちは皆目的があって移動しているのだ。通常他所に絡むことなどない。ただし視線は集めている。気をつけねばならない。
司祭たちや下衆な傭兵たちが特殊なのだ。特にこの辺りは騎士の巡回もあって治安が良い。襲撃の心配もそうなかった。
王都付近は魔境がない。故に安全な地であり、ハンターには旨味がない。だからハンターの姿はほとんど見かけない。
王都にはハンターギルド本部があるが、ほとんどが支部からの書類を整理し、指示を送る為だけで、役所に近い扱いだと聞いたことがある。
「そろそろ俺たちの旅も終わりだな。案外長く掛かったものだ」
「ラントには本当に感謝しています。何せ最初の襲撃で命を落としていてもおかしくなかったのですから」
「魔力があるんだから魔法を放てば良いだろう。中級まで使えるのなら十分実戦で使える。後は人に向けて放てるかどうかだけだ」
「わたくしにはそれが一番難しいことのように感じますわ」
「そうだろうな」
人を殺すのは勇気がいる。案外勢いでやってしまった方が良い。更に次の殺人にも間を開けない方が良い。二度やれば慣れる。
一度だけだと人を殺したという恐怖を味わい、精神的に病む奴も出るくらいだ。
だが殺人など縁がない方が幸せであるのは確かなのだ。貴族令嬢であるマリーやエリーにはそんな事はして欲しくないと思った。ただそれも時と場合による。
「だが自分やエリーの命が掛かっているんだぞ。使える物はなんでも使って生き残らんと死しかない。懐剣で喉を突くより先にやれることはあるだろう」
「そうですわね。考えが足らなかったかも知れません」
ラントはマリーが懐剣を隠していることに気付いていた。しかしそんなもの奪われてしまえば、魔法で拘束されてしまえば使う機会すら与えられない。エリーは魔法は不得手だそうなので仕方がないが、マリーは中級まで使えるのなら立派な戦力だ。
襲撃者たちも数を減らしていた。ドアを蹴破った油断した襲撃者たちに向かって中級魔法を放てば自力で生き残る目もあったかも知れない。
ただその後あんな場所で生き残れるサバイバル力がない。どちらにせよラントの助けは必要だった。
マリーやエリーは笑顔が戻っている。エリーなどチラチラと並走するトールを見つめている。危ないからやめろと何度言ってもやめないのだ。
トールにラント側の外側を走るように指示するとエリーが残念そうな表情をした。
「今日は休憩所で野営だ。土魔法で小屋を作ると目立つので天幕(テント)だ。見張りはやってやるから安心して眠れ」
「わかりました。天幕泊も慣れれば良いものですね。革鎧を付けて寝るのは慣れませんが」
「そればかりは我慢しろ。何があっても良いように細心の注意を払う必要がある。王都に着けばそれも解消される。もう少しだ」
案外マリーも図太い。最初は慣れなかったようだが最近は天幕も嫌がらず、むしろ楽しんでいるように思える。
トールは外で見張りだと伝えたらエリーが寂しそうな顔をしていた。わかりやすい奴だと笑いが漏れる。
休憩所は混んでいたので端の方に二人用の天幕を立てる。ラントは焚き火に当たり、椅子に座って寝る。魔熊の皮で作ったハンモックのような椅子だ。頑丈なので咄嗟の時の盾にもなる。
ラントは寝ていても探知魔法や感知魔法を切らさない。そういう訓練をしているのだ。無闇に近づく輩がいたり、魔物が襲ってきたりすれば即座に起きる。装備も外さない。
「それではおやすみなさいませ。見張り、全て任せてしまってごめんなさい」
「マリーたちは見張りのやり方も知らんだろう。天幕の中で魔力制御の訓練をしてから寝ることだ。良く眠れるぞ」
パチパチと弾ける焚き火で串肉を食べ、マリーたちをテントに押し込める。
見上げると赤い月と蒼い月がかなり近い。異世界にいると言う実感が一番湧く瞬間だった。
◇ ◇
「はぁ、長い旅だったわね。でも短くも感じるわ。不思議ね」
「そうですわね、マリーお嬢様。ですがこのままではラント様は去ってしまいますよ」
「はっ、そうね。ラントと別れたくはないわ」
テントには遮音の結界が張られている。外がやかましいと寝られないだろうと言うラントの配慮だ。テントの中の会話も聞こえないらしい。ラントのことだから乙女の会話を盗み聞いたりはしないだろう。
「王都についたら役目は終わりだと言ってラント様は離れようとするでしょう。そこでマリーお嬢様がラントを騎士に任命するのは如何でしょう。何せアーガス王国は同盟国とは言え他国です。信頼できる騎士がマリーお嬢様には必要です」
「でもラントは嫌がらないかしら」
エリーは首を傾げた。
「テールの麒麟児だとバレるのは嫌がるでしょうが、ラント様もマリーお嬢様に惹かれているご様子。王都に入れば王妃殿下に拝謁も叶います。そこでラント様を私設騎士として迎え入れたいと言ってしまえば良いのです。外堀を埋めてしまえばラント様も逃げられません。嫌がる振りをしながらもマリーお嬢様を見捨てるようなことはしない筈です」
「なるほど。そうね、ラントはああ見えて優しいもの」
マリーはエリーの考えに賛同した。エリーは続ける。
「それに王都に着いてもマリーお嬢様の安全が確保できるわけではありません。ラント様しか頼れる方は居ないのは事実です。それにあの剣の実力、魔法の力、錬金術の力、どれもマリーお嬢様にとって有用です。それにトールです。明らかにトールはただのダイヤウルフではありません。ラント様もそうですがトールが傍に居れば安心ですよ。と、言うかトールちゃんなしの生活なんてもう考えられません!」
エリーはトールの部分について特に力説する。エリーがトールラブなことは周知の事実だ。何せ毎日毛皮をブラシするのも風呂に入れて洗うのもエリーがやりたがるのだ。あまり構いすぎるのもどうかとマリーは思うが、トールは嫌がらずにエリーに懐いている。
だがその部分を除けば良い案に思えた。
アーガス王国に信用できる者たちはそう多くない。叔母や従兄弟たちが騎士を付けてくれるだろうが、エーファ王国の騎士たちはマリーたちを魔の森に捨てようとしていたとラントは言っていた。では誰が信用できるのか? 今までずっと献身的に守ってくれたラント以外居ない。
最初はマリーもエリーもラントを信用できなかったが、ここまでされて信用しない訳がなかった。何せ教会にすら喧嘩を売ったのだ。
「それにラント様も言葉遣いは少し乱暴ですが責任感の強いお方です。真摯にお願いすればマリーお嬢様の傍に居てくれますよ」
「そう、そうよね」
貴族の権力を使われるのをラントは嫌うだろうが、マリーもラントと別れる事になるのは嫌だった。
ならばラントの優しさにつけ込むしかない。
幸いベッドの中でラントの気持ちは確認している。身分差を気にしているようだがテールの麒麟児であればどうとでもなるだろう。
今両国は帝国の悪意に晒されているのだ。ラントが有能さを示し、マリーが補佐すれば伯爵位くらいどうにかなるのではないか。
仮にも公爵の娘である。そして叔母が王妃であり、従兄弟が王太子だ。
例えば叔母などに頼み込み、マリーが女伯爵となり、ラントを夫として迎える。それならば祖父の寄り子の子爵家辺りに養子に取ってもらい、戸籍ロンダリングをすればマリーとラントが結ばれてもおかしくはない。
やり方は色々とあるのだ。ラントには思いつかないだろうが、マリーならば様々な方法を取ることができる。
「ふふふっ、そうね。権力の使い方というのはそういう風に使うのよね。昔お父様やお兄様に教わったわ」
「マリーお嬢様。悪い顔になっていますよ。珍しいことですね。でも私はマリーお嬢様のそんなお顔を素敵だと思います」
エリーに言われてついほっぺたをぐにぐにしてしまう。そんなに悪い表情をしていただろうか。
だが恋する乙女は強いのだ。多少の障害など実力で排除してしまえば良い。
手札は幾らでもある。王都に着き、叔母や従兄弟、従姉妹たちに会えさえすればマリーの立場は確立する。祖父である公爵家の力も使えるだろう。
(ラント、逃さないわ。絶対よ)
ラントは貴族社会に属するのを嫌がるだろうが、元は伯爵家の出だ。貴族のなんたるかを全く知らぬ平民ではない。
それにマリーにはラントが気に入るであろう手札が何枚か頭の中に浮かんでいた。
マリーは別れを前に涙する、か弱い女などではない。そんなか弱さはこの長い旅の中で捨てた。ラントが捨てさせたのだと言える。
怖い思いを沢山した。人死にも見た。司祭や教会騎士などマリーの不手際で死んだくらいである。アレックスたちもラントは殺しを嫌そうにしていたが、躊躇わなかった。
そんな強さが欲しい。必要だ。マリーの乙女心はメラメラと燃え盛っていた。
◇ ◇
別れが近づき、マリーはエリーと共にラントを絡め取る決心をします。手放すつもりはありません。
王都に着けばマリーの独壇場になります。今まではラントの住む世界での旅でしたが、これからは貴族社会と言うマリーの得意とする世界に入るのです。続きを楽しみにして頂けると嬉しいです。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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