022.指輪
「説明は後でする。一端アークアに戻るぞ」
「えっ、いいのですか?」
「一番近い街でやるのが一番だ。これは大至急だ。事の大きさをわかっていないな。神気が漏れるなど聖国に狙ってくれと言わんばかりだぞ」
マリーは自身が何をしたのかもわからなかった。だがあのラントが焦っている。それだけ重大事なのだ。教会の司祭や教会騎士を殺したことよりも大事(おおごと)なのだと言うのだから本当なのだろう。
マリーたちは即座にアークアに向けて出立した。
着くのはすぐだった。門番が出ていったのになぜ戻ってきたのか不思議に思っているくらいだ。マリーとエリーはフードを深く被っている。髪色が変わったのは気付かれていない。
ラントたちが帰った後、真っ白なバトルホースが五頭アークアに帰ってきた。ただし主人を失って。
揃いの白のバトルホースなど教会関係者しかあり得ない。だが誰も乗って居ない。門番や衛兵は大騒ぎになった。
「〈亜空間〉」
宿を取ると即座にラントは〈亜空間〉を発動した。宿もいつもの高い宿ではなく、門近くの安宿だ。初めて入る安宿に今まで泊まってきた宿は良い宿だったのだとマリーたちは再確認した。
なにせ客層が違う。清潔感もない。食事も期待できないだろう。だがラントは場があればどこでも良かったのだ。即座に三人で黒い渦に入る。そこは以前見た工房だった。
「ふぅ、まぁ座れ。事の大きさを理解していないようだからな。まさかマリーが覚醒するとは思わなかった」
「覚醒……ですか?」
「そうだ。神の加護を持っていても扱えなきゃ意味がない。どんな神が加護を与えたのかわかりもしないからな。教会も判別できない」
「マリーお嬢様なら愛の女神様に決まっています」
「エリーは黙っていろ、今は大事な話だ」
「は~い」
ラントの表情がいつになく厳しい。ラントは常に緊張感があるが、気の抜きどころはわかっていた。普段は緊張感を漂わせながらも、時折力を抜いているのがわかる。
アレックスたちを相手した時も、傭兵に襲われた時も、教会騎士を相手取った時もこんな表情はしなかった。
神の愛し子など伝承に過ぎないと思っていた。もしくは聖国のプロパガンダだ。だが歴史を見れば実在したことは確かだ。ただ少なくとも今のエーファ王国には存在しない。アーガス王国にいるとも聞かない。居ても必ず隠すだろう。教会や聖国に狙われることなどわかりきっているからだ。
聖国には幾人かいると聞いているがどのくらい居るのかなどは公表されていない。
「神の加護を持つ者は神気を操れる。それは瘴気を浄化できるんだ。簡単に言えば歩くだけで魔の森を切り拓くことができると言えばわかりやすいか?」
「本当ですか!?」
「まぁ一人で切り拓こうなんて正気の沙汰じゃないけどな。魔物は必ず反抗してくるし、最悪氾濫する。神気で魔物を倒せるまで研ぎ澄ますのは相当の時間が掛かる。そんなことは問題じゃない。教会にマリーが神気持ちだと気付かれないことが重要だ。あいつら、気付いたら何が何でもマリーの身柄を拘束しようとするぞ。そして一生聖国の大聖堂で飼い殺しだ。もしくは魔境を浄化する作業に一生従事させられる。聖女だと崇められるが自由はないぞ」
「そんなっ、マリーお嬢様をそんなことにはさせません」
エリーが本気で訴える。ラントは真剣な表情で答える。
「あぁ、俺もそんなつもりはない。だが今のマリーには神気を操る術はない。神に祈れば神気が漏れ出すだろう。だからアークアに一度戻ってきた。時間が掛かるからな、戦いもあったし、今日はもう移動できん。夜にはちゃんとした宿に泊まらせてやるから心配するな」
「はい、ラントにお任せします」
マリーはラントの言う事がどれほどの事だかすぐには理解できなかったが、喫緊の大事であることは理解できた。
教会は嫌いではないが聖女だと崇められ、閉じ込められるのはごめんだ。マリーにも貴族の矜持と言う物がある。
「ちっ、コレを使うしかないか。マリー、少し手を触るぞ」
ラントが〈念動〉で取り寄せたのは大きくはないが透明で綺麗な魔法石だった。明らかに他の魔法石とは格が違うのがわかる。大貴族の夫人たちが見たらこぞって買い求めるだろう。王家でも欲しがるかもしれない。それほど美しく輝いていた。
ラントはマリーの左手を丹念に触っていた。あまりに執拗に触られるので恥ずかしく思って顔が赤くなるのがわかった。だがラントの表情は真剣だ。マリーの手しか見ていないのがわかった。
「あのっ、少し恥ずかしいのですが」
「黙っていろ。もう終わる」
ラントが台の前に立ち、目の前に素材を集めて集中する。美しい魔法陣が五つも現れ、魔法石に魔法を籠めていく。いつにない集中だ。恐ろしくて声も掛けられない。
その時、エリーの腹がぐぅと鳴った。エリーは恥ずかしそうにしている。ラントは集中を切らさず、一切気付いていない。マリーも小腹が空いていたことに気付く。
幸い街を出る前に保存食などを買ったばかりだ。はぐれた時などの為にマリーの収納鞄にも色々入っている。
マリーはクッキーとドライフルーツを取り出した。ドライフルーツはラントがフルーツを買ってきて自作してくれたものだ。これがまた通常のドライフルーツより瑞々しくて美味しいのだ。
マリーとエリーは邪魔しないようにこっそりとクッキーとドライフルーツを食べた。
二時間も経っただろうか。ラントの集中は途切れない。だがそろそろ終わりそうだ。美しい魔法石は更に小粒になっていた。そしてピンクゴールドに輝く魔法金属が輪を作り、小さな魔法石を包(くる)んでいく。
「はぁ、久々にこれだけの物を作ったな。腕が鈍ったかな。やはり定期的になにかやらんと鈍るか」
ラントが声を発したことで緊張感が溶ける。なにせマリーとエリーはラントが作業している間一言も喋らなかった。喋れなかった。
ラントの集中を見るに喋っていたとしても気付かれなかっただろう。だがそんな雰囲気ではなかったのだ。
ラントが近寄ってくる。「左手を出せ」と視線で合図してくる。素直に出すとまさかの薬指に美しい指輪が嵌められた。
「ラントっ、貴方」
「ラント様っ。ついにマリーお嬢様を娶る気になったのですね」
ラントは不本意そうな表情をした。それにラントがあれほど焦っていたのだ。色恋の話などではないのは流石のマリーでもわかる。
「冗談を言うな。左手薬指は心臓に一番近い。そして神気も心臓から出るものだ。それに祈る時は両手を組むだろう。神気を漏れなくさせるにはそこに栓をするのが一番だ。だから左手薬指なんだ。勘違いするな。ついでに男避けになってちょうどいいだろう。指輪を着けていれば紳士ならば諦める。蛮族たちは気にせんがな。さぁ、行くぞ。今日の宿を取らにゃならん。こんな宿でお前らを泊めさせられん。入ってくる時の下賤な視線に気付いたか? あいつら放っておいたら夜に襲撃してくるぞ」
マリーはそう言われて客の視線が下品だったことを思い出した。襲撃と言われてぞっとする。
亜空間から出ると即座にチェックアウトする。
「なんだ、うちはご休憩の為の連れ込み宿じゃないぞ。余程激しくしていたようじゃないか。がっはっは」
宿の主人はラントが疲弊している事でそんなことをのたまった。マリーたちはさっさと下品な宿から去り、昨日とは違う高級宿に泊まった。
◇ ◇
「ふぅ、生き返るな」
今日は先にお風呂を使ってくださいと言われ、ラントは素直にそれに従った。
教会騎士たちとの戦闘。マリーの聖女の卵への覚醒。本気の錬金術。久々に本気で疲れた一日だった。夕食も食べたが味がほとんどわからなかったほどだ。
早急にマリーに神気の扱いを覚えさせなければならない。あの指輪でしばらくは抑えられるだろうが、本人が無自覚に発する神気を全て抑えられるものではない。
マリーの資質は思っていたよりも高い。そのうち指輪でも抑えきれなくなるだろう。その前に神気を隠す術をマリーに教え込まなければならない。
(間に合うか? いや、王都に行けば流石に大丈夫だろう。その間に鍛える。そうすればなんとかなるはずだ)
幸い神気の扱いは魔力の扱いと似ている。魔力制御を鍛えれば自然と神気を抑えることもできる。
ジジイに教え込まれたスパルタをマリーに行わなければならない。それがちょっと憂鬱だった。
マリーは貴族令嬢だ。本来ならそれほど魔法の力など必要としない。周囲の騎士や魔法士が守るからだ。
本人がやる気であるなら別だが、今頃は普通に結婚し、幸せな家庭を築いている筈だった。
それを砕いたのが帝国だ。
エリーが女狐と呼ぶ子爵令嬢は治癒魔法を使えたと言う。
子爵令嬢程度が教会の追求を躱せるとは思えない。大金を積まれて売る貴族も多いのだ。
帝国の手が入った令嬢なら子爵程度でも教会も手を出さない。出せない。
(帝国はよくやっているな。エーファ王国やアーガス王国も帝国を見習えば良いんだ)
帝国内では教会の勢力は弱く、押さえつけられている。
大聖堂などはあるが、アーガス王国のように人攫いのような確保の仕方はできないのだ。
それには当然帝国軍に治癒魔法の使い手が必要だという戦略がある。
現皇帝は教会に厳しいことに有名だ。もし無理やり治癒魔法の使い手を教会が確保した場合、教会を打ち壊すと宣言した。
そして実際に一つの教会を叩き壊した。司祭たちも皆殺しにした。
教会も本気だとわかったのだろう。農村で生まれた程度の治癒魔法の使い手は確保していたが、騎士以上の家の治癒魔法の使い手にすら近寄りすらしなくなった。
「そういう意味では帝国は正しいと思うがな」
教会のやり方は強引で、歪だ。
ただの光魔法である治癒魔法が使える者を独占しようとしている。神の御名に於いてと言い、それを免罪符のように使い、金貨で殴って人を攫っていく。今回のように教会騎士の武力を使うこともある。
帝国は好きでも嫌いでもないが、聖国のそういう所は大嫌いだ。アーガス王国でもエーファ王国でも帝国と同じように毅然とした態度を取るべきだとラントは思っていた。
「さて、どうしたものか。公爵令嬢だけでも地雷だと言うのに、聖女の卵だと。神は居ないのか」
神の試練を受けたラントは神の存在を知っている。神は存在するのだ。だが神の試練は意地悪では言い表せないほど酷いものだった。二度と挑戦したいと思わない。
いや、ジジイに放り込まれたのだ。当時絶対に勝てないと思われるほどの強敵と戦わされた。その魔物たちは群れからはぐれたトールを狙い、強力な力を得ようとしていた。
トールを狙って居た魔物たちを放置していれば北方諸国の幾つかの国が壊滅していたと言う。
ジジイが本当に放浪の大賢者だと言うのならば自分でやれば良いと思うのだが、ジジイはすでに神の試練を終えた後のようで、自分は手を出さないとラントを放り込んだのだ。
「あのジジイ、其の為に俺を弟子にしたんじゃないだろうな」
放浪の大賢者は弟子を取らないことで有名だとマリーたちに聞いた。だがラントを弟子に取った。その修業は厳しいを通り越して虐待だった。
ラントはこの考えがあながち間違っていないのではと湯船に浸かりながら考えていた。
◇ ◇
ラントは本気を出してマリーの神気を抑える指輪を作ります。これでとりあえずは安心、とはなりません。同じ神気持ちのラントはマリーに神気の扱いを教えなければ行けないと思ってしまいます。そんな義務はないんですけどねw
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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