021.神の愛し子
「あぁ、離れがたいですわね。素敵でしたわ、アークアの街」
「そうですね。わたくしも久しぶりに羽を伸ばせました。訓練はなかなか身にならないですけどね」
「二、三日で結果が出るほど甘くねぇよ。それよりももう街道に出ているんだ。油断するなよ」
アークアには三日滞在した。その間に高級宿に聞いたお勧めの店などいくつも巡った。
高級商店街の店ばかりだ。流石に治安も良い。ラントの懸念も特に問題なく観光を楽しめた。新しいドレスや装飾品も買ってやった。大盤振る舞いだ。
マリーの表情が明るい。ランドバルト侯爵の勢力圏を抜け、懸賞金も掛かっていない。更に三日の休養と観光だ。
今までは普段は缶詰だった為、外に出られたのは解放感があったのだろう。甘いお菓子を出す店に何度も連れられ、流石に胸焼けしそうになった。女子たちの甘い物好きをバカにしてはいけない。
更にトールの存在も一役買っている。
トールは驚くほどマリーとエリーに可愛がられている。
特にエリーだ。部屋に居る時など一時も離したくないと言うほどで、ブラッシングも丁寧に行っている。可愛い物が好きなのだろう。エリーの新しい一面を見た気がした。
腹に顔を埋めるのはどうかと思うが。ラントにその姿を見られたエリーは顔を真っ赤にしていた。
「なんだ?」
「どうしました?」
ラントが振り向くとバトルホースの一団が迫っている。なんと五頭だ。しかも白い。
「げっ、どこかで見られたか。注意していた筈なんだがな」
ラントは先頭の司祭服を着た男の姿と白で統一された騎士たちの姿を見て嫌な予感が走った。
なにせマリーは治癒魔法が使える。教会に知られたら捕まるに決まっているのだ。今のマリーは公爵令嬢でも何でもない。下級貴族の娘ですら大金を積まれ、教会に所属することがある。
教会が悪いとは言わない。ただ少し勧誘が強引だと評判が高い。更にラントたちには都合が悪い。教会はそこそこの大きな街ならどこにでもあり、教会騎士と言う自前の兵力すら持っているのだ。
(ちっ、どうする。殲滅するのは訳ないが、その後が厄介だ)
彼らは自身たちが使う魔法を神聖魔法と謳っているが、実は高度な光魔法でしかない。治癒魔法は光魔法の一種だが光魔法使いが常に治癒魔法を使える訳では無い。ラントが才能の世界だと断言する理由だ。だが本気で修練すれば誰でも使えるようになる。コスパは悪いが。
だがその事実は教会により隠蔽されている。
ちなみに神聖魔法は実在する。神の加護を得た者だけが使えることができる特別な魔法だ。だが神の加護は簡単に得られるものではない。神に気まぐれに愛されるか、相応の試練を突破した者にだけ与えられる特別な物だ。
ラントはジジイに無理やり神の試練を受けさせられ、死ぬ目にあって加護を得た事がある。ジジイ謹製の最高級魔法薬(エクスポーション)がなければ死んでいた。何せ片目が潰れ、腕が取れ、足も一本失っていた。当然内臓にもダメージがあった。死ななかったのが奇跡のようだ。
「マリー、エリー。脇道に逸れるぞ。急げ」
「はっ、はいっ」
ラントが即座に脇道に逸れるとマリーたちのバトルホースもついてくる。トールも同じだ。小さな体でもトールの走るスピードはバトルホースよりも速い。ラントは自分の嫌な予感が当たって欲しくないと思いながら人目のない場所を目指した。
(駄目か。腹を括るか)
だが物事はそうそう都合良く行く物ではない。白に染まった集団はラントたちが街道を逸れるとラントたちを追ってきた。目的はマリーに間違いがない。ならば彼らを生かす意味はない。ただ教会に喧嘩を売る意味はラントも知っている。まずいかもしれないと冷や汗が垂れた。
「ここで止まるぞ」
「いいんですか?」
マリーやエリーにも白の軍団が迫っているのが見えている。だがここなら人目にもつかないしこれ以上離れると予定のルートから外れ、野宿になる。ならばさっさと用事を済ませた方が良い。
マリーたちは二人乗りなので速度が出せない。いずれ追いつかれるのは明白だ。
「はぁっ、はぁっ、ようやく観念しましたか」
「教会の司祭様とあろう方が急いで何の用ですか」
「そこの赤髪の娘、治癒魔法の使い手ですね。治癒魔法の使い手は神の使徒。教会に所属すべきです。今ならば聖金貨五十枚を差し上げましょう。どうですか、赤髪の娘を渡しなさい」
「何の事だかわかりませんね。勘違いではないのですか」
ラントはとぼけた。司祭の目付きが険しくなる。
「いいえ、私は見たのです。遠目でした。しかし確かにアレは治癒魔法の輝きです。司祭である私が見間違うはずがありません」
「いいえ、見間違いでしょう。それになぜ教会騎士が?」
「彼らは私の護衛です。さぁ、早く娘を渡しなさい。これは神の啓示です。今ならば手荒なことをしなくて済みます。私も無為に命を散らせたいとは思いません」
ラントはとりあえず聞くべきことを聞く。それで今後の行動が大きく変わるのだ。
「司祭様以外にも彼女のことを?」
「まさかっ、他の者に知られたら手柄を取られるに決まっています。次の司教選挙が近いのです。今治癒魔法の使い手を手に入れられたら必ず私の崇める方が司教に成られるでしょう。更に私も大司祭になることができます。さぁ、早くっ」
(ちっ、相変わらず話が通じない奴らだ。だが良いことを聞いた。マリーのことを知っている奴はここにいる奴らだけだ。教会を相手するのならば腹を括る必要があったがこいつらだけなら訳はない。アレックスたちと同様、欲に目が眩んだな)
ラントはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
◇ ◇
「ひっ」
「大丈夫ですよ、マリーお嬢様。ラント様がなんとかしてくれます」
マリーは司祭服を着た男と教会騎士四人に囲まれたラントを見ていた。彼らの会話は会話になっていなかった。だがマリーが狙われていることだけはわかる。
教会はアーガス王国だけでなく、エーファ王国、アウグスト帝国にまで喰い込んでいる巨大組織だ。貴族であっても教会を敵に回すことなどそうそうできることではない。
だがラントからは殺気が吹き出ている。その勢いに押されて教会騎士たちも剣を抜いたり槍を構えている。トールが「ぐるるるっ」と喉を鳴らしている。
「お断りだな。この女は聖金貨五十枚なんかで買えるほど安くない」
「神の啓示を受け入れぬとは愚かな。教会騎士たちよ、やってしまいなさい」
司祭が号令を出し、教会騎士たちが前に出る。
「仕方ありませんな。司祭様の命令には逆らえません。恨みはないが化けて出るでないぞ」
「はっ、こっちのセリフだ。神の名を出せば誰でも頭(こうべ)を垂れると思うなよ。せめて加護を貰ってから神の名を語れ」
「なんと不敬な、やれ、やってしまえっ」
四頭のバトルホースに乗った騎士たちがラントに殺到する。ラントの強さは知っているが四人の教会騎士だ。
(まさか、教会を敵に回すつもりっ。わたくしの為にっ?)
マリーはフードを深く被りながら神に祈った。教会騎士は強い。ラントがやられる筈がないと信じていても怪我をするだけでも嫌だった。
その時不思議なことが起きた。マリーの体が淡く輝き、ラントに光が飛んでいったのだ。
「まさかっ、聖女の資質まで持つと言うのか。あぁ、神よ。感謝致します。この手で聖女を育てる資格まで与えてくれたのですね」
マリーは司祭の言っている意味がわからなかった。だが普段使う魔力とは違う力が溢れて来ているのがわかる。そしてその力はラントに注がれた。
四人に囲まれるラントは即座にバトルホースの足を狙った。
四人の教会騎士たちは落馬して素早く体勢を立て直す。
「卑怯なっ」
「四人で囲んでおいて何言ってるんだ。あ? なんだこの光は。マリーか? どういうことだ?」
マリーにもわからない。ラントにも不明なようだ。
ラントは腰のポーチから青くバチバチと輝く槍を取り出した。見ただけで特別な槍だとわかる。魔槍だろうか。
ラントは手に持っていた剣を投げた。後方に待機していた司祭の喉元に刺さる。何も言わずに司祭は死に崩れ落ちた。ただ驚愕の表情だけが張り付いている。
「司祭様っ、おのれっ、神をも畏れぬ所業をするか。この蛮族が」
「気を取られていると死ぬぜ。今俺は最高に調子がいい」
後ろを向いた教会騎士の兜ごと首が飛ぶ。その呆気なさに三人の教会騎士が怯んだ。そしてその隙を見逃すラントではない。
ラントはアレックスと名付けたバトルホースを駆ると即座に槍を剣を構える教会騎士の胸に突き刺す。教会騎士が振るった剣は槍の軌道を変えることすらできず、本来頑強な筈の教会騎士の魔法金属製の鎧が簡単に貫かれる。
「はははっ、なんだコレ。楽しいな」
ラントが槍を振るうと蒼い雷が落ちる。飛びかかろうとしていた騎士に直撃し、肉の焼ける嫌な匂いと深い森の中にいるような匂いがした。
「ひっ」
「逃がす訳がないだろう?」
背を向けた教会騎士にラントが投げた槍が後背から突き刺さる。それどころか突き抜け、ラントは慌てて念動で引き寄せていた。突き抜けるとは思って居なかったのだろう。
あっという間の惨劇だった。数分も経っていない。ラントはこれほど強かっただろうか。
ラントは地に降り立つと教会騎士たちの懐をまさぐった。武器や装備も剥ぎ取る。
「お、流石騎士様。聖金貨を持ってやがる」
「ラントっ、流石に教会に喧嘩を売るのはやりすぎでは? マリーお嬢様が狙われていたので仕方のない行為だとは思いますが」
エリーも焦っている。いつもの様付けが抜け、表情からも深刻な様子が伝わってくる。だがそれは確認した。大丈夫な筈だ。
「あぁ、大丈夫だ。こいつは私欲に走ってマリーの事を誰にも喋っていない。教会が本気なら教会騎士を二十騎は用意してくるさ。流石にそれは俺も勘弁だな。やってられん。更にどの街でも狙われる。王都まで街道が使えない所だった。だが司祭が私欲に塗れていたおかげでマリーのことを知る奴らはおそらく居ない。八割方大丈夫だと思うぞ」
ラントは敢えて断言した。二人を安心させねばならない。それほどマリーとエリーの顔色は悪い。
「残り二割だったらどうするのですか」
「そうしたら必死に王都まで逃げるさ。ずっと野営だな。だが念には念を入れて置くか。教会騎士の装備は売れないのが残念だな。こんな物を出したら本当に教会に追われる」
ラントは〈泥沼〉を唱えると教会騎士と司祭たちが地面の下に埋まっていく。そしてラントが手を一振りすると血の匂いが無くなった。草木についていた血も綺麗さっぱり消えている。
トールはマリーたちの隣にずっと居てくれていた。危なくなったら助けてくれるつもりだったのだろう。体を低くしていつでも突撃できる体勢を取っていたが、敵がいなくなると安心したのかちょこんと座っている。
「エリー、お前もコレをつけろ。あとマリー、手を出せ」
ラントはエリーに幻影の腕輪を投げた。エリーは受け取ると即座に着ける。エリーの髪色が深い藍色になった。瞳の色も琥珀色に変わる。マリーは手を出すと腕輪に魔力が流れるのがわかった。
髪を一房手にとって見るとエリーと同じ深い藍色になっている。
「これで姉妹で通るだろう。名も似ているしな」
「あの、ラント。教会の者たちが使っていた馬を癒やしても良いですか。馬は悪くないと思うのです」
「はぁ、仕方ないな。まぁ大丈夫だろう。俺がやる。それよりマリー、お前さっき何をやった。明らかに強化の度合いが違っていたぞ」
「わかりません、神にラントの無事を祈ったら溢れ出て来ました」
ラントは驚いてマリーの顔を見た。
「マリー、お前神の愛し子だったのか」
「神の愛し子? わたくしが?」
マリーはそう言われて驚いた。神の愛し子とはその名の通り神に愛され、加護を生まれた時から持っている存在でとても希少だ。男であれば聖人、女であれば聖女と教会で崇められる。
「今回は治癒魔法を見られたようだ。これからは宿の中か俺が良いと言った時以外使うな。神聖魔法など尚更だ。はぁ、神気の扱いまで教えなきゃならんのか。無意識に発動されては敵わん」
ラントはため息をついたが、マリーは自分が神の愛し子と言われても信じられなかった。
◇ ◇
マリーすら気付いていないマリーの秘密です。そしてそれが知られればマリーは常に教会に狙われます。ラントはその事実を知り、天を仰ぎます。それほどの大事なのです。まぁそこら辺は続きを楽しみにしていてください。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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