020.魔法の授業

 ラントたちはゴンドラを楽しんだ後、宿で夕食を食べ、部屋の中で約束していた魔法講義をしていた。

 アークアは昔行ったブタペストに似ている。大河を挟んで大きな橋があるところまでそっくりだ。まさかあの橋をジジイが作ったとは思わなかった。


「魔法の基礎はな、〈灯火(トーチ)〉か〈光球(ライト)〉で大体完結する。〈光球〉の方が安全性は高くて良いな」

「え、そんな簡単な。誰でも使える魔法ですよ」

「えぇ、わたくしたちでも使えます」

「まぁ待て。ちゃんと説明するから。あと平民は使えん奴も多い。ナチュラルにディスるな。使えん奴から怒られるぞ」


 ラントが左手に〈灯火〉、右手に〈光球〉を作り出す。マリーたちが驚きの表情を作る。属性の違う二つの魔法を同時に使うのは難しいのだ。


「ほら、これできるか?」

「できません」

「どうやっているんですか?」

「属性は魔力の性質変化と言っただろう。左手は火属性、右手は光属性に変えているだけだ。慣れだ慣れ。ただこれだけでも最低一年は掛かるぞ」

「凄い」

「まぁいい。これが本題じゃない。二人とも〈光球〉を出してくれ」


 マリーとエリーが〈光球〉を発動する。二人とも同じくらいの、テニスボールくらいの大きさの〈光球〉が現れ、部屋が明るくなる。


「そうだな、普通だな」

「これが〈光球〉でしょう?」

「誰でもこうなると思いますよ」

「それをこうする」


 ラントは自身の〈光球〉をゴルフボール大まで圧縮した。しかし光の量は変わらない。


「えっ、小さくなった!?」

「どうやったんですかそれ」

「魔力圧縮という技術だ。これを覚えるのに魔力制御と魔力操作の熟練が必要なんだ。覚えれば〈火球〉だと思わせて〈爆裂(エクスプロージョン)〉を放つこともできるぞ。さて、まずはやってみろ。使う魔力量は同じで〈光球〉を小さくするんだ」

「んん~」

「ん~」


 二人が唸るが全く小さくならない。もしくは小さくなろうとして球の形が崩れ、魔法が霧散する。〈光球〉と言うくらいだ。球の形を保てなければ魔法は霧散してしまうのだ。形状変化というのもあるがそれは更に先に行った話だ。今は関係がなかった。


「それを毎日やれば少しずつ魔力制御と操作がうまくなる。俺は魔力が切れるまでやらされ、気絶して目が覚めたらまたさせられた。飯と眠る時間以外エンドレスだったな」

「それは……恐ろしく厳しいですね。王太子妃教育でもそこまで厳しくありませんでしたよ。魔力制御と魔力操作、それに魔力感知が大事だと言っていましたね。最後の魔力感知はどうするのですか」

「体の周りに魔力を薄く展開するんだ。そうすればすぐにわかる。マリー、最初は目を閉じてゆっくりとやってみろ。エリーは続けろ。そうすればエリーの〈光球〉の魔力が感じられるはずだ」

「本当だわ、〈光球〉くらいの淡い魔力だと感じるのも難しいのですね」

「そうだな、だが小さい魔力でも人を殺せる魔法はある。感知できるかできないかで生死が分かたれる。寝ている時も魔力感知はできなきゃならん。本業なら、だがな。そこまでは求めん」


 マリーはエリーの〈光球〉の魔力を感じられたようだ。思った通り才能はある。案外これが難しいのだ。マリーとエリーは立場を逆にしてやっているが、エリーはなかなか感知できていないようだ。

 男爵家の娘では公爵令嬢とは才能が違う。長年、才能の高い血を紡いできたのが公爵家と言うものだ。


「マリー、ベッドに寝てみろ。そして目を閉じろ」

「はい」

「魔力感知は常にオンにしておくんだ。行くぞ」

「わかりました」


 ラントは通常の〈光球〉から段々と魔力を弱くした〈光球〉に変えて五回飛ばした。


「何個感じた?」

「三つです」

「筋は悪くないな。だが放ったのは五つだ。そして下の二つでも人は殺せる。なにせ頸動脈を狙ったからな」

「それで首に感じたのですね」

「俺はこれを寝ている時に〈灯火〉でやられたんだ。マジで感知して避けないと燃えるんだぞ。信じられるか? 火傷を負う度に自分で治すんだ。夜もまともに寝れん。一桁の子供にやることか」

「そ、それは厳しいですね。感じるだけじゃなくて避けなければならないんですか?」

「違う、避ければ毛布なんかが燃えるだろう。障壁を張って防ぐんだよ」


 マリーが修行の内容を聞いて顔を青くした。エリーは絶対無理だと首を振っている。ジジイの非常識さを少しはわかって貰えただろうか。


「更に教え方がめちゃくちゃ下手でな。こう『魔力をギュッとしたらできる』とか、『そんなもん儂は気付いたらできとった』とか言いやがるんだ。『こんなこともできんのか? 凡才は辛いのぅ。儂の若い頃は……』なんて毎回言われるんだぞ。毎回死ねと思っていたぞ」

「そんな大賢者様の本性、知りたくありませんでした」


 マリーとエリーにジジイのエピソードを話すと顔を青くする。


「えぇ、我が国を救ってくれた英雄ですもの。子供心に憧れるものも多いんですのよ。大賢者様に憧れて魔法士を目指す子は今でもいるんです。同級生にもいました。宮廷魔導士を目指して頑張る良い子でしたよ」

「そんな凄いのか。ちょっとジジイの偉業を教えてくれ」

「良いですよ。何がいいでしょうか、やはり独立に手を貸してくれた話は欠かせませんね」

「私は北方山脈の大氾濫を抑えた話が好きですね」


 そんな風に魔法の基礎を教えながら、ラントは自身の師の功績を色々と彼女たちから聞いていった。

 マリーたちは恐ろしいほど詳しかった。なにせ独立に大いに関わった英雄なのだ。歴史の授業で必ずと言って教わるのだと言う。

 どうせなら性格の悪さも伝えれば良いのにとラントは思った。



 ◇ ◇



「エリーから届け物だと! 生きていたのか。マリーは、マリーはどうなっている」

「それが、特殊な魔術陣が描かれていて私たちでは開けられないのです」


 クラウス・フォン・ブロワはグリフォン便で隣国から届いたと言う化粧箱を持ってきた。確かに見慣れぬ魔術陣が箱に描かれている。メイドも執事も中身を検(あらた)めようとしたが、箱がどうしても開かず、だがエリーの本名で商業ギルドから正式に届いたものだ。エリーの本名を知る者などそうは居ない。本人は貴族院でも侍女として振る舞い、「エリーとお呼びください」と本名を名乗らなかったくらいだ。

 クラウスは流石に知っている。なにせマリーの侍女の一人なのだ。マリーの侍女たちは実家から性格、働きぶりまで全て調べて選んでいる。エリーは家格こそ低いがマリーに献身的で有能だとブロワ家では評価されている。


「ふむ、どうしたものか」


 クラウスが軽く触れると魔術陣が光り、消え去った。


「坊ちゃま、むやみに触れないでください。危ない魔術でしたらどうするつもりですの!」

「すまぬ、つい。使用人たちが触っていたから大丈夫だと思ったのだ。あともう坊ちゃまは止めてくれ。妻も子供もいるんだぞ」


 侍女長に怒られる。彼女はクラウスが小さな頃から面倒を見てくれたのでクラウスですら頭が上がらない。ジョルジュと同じで強敵だ。

 だが確かに自身の行いは軽率だった。反省しなければならない。


「何も起こらないな。魔術陣が消えている。誰か開けてみろ」

「開きませんね。ただ振ってみるとカラカラと中に何かが入っている音がします。それに化粧箱自体もなかなか良い物です」

「そうだな、俺が触って反応したんだ。俺にしか開けられないかもしれん。試してみるか。念の為魔法士と癒術士を呼んでくれ」


 癒術士たちを準備したが必要はなかった。箱はクラウスが開けると簡単に開いたのだ。中にはマルグリットからの手紙が入っていた。


「マルグリットからの手紙だとっ!」


 クラウスが声を上げた瞬間、使用人たちからも喜びの声が上がる。

 慌てて封を開けて中身を読む。

 そこにはマルグリットの無事や危機の際助けてくれた魔法士の男。そして魔の森を抜けてアーガス王国に不法入国し、王都を目指していることが書かれていた。移動中なので返事は受け取れないらしい。

 もう一通はそのマルグリットを助けた魔法士からだと言う。中に入っている物も詳しくはそちらに書いてあると手紙には書かれていた。


「ふむ、ブローチに首飾りが三つか。それにモノクルも入っている。 なかなか良い物だな。大粒の魔法石に魔法が掛けられているな。首飾りにも何かしらの魔法が掛かっている。鑑定士を呼べ」


 鑑定士が来る間、クラウスはもう一通の手紙を開いた。少し癖のある字だが流麗なアーガス語で書いてある。

 簡単な挨拶とマルグリットはまだ無事であること。商家の令嬢に扮装させて移動していることなどが書かれている。


「魅了や洗脳の魔道具だと!?」


 そしてその後には驚くべきことが書かれていた。

 マルグリットの追放の真相は帝国の陰謀ではないかという推察だ。帝国には〈洗脳〉や〈魅了〉の魔道具が存在しており、それらを使って王太子殿下を誑かし、ブロワ家と王家の仲違いをさせ、国力を下げる狙いがあるのではないかと書かれている。

 そしてブローチと首飾りは〈洗脳〉や〈魅了〉などの魔力を感知すると色が変わる仕組みになっており、更に防ぐ効果もあるという。魔力を込めれば一定範囲の〈洗脳〉や〈魅了〉を解くこともできると書いてある。


「そんな高度な魔道具が存在するのか? こいつはなにものだ!」


 そう呟いても返事は帰って来ない。だれもラントの正体など知らないのだ。

 だがマルグリットを助け、王都に移動していることは確かなようだ。クラウスがマルグリットの筆跡を間違える筈がない。マルグリットの手紙からもラントを信頼している様子が見え隠れしている。


「急ぎ、確かめなければ。父上は王宮の様子がおかしいと言っていた。既に王家は染まっているかも知れん。王太子殿下にお茶会か。確かに良い手かも知れん。今ブロワ家と王家の仲は亀裂が入っている。残り三公爵家も距離を取ろうとしている。次代の王が阿呆ならば国が傾くからな。それが本当に帝国の策謀ならば見過ごしてはおけん。あっという間に国が滅ぶぞ」


 クラウスは父の居る本館に急いで走った。これは公爵家としての去就が掛かっているかもしれない情報なのだ。更に妹の無事を父や母たちに知らせてやらねばならない。使用人たちが走って行ったのでもう知っているだろうが手紙は彼らも読みたいだろう。


 ちなみに父と母、妹や弟にも安易に魔法の掛かった品物に触るなと怒られた。



◇  ◇


題名を魔法の授業にしようかエリーからの届け物にしようか迷いましたが魔法の授業にしました。主役はラントとマリーなのです。マリーは大魔導士にはなりませんが、今後の展開の関係上魔法を極める必要性が出てきます。これからも継続的に魔法の練習を積んでいきます。


クラウスも身を守る装飾品をいくつもつけています。大概の事はそれで守れますが、だからと言って魔術の掛かっている品に触れてしまうのは軽率ですね。マリーの無事が掛かっているので焦ってしまったのです。当然怒られます。次代の公爵なのです。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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