019.ゴンドラ
「わぁっ、水の都アークア。何度来ても美しい都市ですね。マリーお嬢様」
「えぇ、ここは治安も良いし素敵な観光名所が幾つもあるんですわ。二回しか来たことありませんが何度見ても良い場所ですね」
「お前ら、二回も来た事あるのか。隣国で同盟国とは言え凄いな」
ラントがエリーたちの会話に驚いている。叔母である現王妃殿下に会いに幾度か国を渡った事がある。まだ成人前の話なので見ただけで懐かしい思いが溢れる。
しかしその叔母や従兄弟たちは現在苦境に立っているのだ。単純に喜べない。
アークアは大河を挟んで2つの街で構成されている。それを繋ぐのは巨大な石橋だ。旧大帝国時代を彷彿とさせる建築デザインで存在感が凄い。幾度もの洪水に耐えた堅牢な橋であり、更に堤防の敷設や護岸工事まで完璧に行われている。
「ラント、あの橋は知っていますか」
「アークア大橋だろ。流石に俺も知っている。あんなもんよく作れたものだな。相当量の魔力がいるぞ。人力の橋では絶対流されるだろう」
「あれ、放浪の大賢者様が作られた橋なんですよ。周囲の治水も同時に行ったそうです。アークアは放浪の大賢者様が作られた建築が今も多く残っている都市です」
「マジかよ、あのジジイ。あんなの作れたのか。案外デザインはいいな。だが逆に納得したわ。今のアーガス王国であんなもの作ろうと思えば国中の魔導士を集めねば為らん。そんな余裕があるようには思えん」
身も蓋もない言い方だがその通りだ。大河には魔物も出る。それに人力で巨大な橋を建築する。そんなことが今のアーガス王国にできるとは思えない。
それをたった一人で為してしまったからこそ放浪の大賢者だから、偉業と呼ばれるのだ。
「ラントもあの橋、作れますか?」
「あ~、デザインを別にすれば作れるぞ。一月くらい掛かるし、膨大な素材が必要になるけどな。ほら、マリーに貰ったくらいの魔法石を使った杖が必要になる」
「作れるんですか!?」
「自分で聞いておいて何を驚いている。ただ洪水対策の護岸工事やら堤防やらが面倒くさいな。この街、街が先じゃなくて橋が先に作られているな」
マリーはラントが橋を作れると聞いてキラキラした目でラントに迫った。エリーも驚いている。再現は不可能だとアーガス王国では結論付けられているからだ。
旧大帝国の偉大さがよくわかる。大河には幾つか同じような橋がある。どれも放浪の大賢者が作ったと伝承に残っている。300年以上前の橋だ。どれほどの堅牢さなのか、想像もつかない。
マリーはラントの言葉の意味がわからなかった。
「どういう意味ですか?」
「あの橋を作るのに一体どれだけの石材が必要だと思っている。街が先にあれば置く場所すらない。だから何もない比較的流れの安定している場所に工夫を集めて石材やら何やら必要な物資を集積するんだ。それで一気に錬金術で橋を作る。それで橋が出来てから周りに街を作ったんだろう。この辺りは魔物もそうでないからな。川の魔物はハンターが狩っているんだろう。川魚の魔魚はなかなかうまいぞ」
マリーは以前来た時の食事を思い出した。
「そういえば魚料理が出てきた覚えがあります」
「海の魔物の美味さには負けるがな」
「海……一回しか行った事ないんですよねぇ」
「見る分には良いが少しでも沖に出ると危ない場所だ。二度と行きたくねぇ」
「ラントは行った事があるんですか?」
「クラーケンの魔核や素材が必要になったことがあってな。サーペントまで出てきやがって死ぬかと思ったぜ」
思ったよりも大きな話だった。そしてラントは伝説でしかないクラーケンとサーペントを同時に相手取れるのだ。物語の勇者のようだとマリーは思った。
いつものように街中央に近い小洒落た宿を取ると、即座に着替えて観光だ。マリーは久々に街を歩けることに興奮していた。
一月近く缶詰にされていたことは案外ストレスだったらしい。ドレスに袖を通してくるりとエリーの前で回る。
「お似合いですよ。お嬢様。お嬢様の美貌でラント様などころりといってしまいます」
「エリー!」
こうやってエリーはたまにマリーをからかってくる。ただし目が本気だ。ラントの妾になるという言葉も冗談ではなかったのかもしれない。
部屋を出るとラントも使用人に見えるパリッとした服を着て腰に剣を吊っている。よく見るといつもの剣ではない。洒落た装飾が入っている。着ている物に合わせて剣も合わせたのだろう。いつものハンター装備の剣はなんというか……少し小汚い。ただ今の剣をハンター装備でつけると逆に剣が浮くだろう。
ラントなら「ちょうど良い塩梅なんだ」と言うに違いないとマリーは思った。
「わぁっ、幼い頃以来ですがここの水路は本当に綺麗ですね」
「川から水を引く時に浄化の魔法を使うんだ。それで水が透明なんだな。浄化の魔術陣は複雑だ。それもジジイが作ったんだろうな」
「ラント様、放浪の大賢者様をジジイと呼ぶのはどうかと」
「俺はジジイの名も知らん。ジジイとしか呼んだことがない。いつの間にかうちに来ていて、紹介された時には魔法の師匠になっていた。お前ら伝承でしか知らんから憧れているんだろうが、先に言っておくが人格破綻者でエロジジイだぞ。本人を見たら間違いなくその憧れはぶっ壊される。特にマリー、気をつけろ。ジジイの好みドンピシャだからな」
「わ、わたくしですか」
「そうだ、気を抜くと尻くらい簡単に触られるぞ。王族だろうが公爵令嬢だろうがあいつには関係ない」
そんな放浪の大賢者のエピソードは聞きたくなかったとエリーは頭を抱えている。
確かに放浪の大賢者のエピソードに人格や性格を称える物はない。残っているのはどんなことをしたとか、どんな物を作ったとかだ。
帝国の帝城も基礎は放浪の大賢者が作ったと言われている。アーガス王城やエーファ王城もだ。古くからある大きな建造物は大概が放浪の大賢者作だ。同じ作者とあってどちらの城も似通っている。城下町は手をつけなかったのか、街はその国の色が出ている。だが最初の城壁だと思われる貴族街の壁は同じ作者の手が入っている。
「ほら、離れるなよ。あそこの屋台がうまそうだぞ。それかあっちのカフェだな。ちょっと良い服来た子女が並んでいる。良い店なんだろう」
「じゃぁカフェでお茶をいたしましょう」
マリーがすすすっと列に並ぼうとした瞬間、列がザザザッと二つに別れた。マリーは何が起きたのかわからなかった。
「いい、いい。うちのお嬢様はそんなに狭量じゃない。列に戻ってくれ」
ラントがそう言うと並んでいた少女たちはビクビクしながらも列に戻る。エリーも何が起きたのかわからなかったようで棒立ちしている。
「あれはな、マリーがお忍びで来た貴族の令嬢だと思って列を譲ってくれようとしたんだ。マリー、お前列に並んだことなどないだろう」
「そういえばないですわね」
マリーは上を向いて少し考えたが全く記憶にない。大概の買い物と言うのはタウンハウスでもカントリーハウスでも商人が商品を持ってくるものだ。自身で商店に行った事も十を数えるほどもない。同級生たちと買い物に何度か行ったくらいだ。その時も使用人たちが予約をして最も良い席が取られていた。
「いらっしゃいませ、お嬢様方」
マリーが店に入ると店の中でも上役だと思う者が接客してくれる。更に一番良い席が空いていて、そこに案内される。やはりマリーは勘違いされているのだろう。いや、全くの勘違いというわけではない。追放された令嬢なだけであって公爵令嬢であると言うことは事実なのだから。
「おすすめはラ・フランスのタルトでございます。紅茶はサーシャ原産の物が合うと思います」
「それではそれで」
「砂糖とミルクはおつけしますか」
「わたくしは良いです」
「くださいまし」
「俺はいい」
「かしこまりました」
店員が離れる。視線を感じる。声までは聞こえないがマリーたちのことを話していることがわかる。
「気にするな。言ったろ、美しさと所作と気品でバレると。ドレスの質が多少落ちたくらいでマリーの品位は隠せない」
「そうですそうです。マリーお嬢様はすごいんですからね」
エリーがどやぁと胸を張る。
そうこうしているうちにラ・フランスのタルトと紅茶が用意される。紅茶の香り高さとラ・フランスの新鮮な甘みが染みる。マリーはがっつきたい気持ちを抑えて優雅に食べた。エリーも我慢しているようでそれが面白かった。
「この街はゴンドラが走っているのですよね。凄いです」
「水路が張り巡らされていますからね。こんなに水路が必要だったのでしょうか」
「この辺はあまり雨が降らない。だから大河から水を引くことで生活用水を確保しているんだ。水路は多すぎだと思うがな。ゴンドラ、乗ってみるか? 流石に乗ったことはないだろう」
「いいんですか!?」
つい大きな声がでてしまった。恥ずかしくて口を覆う。ゴンドラは危ないということで幼いマリーやエリーは乗せて貰えなかった。憧れていたのだ。
「構わん。危険などないからな。だが身を乗り出すなよ。落ちるぞ。エリー、マリーならともかくお前は助けないからな」
「差別ですよ差別」
「お前はマリーが乗り出しそうになったら止める立場だろう。一緒に観光を楽しんでどうする」
「そうですけれど……」
ゴンドラを操る水夫は若い女性だった。可愛らしい制服を来ている。ラントの説明によると戦などで夫を無くした未亡人たちがゴンドラ操者になったのが初めだそうだ。それが若い女性の憧れになり、女性の操者が多くいるのだと言う。
女性操者を選んだのもラントの気遣いだろう。操者は巧みにゴンドラを操りながら大聖堂や城がよく見える場所など観光案内をしてくれた。
これほど楽しい観光は初めてだった。
いつもは常に護衛がつき、あそこは行っては行けない。あっちはダメだと禁止事項だらけだったのだ。
だが大人になった今は気付くことができる。あれらはマリーを守るためのものだったと。実際ラントは操者に治安の悪い地区には近寄るなと注文をつけていた。こうやってマリーは常に悪意から守られていたのだ。
(わたくし、ずっと守られていたのね)
マリーは家族や護衛、それにラントにも感謝した。
◇ ◇
アークアは某水の女神から取らせて頂きました。ブタペストとベネツィアをあわせたような都市だと思ってください。侯爵家が治めて居て、治安は良いです。
たまにはマリーたちにも観光をさせて上げたいですからね。特別です。ちなみに私はアリアも大好きです笑
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。誤字はいつまで経っても減りませんね。
面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。
☆三つなら私のやる気がでます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ
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