018.傭兵

 マリーたちの行程は緩やかになった。トールも着いてきてくれている。それだけで安心感が違う。

 魔の森に沿って北上していたが、北東に進路が変わる。大きな街へ続く街道なのでかなり整備されていて、商隊などともよくすれ違う。そこには傭兵の姿もよく見られた。


「物々しいですね」

「戦争中なんだ、そういうものさ。バトルホースに乗っている俺たちに絡むバカはそう居ない。安心していい」


 実際バトルホースは希少なのだ。値段も通常の軍馬の五倍はすると言う。マリーは軍馬の値段も知らないのだが、普通の馬の三倍は高いと聞く。ラントは軍馬の調教の難しさを丁寧に教えてくれた。そしてバトルホースは捕まえることすら難しいのだと説明する。交配を成功させて儲けている貴族もいるらしい。エーファ王国で言うと西の公爵家だ。他にも幾つか成功させて儲けている貴族がいる。アーガス王国でも当然居るだろう。


 エリーよりマリーの方が乗馬は上手いので、バトルホースの上ではマリーが前だ。だがエリーとしては盾になる為にも前に乗りたいらしい。練習したいと言って今はエリーが前に乗って手綱を握っている。マリーとしてはエリーを盾になんかしたくないがエリーは譲らなかった。

 と、言ってもバトルホースはラントに格付けされてしまっているのか、手綱よりもラントの言う事を聞く。ラントが方向を指示すればその通りに動く。練習になっているのかどうかはなはだ疑問だった。


 大体街から街へは村三つか四つを経由する。魔の森から離れたからか村の警備は甘い。魔の森近くの村は高い柵に覆われていて、櫓も立っている。場合に寄っては堀まであり、跳ね橋で村への入場を制限している村まである。それほど魔物の脅威があるのだ。村の警備隊も常に槍を装備していて、なかなか物々しい雰囲気だった。


「次の街はでかいぞ。少しは観光もしていい。だが俺から離れるなよ。決して二人だけで歩こうなんて思うな」

「はぁ、ずっと宿に缶詰だったので嬉しいですね。マリーお嬢様に漸く街の観光もさせてあげられます」

「下町なんかマリーが歩く場所じゃないだろう。いつも貴族街近くにある宿に泊まっていたんじゃないのか?」

「その通りですけどね、もう一月近くも移動か宿の中の二択ですよ。マリーお嬢様にも少しは羽を伸ばさせてあげたいじゃないですか」

「そうだな。たまには甘いものでも食べるか。宿で聞けば良い店を教えてくれるだろう」

「甘い物!」

「おいおい、宿では必ずデザートがついていただろう。そんなに飢えていたのか?」


 マリーが甘いものに反応するとラントがからかうように言ってくる。

 貴族院時代はよく同級生と有名なカフェなどで甘い物を紅茶と共に楽しんだものだ。宿に閉じ込められて食べるデザートも悪くはなかったが、テラスで食べる甘い物はまた違う。


「ん、あいつらちょっと様子がおかしいな。気をつけろ」


 ラントが警戒を促す。目の前には商隊とは違う物々しい気配の者たちが列を為していた。道いっぱいに広がっている。馬車は一台だけで残りは皆馬に乗っている。行き先が逆なのだ。当然彼らとすれ違うことになる。

 ラントたちは彼らを避けるように街道の端に寄る。


「おいおい、バトルホースに上玉が二人も乗ってるぜ。護衛はたった一人かよ。襲ってくれって言っているのか?」

「ぎゃははははっ、前の街の娼館は混んでて上玉は残ってなかったからな、お頭、やっていいですかい?」


 下品な笑い声が聞こえてくる。マリーたちは慌ててフードを深く被った。


「おい、兄ちゃん。その姉ちゃんたち幾らだ。こいつらちょっと飢えてるんだ」


 お頭と呼ばれたスキンヘッドの大剣を構えた男がラントに声を掛ける。その男だけはバトルホースに乗っていた。


「大金貨百枚でも売れないな。金貨二十枚払ってやる。それで次の街でそいつらを娼館にでも連れていってやれ」

「二十枚じゃ足らないな。五十枚だ。通行料としては破格だろ?」

「舐めるなよ、二十枚恵んでやるって言っているんだ。それで満足して即座に通り過ぎろ。娼館に行くには十分な額だろう」

「ちっ、仕方ねぇな。おい、二十枚寄越せ」


 ラントは革袋に金貨を入れてスキンヘッドの男に投げ渡した。


「もっと持っているだろう。全部寄越せ。女もだ」

「欲をかくと命まで無くすことになるぜ。それで満足していろ。お前らは傭兵だろう。それとも盗賊なのか?」

「俺たちは泣く子も黙る北狼旅団だぜ。本気で言ってるのか?」

「聞いたことがないな。大体その人数で旅団を名乗るなんて烏滸がましいと思わんのか。学のない奴らだな」

「なんだとぅ。おい、お前ら囲め。ちょっと痛い目を見せてやらんといかんらしい」


(ねぇ、ラントは少し好戦的過ぎませんか)

(私もそう思います。どう見ても煽っているようにしか思えません。金貨を素直に渡したのですらびっくりしたくらいですよ)


 マリーとエリーは静かに見守っていた。恐怖はない。相手は三十人ほどの粗野な傭兵だ。こちらにはラントに加え、トールも居るのだ。普段なら恐ろしいと思う傭兵たちも三級ハンターであったアレックスたちより強いとは思えない。なにせ装備の質が明らかに違うのだ。


「はぁ、バカにつける薬はないっての言うのは本当だな。ハッ」

「待ちやがれっ」


 ラントが掛け声を上げるとバトルホースとトールが同時に走り出した。マリーたちの乗るバトルホースも同時に駆け足になる。

 傭兵団が一斉に追ってくる。しかしバトルホースの足には敵わない。頭と呼ばれたバトルホース乗りだけが追いすがってくるが他の傭兵たちはどんどんと出遅れていった。

 そして何をしたのかわからなかったが、突然バトルホースに乗る傭兵団のかしらの首が飛んだ。そしてちゃっかりと頭が持っていた金貨の入った袋が引き寄せられてラントの手元に戻る。

 駆け足でマリーたちは傭兵たちから遠ざかる。小さく見えるようになった頭を失った傭兵たちは、マリーたちと同じように何が起きたのかわからないようで動揺しているのか立ちすくんでいる。


「全員殺すと後始末が大変だからな。しかしバカはどこにでも湧くもんだな。マリー、お前たちも気をつけろよ。下町にはあんなのがゴロゴロしてるぞ」

「はいっ」


 マリーが貴族院時代に遊びに行った場所は貴族御用達の高級商店街くらいだ。それに護衛も連れていた。騎士に守られた貴族院のマントに包まれた令嬢を襲うバカは居ない。そんなバカが居る場所には護衛たちにも連れて行って貰えなかった。

 下町とはそんな恐ろしいところなのかとマリーは観光ができると喜んだ自分を恥じた。



 ◇ ◇



(ふぅ、血の雨を降らせると面倒だからな。頭が突っ込んでくるバカで助かった。お陰で金が回収できたな)


 ラントは一人殺すだけで済んだことにホッとしていた。街道を血の海にしてしまえば巡回の騎士たちに流石に咎められる。特に今は傭兵の需要が高いので彼らの価値は上がっているのだ。蹴散らすのは簡単だが大きな問題にするつもりはなかった。


(しかしあんなのが闊歩しているようじゃこの先も怪しいな。次の街で観光を許可したのは早計だったか? だがあの街は景観も良いし治安も良いはずだ。マリーたちにはずっと我慢させてきた。観光の一つもしたいだろう。まぁ最悪官憲に頼ろう。大通りだけなら問題もないだろ)


 次に行く街は大河沿いにあり、大河の水を引き込んでいて水の都と名高い都市だ。都市の規模も大きく、領主の評判も良い。戦線からも離れていて治安も悪くないはずだ。

 だがあんな奴らが闊歩しているのを見てしまうとその治安にもクエスチョンマークがついてしまう。流石に街中での殺しはまずい。……少なくとも表立っては。ラントは警戒心を一段階上げた。


「先ほどは何をされたのですか? 全く見えませんでした」

「風の刃を飛ばしただけだ。真っ直ぐ突っ込んでくるやつの首を飛ばすなんざ容易い。風の刃は見えづらいからな。魔力感知を鍛えていないとあぁなるという見本みたいなやつだったな」


 マリーの質問に答えるとエリーまで同時に驚いていた。


「ラント、貴方何属性使えるんですか?」

「何属性も何も全属性使えるぞ? 得意不得意はあるがな。属性っていうが魔力の性質を変化させるだけでどれもそう違いはない。適性で使いやすさが変わるだけで基本は同じだ。治癒魔法や空間魔法は才能の世界だからちょっと特殊だけどな」

「「全属性!?」」


 マリーとエリーが同時に大声を上げる。


「うるさいな。二人してなんだ。ジジイに仕込まれたんだよ。お前らだってやればできるぞ。地獄だけどな」

「はぁ~、やっぱり放浪の大賢者様は凄いのですね」

「おい、頑張って鍛えた俺を褒めろ。エリー」


 流石のラントもエリーの言いようには突っ込まざるを得ない。エリーははっと気付いたように頭を下げた。


「ラント、次の街へ着いたらわたくしたちにも魔法を教えて貰えませんか?」

「いいぞ。別に秘伝でも何でもないからな。ただ貴族院みたいなお優しいやり方は知らんぞ。なにせテールには魔法系の学院すらなかったからな。魔法士の資格もある程度の実力を見せれば貰える程の吹けば飛ぶようなもんだ。中央諸国の魔法士資格は貴族院か魔法学院を卒業して、更に魔法士に師事をしなけりゃ貰えんだろう。格が二段も三段も違う」


 帝国や二王国、聖国のような大国ならともかく北方諸国のような小国には学院などという物は存在しない。

 才能のある奴が独学で魔法を学び、戦場でそれを鍛えていく。そして出来上がるのが歪な魔法使いだ。魔法士と呼ぶのも烏滸がましい。なにせ自身の得意な属性しか使えないのだ。更に魔力感知も制御も操作も怪しい奴らばかりだ。

 幼い頃にジジイに魔力感知、魔力制御、魔力操作を必死になって覚えさせられた。今は大事さに気付いているが幼い頃はなぜこんな地味なことをやらなきゃ行けないんだとずっと思っていた。早く派手な魔法をぶっぱなしたかったのだ。


 なにせ魔法だ。前世から憧れていた魔法である。すぐに使いたいと思うのが当然だろう。だが家にあった魔法書は触らせて貰えなかったし、ジジイはいつまで経っても魔法を教えてくれなかった。

 今ならその意味がわかる。膨大な魔力が潜在能力として眠っていたラントが間違えて初級魔法でも発動すれば爆発しただろう。幼い子供の体では死んでいたかも知れない。それほど魔法というのは危険なのだ。


「まぁお前らなら貴族院でしっかり魔法の基礎を習っていたんだろう。どのくらい使えるんだ?」

「一応中級くらいまでは」

「それは凄いじゃないか。あんな傭兵共なんて一網打尽にできるぞ」

「人に向けて撃ったことなどありませんよ」

「撃たなきゃ死ぬって場面になれば撃つだろう。違うか?」

「……それは、そうですが」


 中級魔法が使えるならば上出来だ。ラントはマリーたちを鍛えがいがあると認識した。



◇  ◇


内戦中なので当然傭兵の価値があがります。そして傭兵とは暴力団よりも性質が悪いです。盗賊とそう変わらない物たちもたくさん居ます。とりあえず一例として出してみました。ラントに取っては雑草を抜くよりも簡単なことですが後始末を考えて頭だけを殺しました。街道が血の海になれば騎士が出張って来かねませんからね。

拙作「バカは死んでも治らない ~異世界の大魔導士、日本に転生す ~」も宜しくお願いします。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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