017.情報屋

「ようやくですね」

「えぇ、これで安心して寝られますわ」


 急拵えの関所を抜けて次の街に入る。これでランドバルト侯爵の勢力圏は抜けたことになる。ホッとひと息だ。なにせ傭兵ギルドやハンターギルドにはマルグリットの似顔絵と共に、懸賞金が掛かっていたというのだから驚きだ。

 ただ似顔絵はそれほど似ておらず、髪色と瞳の色。そして他国の公爵家令嬢と書かれていた為、すぐにマリーと同一視するものは居ないとラントはいい切っていた。実際追われた経験もない。街中でも宿からは出なかったのでマリーはほとんど顔も晒していないのだ。


「阿呆か、街のひりついている雰囲気を感じられないのか。内戦中の国だぞ。どこの街に居ても安全だとは思うな。ここの街の伯爵は武闘派で知られていていつ戦端が開かれてもおかしくないんだ。油断するな。その油断一つで命を落とすぞ」


 ラントが雷を落とす。確かにそうだ。街がピリピリしているのは変わらない。武器を持った傭兵の姿が多く見える。ここは最前線の一角なのだ。

 事実ラントは警戒心を解いていない。せめて王都に着き、叔母の庇護下に入らねば安心できない。それでも内戦が起きているのだ。王都が安全ともいい切れない。

 ただマリーはラントならなんとかしてくれるのではと思った。


「こうしてみると可愛いですわね、トールさん」

「えぇ、本当に可愛いわ」


 中型犬サイズになったトールがエリーの胸に抱かれている。従魔の証はきちんとついている。

 これには一悶着あった。あの関所での一件で、トールは森に帰りたがらなかったのだ。

 指笛一つでやってきてあっという間にトールは関所を破壊してしまった。魔の森近くの旧街道を通っていたのに魔物に襲われる被害がなかったのはトールが魔の森を並走して魔物を狩ってくれていたのだと初めて知った。なんと有能な子なのだろうか。


 そして散々駄々をこねた結果、ラントが折れた。そして小さくなるように命令した。すると一メル半もあった体高があっという間に小さくなり、可愛らしい中型犬サイズになった。首に巻いてあったスカーフすら小さくなった。原理は全くわからない。

 トールはラントの従魔ということで街に入った。ダイアウルフの子供だと言うことにしたらしい。〈洗浄〉を受けたとは言え毛並みが少し乱れている。


「そら、今日の宿だ。幾らピリピリしているからと言ってこっち側ではマリーは手配されていない。二日休めるぞ。休める時に存分に休んでおけ」

「わかりましたわ。ラントはまた出掛けますの?」

「あぁ、最新の情報は常に更新しなきゃならん。戦線はどうなっているのか。騎士団は出ているのか。どちらが押しているのか。傭兵ギルドに行くのが一番わかりやすい。間違ってもついてこようなんて思うなよ。さっきも言ったが傭兵もピリついているんだ。この街には大きなクランもやってきている。西部での最前線だからな」


 そう言ってラントは宿についたらすぐに支度をして出ていってしまう。部屋には相変わらず美麗な結界が張ってある。誰も通すなとの指示も今更されない。通すつもりもない。


「マリーお嬢様、トールさんにブラッシングしてあげましょう」

「えぇ、馬用のブラシで良いのかしら」


 マリーは自分の馬くらい自分で手入れできるようになれとブラッシングの仕方を教わっていた。ブラッシングをしてあげたり餌をあげたりするとバトルホースが絆を感じて主人を守ってくれるようになるそうだ。

 バトルホースは馬体が大きく恐ろしいが、餌をあげたりブラッシングをしてあげると愛着が湧いてきた。段々懐いてきた気さえする。


「このブラシでいいかしら。トールさん」


 トールはコクコクと頷く。マリーとエリーは交代でトールの毛並みを整えた。中型犬クラスなだけあってそう時間は掛からない。毛並みを整えると美しい銀狼がそこに居た。


「はぁ、可愛い。疲れが癒やされますわ」

「エリー、ずるいですわよ。主人のわたくしに渡しなさい」

「もう少し、もう少しだけですから。お待ち下さいマリーお嬢様」


 エリーがマリーに反抗するのは珍しい。それほどトールの体が気持ち良いのだろう。トールには幾度か腹に寝かせて貰ったことがある。良い毛並みだった。ラントは毎夜とトールの〈洗浄〉とブラッシングを欠かさなかったほどだ。


 考えればエリーにはマリーに着いてきたことで大変な思いをさせてしまっている。なにせ襲撃を受け、魔の森を抜け、バトルホースに乗っての強行軍にまで突き合わせている。

 また、ラントに出会えたのは幸運以外でも何でもない。あの剣の腕、魔法の腕、錬金術の腕。公爵家の騎士や魔法士を知るマリーでもあり得ないと思えるレベルだった。流石テールの麒麟児である。

 武芸の心得もないエリーにとっても初めての事だろう。マリーでも初めてのことなのだ。普通の貴族令嬢が一生経験をしないであろうことをいくつも経験してしまっている。


「エリーは本当にトールのことが好きね」

「トールの毛並みは本当に素晴らしいです。執拗に〈洗浄〉を掛けていましたからね、それに大きい時は少し怖かったですが小さくなるとこんなに可愛くなるんですね、びっくりです」


 トールを抱きしめながらエリーは顔を崩してトールを愛でている。

 エリーはこれまで文句一つ言わなかった。いや、ラントには言うがマリーには愚痴一つこぼさない。こぼすのはラントへの悪口くらいだ。マリーのせいで巻き込まれて殺されかけたと言うのに、恨んでいるように全く見えなかった。


 エリーも貴族の仮面を被ることはできる。だが長年の付き合いだ。嘘など即座にわかる。それどころかエリーが本心で思っているのか、慮っているのか、何か遠慮しているのかくらいはわかる。マリーはエリーを侍女ではなく親友だと思っている。

 エリーは本心でマリーについてきてくれているのだ。国外追放の時も当然の様に着いてきた。本来彼女は着いてくる必要などなかったのだ。

 ありがたいと思った。トールを愛でる順番などどうでも良い。エリーが満足ならどれだけでもトールを抱きしめさせてやろう。エリーはトールの腹に顔を埋めている。その姿に少し笑ってしまった。


「いつもありがとうね、エリー」

「ふがっ、どうしたのですか。マリーお嬢様。私がマリーお嬢様と苦楽を共にするのは当たり前のことです。貴族院に居た頃より色々と刺激があって楽しんでいるくらいですよ」


 エリーは真顔でそう言った。案外彼女はサバイバルに向いた性格をしているのかも知れない。長年付き合った親友の新しい一面を二つも一気に見られて、マリーは嬉しいと思った。



 ◇ ◇



「おい、最近の情勢はどうだ」

「なんだお前は」

「ハンターだ。この情勢じゃ魔の森にも気軽に入れないからな。情報を買いに来た」


 ラントは傭兵ギルドへやってきていた。受付のいかつい男に話しかける。銀貨をチャリンと数枚投げる。男は懐にそれを仕舞って語りだす。


「どうもこうもないな。うちの伯爵様が北へ伸びようとする戦線を止めている。流民も増えている。最近南から逃げてくる奴らは増えているな。最終的に王国側が勝つと見ているんだろう。泥舟には乗れねぇってよ。だが流民が増えたことで治安が悪化した。伯爵様も頭を抱えているようだ。なにせ食料の備蓄に不安があるからな」


 ラントは首を傾げた。食料の備蓄に不安があるとは思えなかったからだ。


「今年は豊作なんじゃなかったか」

「南部はな。だが北部はそうでもない。そして反乱を起こしたのは南部だ。中央は兵糧をかき集めるのに必死らしい。だからランドバルト侯爵は中央が飢えるのを待っている。要塞は鉄壁だからな。中央も討伐の騎士団を出したいがなかなか出せずにいる。なにせ負けたら一気に王都まで持っていかれる。中央の平原で野戦をしたいがランドバルト侯爵は待ちの構えさ。なにせ待てば待つだけ相手が焦ってくれる。高笑いが止まらないだろうぜ」

「そりゃぁ悪い話だな。王都は今どうなっている」

「流石にそこまでわからねぇ。そういうのは情報屋に聞きな」


 チャリンと銀貨を渡して情報屋の居場所と符丁を聞き出す。聞き出した情報屋は裏通りに小さな看板のない酒場を経営していた。


「ジントニック。ライム抜きで」

「あいよ、なんか食べるかい」

「パンケーキがいいな。メイプルシロップいっぱいで」

「くっくっ、どういう組み合わせだよ」


 バーテンダーが笑いながら奥を示す。奥に行くと階段があり、二階にはいくつか部屋があり、奥から二つ目の部屋をコンコン、コンココン、コンコンコンと叩く。すると扉が開き、ごつい戦斧を持っている男が見える。用心棒だろう。


「なんのようだい。南から来た美人連れのハンターさん。関所が潰れたと聞いたがもしかしてその犯人はお前さんかい?」

「王都に行きたい。経路の確認と王都の情報を」


 こちらの情報は筒抜けらしい。マリーやエリーの気品は隠し通せない。だがその分信頼できそうだと思った。今日街に入り、宿を取ってすぐに傭兵ギルドに行き、そこから直行でここまで来た。それでコレだ。なかなかの情報の早さだ。

 金貨を数枚投げる。フードを被った男はパシッとそれを受け取った。


「北に二つ街を行ってから東を目指すといい。公都は戦場になる可能性が多少あるから避けた方がいいな。王都はまだ落ち着いているようだ。いつ攻め込むのかと貴族たちは騒いでいるようだが、まだ下々の者には関係のないことだ。速攻を掛けたい貴族と十分に根回しをして一斉に攻撃をしたい貴族に別れているようだな」

「陛下や王太子殿下はどっち派だ?」

「そりゃぁ一斉に攻撃をしたいだろう。圧倒的な数で攻め込みたいさ。万が一にも負けたくはないからな。うちの伯爵様なんかは反乱なんか踏み潰してやると意気軒昂だがね。領地を守らなきゃならんから中央の戦線に参加できないと不満を漏らしているよ」


 ラントが予定していた経路とそう変わらない。それに国王陛下と王太子殿下が速攻を否定しているならばすぐさま戦が始まることもないだろう。もう冬も来る。冬場の行軍は辛いものだ。最大で春までは猶予があると考えてもおかしくはない。それ以上は持たないだろう。


「それよりもお嬢さん方の出自が気になるね。あれほどの上玉、そうは居ない。近隣の貴族家の子女にも、ランドバルト派閥にも居ない謎の貴族風のお嬢様。どっから湧いて出てきたのか」

「その情報は高いぜ。お前の首が必要だ」

「まさか、……ここで暴れるつもりか?」

「ホロホロ鳥も鳴かなけりゃ焼かれないって言うだろう。アレに関わるのは止めておけ。そうでないとこの店ごと焼け落ちるぜ」


 戦斧持ちが威嚇してきたが睨み返し、柄に手に当て殺気を放つと一歩下がって怯んだ。


「やめろ。そんな爆弾に手を出す気はない。俺の首も胴からまだ離れたくないって言っているんでな」

「賢明だな」

「くくくっ、むしろ本当にどこの誰だか気になってきたね。ついでにお前、五級なんかと言っているが偽っているだろう。たまに五級で止める奴がいるのは知っている。その殺気、只者に出せるものじゃない。うちの用心棒が怯むなんて余程だぜ。これでも凄腕の傭兵なんだ」

「あぁ、そいつを相手にするにはこっちも本気を出さないと行けないだろうな。そして巻き込まれてお前は死ぬ」


 ラントは獰猛な笑みで言った。本心だった。ラントたちが暴れれば店ごと潰れるだろう。


「くくっ、怖いねぇ。それが本性か。わかったわかった。手出しはしねぇ、させねぇ。これでいいか?」

「わかってくれればいいさ。こっちも余計な血を見たくはない。明日一日休んだら街を出ていく。首が大切なら何も探らんことだ」


 情報屋の男はひやりとしたのか自身の首に手を当てた。ラントはもう用はないとばかりに酒場を出て行った。



◇  ◇


マリーたちは一安心していますがそんな訳はありません。内戦中なのです。ですがマリーの手配は解かれています。ずっと緊張続きだった彼女たちが気を抜いてしまうのも仕方がありませんね。

ラントと情報屋のやり取りとかは書いていて楽しいです。うまく伝わっているでしょうか。ラントは拙作「馬鹿は死んでも治らない」のアーキルに近いイメージです。彼も使いやすいキャラで大好きですね笑


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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