016.関所

「よし、これでいいな。後は結果を待つだけだ」

「結果を待つってどうやって結果を知るのですか?」


 ラントが呟くとエリーが突っ込んでくる。だがラントの魔法具は特別製だ。反応すればラントにもわかるようになっている。反応しなければ良いなと願うが、おそらくその願いは叶わないだろう。明らかにおかしなことがエーファ王国でも起きている。帝国の間諜は優秀だ。二つの事件に関連していなかったとしたら逆に驚くくらいだ。


「ラント様、私、アレが食べたいですわ」

「エリー、お嬢様の姿で買い食いなんてするつもりか?」

「マリーお嬢様も食べたことないでしょう。お土産ですわ。庶民の食べ物と言うのも体験してみたいですし」


 エリーは串焼きの匂いにやられてしまったようだ。ラントは少し考え、頷く。


「まぁいいか。アレはまだマシな部類だ。なにせ商業ギルドの近くで営業が許されている屋台だからな。ハンターギルドや傭兵ギルドの近くの屋台で買い物なんてしようとするなよ。何が入っているかわからないぞ?」

「わ、わかりましたわ」


 きつく言うとエリーが少し怯む。エリーに買わせる訳にもいかないし金も持たせていない。使用人風の格好をしているラントが買うべきだろう。

 香辛料を使ったちょっと高級な肉の屋台だ。これから強行軍になる。ちょっと多めに買って置くことにする。幸いラントの収納鞄は特別製だ。殺菌に冷蔵機能もついている。


 流石に時間停止などという都合の良いものはない。ジジイなら作れるかもしれないがラントには不可能だ。一応作り方は知っているが魔法陣が複雑過ぎてまだ手が出ない。

 ついでとばかりに野菜なども補充しておく。次の街はスキップする予定だ。ゆっくり休む間もない。食事くらいはしっかりと食べさせなければお嬢様方はダウンしてしまうだろう。


「ただいま」

「お帰りなさい。……ラント」


 マリーは自身の想いを自覚したせいかラントから少し距離を離している。だが表情は嬉しそうだ。そのうちに慣れるだろう。

 できれば自覚しないままで居て欲しかったが後の祭りだ。エリーも止めるどころか応援している始末だ。侍女ならば主を諭すべきだと思うのはラントだけだろうか。


「出るのは明日だ。それから暫く街には寄れない。欲しい物があったら先に言ってくれ。出たら買い物なんぞできないからな」

「それでは美容液と香油が欲しいですわ。マリーお嬢様の為の美容品が足りなくなってしまっていますの」

「お前……、図々しいな。幾らすると思ってる」

「マリーお嬢様には常に美しく居て貰いたいと思うのは侍女として当然です。少しでも手入れを怠るとすぐダメになってしまいますのよ」


 エリーは侍女として当然と言う顔をして要求してくる。確かにマリーの美しさが欠片でも失われるのはラントも惜しいと思った。


「わかったわかった。俺が作ってやる。下街で買える程度の美容品なんかマリーの肌や髪に合う訳がないだろう。合うものを買おうと思ったら金貨が飛ぶぞ。お前たちは本当に物の価値を知らないな。最初着ていたドレス一着で家が建つぞ」


 ラントが教えてやるとマリーもエリーも驚いているようだった。

 なにせ公爵家令嬢が着るドレスだ。ふんだんに絹が使われている。絹は魔物の蚕から取れる希少品だ。デザインも仕立ても段違いで、桁がいくつも違うのだ。

 今マリーたちが着ているドレスは綿だ。それでも金貨が飛んでいく。


「このくらいなら簡単に作れる。素材もある」

「錬金術師って便利ですわね」

「やめろ、だから普段錬金術師を名乗らないし、錬金術師ギルドにも入っていないんだ。ギルドに入ったら魔法薬をひたすら作らされるんだぞ。そんな毎日はごめんだ」


 エリーが感心しているが、ラントはラントで見本として渡された美容液や香油に感心していた。どれだけ高級品を使っているのだろう。錬金術を使わずにこれほどの物が作れるとは、作った職人も一流に違いない。


 ラントはもっと効果のある美容液や香油も作れたが、それは口には出さなかった。女の美容への熱意は凄い。それにマリーやエリーがこれ以上美しくなられても不都合がある。今でさえ街を歩いているだけでも目立つのだ。

 傭兵やハンターの目がギラギラとしている。そんな木っ端を弾くのは簡単だが、絡まれないのが一番だ。

 上級の傭兵やハンターともなると彼女たちの髪の艶や肌の艶で、貴族絡みだと気付いて手を出さないが、そんなのに気付かない下級の傭兵やハンターの方が性質たちが悪い。


「そろそろ夕食の時間だ。今回もうまいといいな」

「はいっ」


 マリーはよく動くようになったからかよく食べるようになった。それでも太る気配は一つもない。所作は優雅で、上品に食べる。真似しようと思ってもなかなか真似のできないレベルだ。


(この女の横に並び立とうと思ったらどれだけ功を上げなきゃならんのだ。エリーは簡単に言うがそう簡単な物ではないぞ)


 ラントはブロワ公爵家の教育係のレベルの高さと、それについて行っているのであろうマリーに舌を巻いた。


(エリーくらいならなんとかなるがな)


 エリーも所作が美しい。だがマリーに比べれば一段落ちる。聞いてみると男爵令嬢だと答えられた。男爵令嬢なら及第点どころか十分に教育されているレベルだ。てっきり伯爵家辺りかと思っていた。


「おやすみなさい、ラント」

「あぁ、おやすみ。マリー。エリー。明日は早いぞ、よく寝ろよ」


 離れたベッドで寝る。同じ部屋にいるというのが不思議な感覚だ。ラントもマリーへの想いをエリーに言われて自覚してしまった。今日はなかなか寝られそうになかった。



 ◇ ◇



 マリーたちはもう三日も走っていた。次の街はあと一日も行けば着くがそこには寄らないことになっている。

 北に行く度に街のピリピリした空気が増えている。それはランドバルト侯爵家の勢力圏であり、北に向かうほど王家の勢力圏と近づいているからだ。くだんの要塞はもっと東にあり、そっち方面に舵を切っていたらこんなものではないとラントに説明された。

 いくつかの村もスルーした。ラントに言わせれば雰囲気が悪かったらしい。そういう村は治安に不安があると言う。ラントの言うことだ。マリーもエリーもしっかりと聞いた。




「まさか、な」


 それからまた三日が経った。一つの街をスキップして王家が従える貴族の街へ向かうところだ。街道を使っているが旧道を使っていると説明された。魔の森に近く、整備もされていない。旧道を使う理由は説明されなかった。

 ラントが示す道がマリーたちの行く道だ。幸いバトルホースにも慣れた。この六日は雨がなかったのが良かった。もう少しすると本格的に冬が到来してくる。冬になれば北部になればなるほど雪が降る。それまでに王都に着きたいとラントがこぼしていた。


「どうしたのですか」

「いや、なかったはずの関所がある。アレは俺たちみたいに街を抜けて逃げ出そうとする町民を取り締まっているのだと思う。戦時だからな、財産があるものほど逃げ出すものだ。それに徴兵されたくない農民とかな。数で負けているんだ、更に数を減らすことはしたくないだろう」

「それでラント様は傭兵ギルドには近づくなと言っていたんですね」

「あぁ、そうだ。傭兵ギルドは戦地に近くなるほどピリピリしている。そんなところに綺麗所が来たらプツンと何かが切れた奴が居てもおかしくない。ハンターギルドでも怪しいところさ。なにせギルドに戦地へ行く募集があったからな」


 走りながらラントはニヤリと笑った。


「ハンターギルドはハンターなので戦争には参加しないのでは? そちらは傭兵ギルドのお仕事でしょう」

「もちろんさ。本来護衛なんかも傭兵ギルドの管轄だ。ハンターギルドでも請け負っているがな。ハンターギルドは傭兵ギルドとは設立の経緯が違う。元は魔の森なんかの魔境の素材を商業ギルドに売る奴らのためのギルドだ。傭兵ギルドより歴史は浅い」

「ラント様。それより関所が近づいてきていますよ。いいんですか」

「ここは魔の森が近い。いっちょ魔物に襲われたってことにしといて貰おう」

「え、強行突破ですか?」

「違う」


 ラントはピーっと指笛を吹いた。左手に魔の森が見える。旧道となった理由はわかる。魔の森に近すぎるのだ。実際たまにゴブリンの姿が見えてバトルホースに轢き殺されていた。流石のマリーやエリーも悲鳴を上げた。手綱で避けるよう指示してもラントがそのまま行けと指示した為にバトルホースが避けずに轢き殺したのだ。イヤな感触だった。


「まぁ、トール!」


 森から銀の一筋が見える。何かと思えばトールが走っている。関所に一直線だ。

 関所では大騒ぎだ。なにせ魔の森から巨大な魔物がやってきたのだ。関所の門番に魔の森の魔物の相手ができるわけがない。せいぜい浅層にいるゴブリン程度は駆除できてもそれ以上の戦力があるわけでもない。


 トールの走りは素早く、並足になったマリーたちはその強さを目の当たりにすることになった。

 十人は居た関所の門番たちはあっという間に血と肉の塊になった。

 トールは嬉しそうにラントの元へ走ってくる。青い革のスカーフは健在だ。

 ラントはトールに〈洗浄〉を掛けてやっていた。あまり血で汚れていない。だが森に長く居た為かトールの毛並みが前より落ちているのが見えた。


「凄いですね。一瞬でした」

「エリー、普通そこはお嬢様の目を塞ぐところじゃないか」

「うぐっ、不覚でした」


 確かに見たくない殺戮劇だった。だがもう綺麗な物ばかりを見ているわけにはいかないとマリーはわかってきた。

 マリーも、多分エリーもトールに久しぶりに会えて嬉しいと感じた。なにせ魔の森の中で安心して眠れたのは彼の存在があったからだ。実際魔物とのエンカウントは一回きりだった。トールの存在感が伺える。


「さっさと抜けるぞ。こらっ、トール。じゃれつくな。森の匂いが移るだろ」


 トールは嬉しいのかラントにじゃれついている。ラントの乗っているバトルホースはトールを怖がっている。だが逃げ出しはしない。元はアレックスたちのバトルホースだったがもうとっくにラントの愛馬になってしまった。茶褐色の立派なバトルホースだ。ラントは彼の名を取ってアレックスと名付けた。その名付けはどうなのかと思うが今更だ。


 トールはすぐに森には帰ろうとはしなかった為、仕方なくラントは随伴させた。バトルホースはラントが乗ると落ち着いた。流石だと思った。

 関所は凄い魔物の攻撃があったように壊れていた。


「ラント様、懐を漁らないんですか」

「門番など大して持っていない。それに懐から金が消えていたら怪しいだろう。血で汚れるのもイヤだ。放置だ放置」


 エリーがからかうがラントは嫌そうに答えた。



◇  ◇


トールくん再登場。トールの正体は暫く後になる予定です。当然ですがただのダイヤウルフではありません。

戦争が起きれば資産を持っている者たちは慌てて逃げ出します。この場合はランドバルト侯爵側に勝てる見込みがないと思う豪商たちなどが情報を得て逃げようとしますが、当然貴族側も対策を考えます。それが新関所です。呆気なくトールに破壊されてしまいましたので他の商人たちも喜ぶでしょう。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私のやる気が湧き出ます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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