014.その頃、ベッドの中では

(もうやめてぇ)


 マリーは寝台の中で悶えていた。エリーがラントに問い詰めている。そしてラントの口からマリーは美しいだのマリーに惹かれているだの聞いた事がない言葉が紡がれている。

 マリーは寝た振りを続けるしかなかった。エリーとラントの言い合いに混ざる勇気はない。

 なにせ恋心を自覚したのはついさっきで、ラントもマリーが寝ているからかあけすけにマリーを褒め称えている。更にラントはマリーを守ることを決心しているようだ。


 マリーの現状はまだ安全とは言えない。ランドバルト侯爵の支配域にいるのだ。危機は去ったとは言えない。帝国の陰謀がアーガス王国にもエーファ王国にも迫っているとすれば最悪だ。エリーの言う通り王宮に辿り着けても安全とは言えないだろう。

 更にラントは身分の差を気にしているがマリーに惹かれているという。俗に言う両思いと言うやつだ。それを意識しただけで目が冴えてしまう。エリーはラントに畳み掛ける。


「ふふふっ、ラント様は不器用ですね。だが私も覚悟を決めました。ラント様が本気を出せばマリーお嬢様を娶るのも不可能ではないでしょう。なにせテールの麒麟児なのですから。ラント様が思っている以上にテールの麒麟児の名は広まっているのですよ。大貴族の情報網を侮らないでください。魔法大国である帝国には遅れを取っていますが諜報部隊や軍は精強です。なにせ帝国の脅威は三十年前まで常に傍にあったのです。旦那様は常に帝国の動向を把握しています。だからこそ女狐を使って搦手を使ったのでしょう。ここで男を見せなければいつ見せると言うのですか。放浪の大賢者の弟子が泣きますよ」


 ラントはエリーの圧に一歩後ずさった。


「くっ、あのジジイがそれほどの有名人だとは知らなかった。なにせ名すら名乗らなかったのだからな。なぜジジイが俺を弟子に取ったのかは全くわからん。修行も厳しかった。虐待と言えるほどの詰め込みをされた。今となっては便利に使っているから恨みはないが、当時の俺は泣きそうになりながら魔力感知や魔力制御と魔力操作を必死に毎日行っていたんだぞ」

「その御蔭でマリーお嬢様を救い出せたのですよ。良いではないですか。それに私も……改めて感謝します」

「やめろ、気持ち悪い」


 ラントの昔話など初めて聞いた。静かにしながらもつい耳に注意が向かってしまう。なにせラントは秘密主義であり、マリーに対しては一定の距離を取っていた。まさかラントもマリーに惹かれていたなどとは想像もつかなかったのだ。


「それでも努力をしなければ身になりません。ラント様は厳しく思いながらもついて行ったのでしょう。放浪の大賢者様の教育に。騎士を目指すもの、魔法士を目指すもの。本気の者たちは昼夜を問わずそれぞれの領域で研鑽を怠らなかったものです。彼らは次代の王国を支える者たちです。魔導技術では負けているかもしれませんが、エーファ王国の騎士や魔法士もそう捨てたものではありませんよ。特に北方のデボワ家と要塞を任せられている辺境伯は武勇に魔法に優れた方たちです。今は多少遅れを取っているかもしれませんが、今ならまだ間に合います。ランツェリン・フォン・クレットガウ様、どうかお嬢様にお力をお貸しください」


 ラントはエリーの言葉に答えを返さなかった。祖国を捨て、帝国からも逃げてきたのだ。ラントは拘束されるのも爵位などにも興味がないのだろう。

 だがマリーは王太子妃教育をしっかりと受けている。

 ラントが多少魔法や錬金術に傾倒した所でラントを支える基盤はマリーが王太子妃教育を生かして補佐すれば良いだけだ。

 王太子殿下は聡明な方で、例え結婚をしたとしてもマリーの助けなどほとんど必要とされなかっただろう。求められるのは男子の後継ぎを生むことだけだ。


(それにしてもラントもわたくしに惹かれているなんて……)


 ラントと居れば楽しいと思う。多少大変な思いをするだろうが、その程度マリーには朝飯前だ。なにせ幼少の頃から厳しいと評判の王太子妃教育を受けてきたのだ。

 ブロワ家は武門の家だ。遡れば旧大帝国から独立する際に最前線に立って戦い、王家を助けたのだという。その縁があり、初代王の妹を娶り、公爵家にされた経緯がある。

 ラントほどの実力があれば厳しい父にも認められることだろう。兄はシスコンの気があるのでラントに挑むかもしれない。だが兄がラントに勝てるとも思えない。


 父や兄を叩きのめし、認めさせて伴侶になる。古くからある英雄譚だ。そしてマリーはそのような英雄譚を好んでいた。無意識に公爵家から、王太子妃という重圧から助け出してくれる殿方を求めていたのかもしれない。

 ラントは分が悪いと思ったのか情報収集をしてくると言い、部屋に結界を張っていつもより早く部屋を出てしまった。


「マリーお嬢様。聞いていましたよね。両思いです。後は外堀を埋めるだけですよ。私がラント様を焚き付けます。私もエーファ王国やアーガス王国には潰れて欲しくありません。それにデボワ家にもお世話になっております。私がマリーお嬢様の侍女に抜擢されたことで実家は相当の優遇を受けています。私はマリーお嬢様の味方です。ラント様は意思も強く、実力もありますが突く隙は幾らでもあるとみました。あとはマリーお嬢様が勇気を振り絞るだけです。ですがそれは今ではありません。マリーお嬢様。一緒にラント様と結ばれる未来を勝ち取りましょう」


 エリーには狸寝入りがバレていたようだ。ラントにはバレていなかっただろうか。だがラントが本音を晒したことによってバレていなかったと考えることができる。

 マリーは毛布から少しだけ顔を出した。顔は真っ赤になっていることだろう。

 エリーはマリーが寝ていないことを知っていてわざとラントの気持ちを聞き出したのだろう。上級貴族に生まれたマリーにはない技だ。


「はぁ、ただ私も婚期をそろそろ逃してしまいました。旦那様に紹介頂く予定でしたが、国外追放の憂き目にあってしまいました。これはラント様の側室か妾にして頂くしかありません。それにそれならマリーお嬢様と常に居られます。私、頑張りますね」


 エリーは幼い頃から一緒に居た仲だ。マリーが最も信頼している侍女の一人と言って良い。だがエリーが側室になると聞いてマリーは初めて嫉妬の炎が吹き上がってきた。王太子殿下が側室を取ることは簡単に割り切れたのに、ラントに対してはそう簡単に割り切れない。それが例え信頼の置ける侍女、エリーにあってもだ。

 マリーは自身の内にこれほど穢らわしい感情があったことを初めて知った。

 今日は初めてだらけだ。流石のマリーも疲れた。毛布も十分温まっている。

 マリーはようやく、眠気がやってきて就寝した。


「ふふっ、マリーお嬢様の嫉妬など初めて見ました。まだまだ知らないことは多いですね。本当にお可愛いお嬢様です。必ずマリーお嬢様の初恋を実らせてあげなければなりません。私は手段を選ぶつもりはありませんよ、マリーお嬢様」


 聞こえていないことをわかっていながら、エリーは言葉を紡ぎ、どうすればラントをやる気にさせることができるか陰謀を巡らすことにした。



 ◇ ◇



「くそっ」


 ラントは荒れていた。あの侍女に図星を突かれたからだ。

 煙管(キセル)に火を着ける。中には気を落ち着かせる効果のある薬草が詰められている。この煙管は師匠から貰った唯一の物だ。分厚い魔導書と錬金術書を除けば。

 師匠は北の山に生息すると言う希少な竜の討伐を果たすと、どこかへ消えてしまった。魔道具や魔法具などは自分で作れと杖すら残してくれなかった。当時杖くらいは作れるようになっていたが。


「ふぅ~」


 紫煙が天に登っていく。薬草の効果で心が鎮まっていく。かつて生きていた国の煙草とは違い、依存性も毒性もない。一回分では落ち着かなかったのでニ回目に火を着ける。


(マリーを救えだと。しかも本格的に? 帝国との戦争になるんだぞ。一体一個人に何を期待してやがる。しかし中央諸国の貴族院でも名が残っているなんて思っても見なかったな。あのジジイの余録だろうが。初めての弟子だぁ? ついていける奴が居なかっただけだろう。教え方はクソ下手だったし、子供にしていい教育じゃなかったぞ。虐待も良いところだ。俺が転生者で社畜をやっていた過去がなければ絶対に潰されていた)


 二回目の煙管を終え、漸く頭が回るようになってきた。外に出たのだ。やるべきことは多い。情報収集に先を考えれば手持ちの金貨も心許なくなってきた。次の街はスキップするので多めに食材や資材を買い込まなければならない。なにせ一人旅とは違い、消費が三倍だ。バトルホースが二体になったのもある。バトルホースは肉も食う雑食だが大食いなのだ。


「仕方ない。金を仕入れるか」


 ラントは情報屋から裏の道具屋の場所を仕入れた。ここでも金貨が飛んでいく。


「邪魔するぜ」

「邪魔するなら帰ってくれないかい」


 裏通りの簡単には見つけられない場所。そこに店はあった。中は小さな物だが所々逸品が並んでいる。老婆の傍に凶悪な面(つら)をした男がそびえ立つように立っている。用心棒だろう。


「売りに来た。鑑定を」

「見せてみな。こっ、これはっ」


 老婆はルーペを取り出して小粒の魔法石を鑑定する。そして即座に声を上げた。


「大金貨十枚」

「阿呆か、帝国産の純度の高い魔法石だぞ。五十枚だ」

「それは表で売ればじゃ。こんなもの出しただけで官憲が飛んでくる。裏でしか捌けないからここへ来たんじゃろう」

「それでも五倍はするだろう。売る伝手はあるだろ? 百枚でも買う貴族はいるぞ。特に今の情勢ではな」


 ラントはニヤリと笑うと老婆が圧で後ろに下がった。


「デール」

「おう」


 大男がのっそりと動き出す。老婆は金で得るのではなく暴力で魔法石を得ようと言うのだ。暴力は大歓迎だった。ラントは暴れたい気分だったのだ。むしろそれを誘導したまである。


「そっちの方が楽でいい。やっぱり原始的な交渉ってのは言葉じゃなくて暴力だよな」


 三分後、店の中の目ぼしいものと金銭は消え、恐ろしい物を見た老婆と床に倒れる男の姿があった。用心棒の腕や足がおかしな方向を向いている。目が白目を剥いている。

 老婆は暴力に訴えようとしたことを心の底から後悔した。裏稼業を始めて長いが、これほど怖い思いをしたことはない。デールは三級の傭兵でも敵わない信用できる用心棒だったのだ。

 一方、ラントは暴れられて懐も温まり、少しすっきりした気分でスキップをして帰った。



◇  ◇


狸寝入りマリーちゃん可愛い。ラントは疲れているので気付きません。そして図星を突かれて逃げ出します。逃げ出した先が金策で暴力で解決するというのがラントらしいですね笑

気分もすっきりできて懐も温まって二度美味しい!


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

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☆三つならば私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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