012.自覚

「凄い」

「凄まじいですね」


 マリーはその一言しか言い表す言葉を持たなかった。

 魔法金属が宙に浮き、形を変えていく。大粒の魔法石の上に複雑な魔法陣が現れ、吸い込まれていく。その魔法石の周りを魔法金属が覆い、上級貴族が着けていても通用しそうなブローチに姿を変えていく。

 ラントは工房に入った事で今まで隠していた膨大な魔力を使い、自由自在に魔法を操っていく。


「これが錬金術? 私の知っている錬金術とは違います」


 エリーも見惚れてその作業に目を奪われている。

 ラントの額からぽたりと汗が落ちる。仮にもマリーも貴族院で魔法を習った貴族の一員だ。だがラントが行っていることがどれほど高度なことなのか理解すらできなかった。


「これが伝説の放浪の大賢者様の弟子、テールの麒麟児の実力なの」


 三級ハンターであったアレックスたちがあっという間に倒されるのも納得がいく。ラントが本気を出せば伝説の大賢者のように街一つくらい簡単に更地にしてしまえるのではないか。冗談でなくそう思う。

 何分経ったのだろうか。汗だくになったラントの手元には美しい青い魔法石のブローチができていた。


「どうだ、これならマリーの兄が着けていても不思議じゃないか?」

「これほどの大きさの魔法石ですもの。問題ありませんわ」

「そうじゃない、デザインの話だ」

「どうかしら。大丈夫だとは思いますけれど」

「私も大丈夫だと思います。お似合いになりますよ、きっと」


 エリーも同意する。エーファ王国風ではないが、斬新とまで言うほどではない。スタンダードでどこにでも着けていける品の良さがある。


「それで、これはどのような効能があるのですか?」

「〈洗脳〉や〈魅了〉と言った強い精神系魔法に反応して色を変えるんだ。更にその魔法を防ぐ効果もある。ついでに魔力を注げば近くにいる奴らも正気に返る。一時的な結界にもなる。それなりの上位貴族でないとそれだけの魔力は持っていないだろうがな。ブロワ公爵家なら大丈夫だろう。後は下位互換になるが騎士や魔法士が着けていてもおかしくないものを作る。少し待っていろ」


 ラントはそう言うと小粒の魔法石を幾つか〈念動〉で取り出し、同じように魔法金属で覆っていく。小さな魔法陣がいくつもくるくると回っている。同時に三つ作るようだ。

 出来上がったのは抑えたデザインの物だった。どれも首飾りだ。鎧やローブの下に仕込めるようにだろう。

 しかし〈洗脳〉や〈魅了〉は禁忌の術式だ。それに反応する魔道具など聞いたことがない。それを簡単に作ってしまうラントは、まさしくテールの麒麟児と言えた。


「言っておくが帝国では上位貴族は似たような物を必ず着けているぞ。アーガス王国もエーファ王国も魔導で帝国には敵わない。更に〈魅了〉なんかを扱えない者に使えるようにする魔法具まである。俺はその子爵令嬢は〈魅了〉を王太子殿下に仕込んでいると睨んでいる。ゆっくりと掛ければ〈洗脳〉よりも遥かに掛かりやすい。貴族院なんぞ一緒にいる時間が長く取れるだろう。狙い目だな」

「まさかっ」


 マリーはあまりのいいように声が上がってしまった。淑女としては恥ずべきことだ。


「いえ、ですがマリーお嬢様。確かにあの女狐の周囲は男女関わらず段々と彼女に好意的になっていきました。不自然なほどに。今彼女は貴族院を卒業して王宮で王太子妃教育を受けているはずです。王宮も汚染されているのでは?」


 マリーはエリーの推測に恐れおののいた。もしそうであるならばとっくに帝国の侵略が進んでいると言える。北方の国境を守るブロワ公爵家に取っては最悪の事態だ。


「間違っても手紙にそんなことを書くなよ。あくまで確かめる為に茶会を開かせるんだ。子爵令嬢が常に着けているアクセサリーなんかはなかったか? 一番怪しいのがそれだ」

「あります。ありましたっ。女狐はいつも同じ髪飾りを着けていました」

「ならそれだな。まぁ予想が当たっていれば、だがな。外れていればそれでいい。いや、マリーにとってはよくないか。婚約者を奪われ、国外追放にまでなっているんだからな。悪い、言い方が悪かった」


 ラントはマリーに頭を下げた。だがマリーはもう王太子殿下のことは吹っ切れていた。元々決められた政略結婚だ。恋をしていた訳でもなんでもない。

 むしろ先程の錬金術を扱っているラントの姿にときめいてしまった自分に気付いた。


(まずいわ、わたくし、ラントに惹かれてしまっている)


 そういえば絶対に守ると言われた時にも心臓が跳ねていた。

 自覚するとボッと顔が赤くなる。早くから王太子妃になると決められていたマリーは幼い頃から忙しかった。恋などする暇はなかった。だからこれは初恋だ。どうしたら良いのかわからない。


「悪い、魔力にあたったか?」


 魔力酔いと言う症状がある。強い魔力に晒されるとまるで酒に酔ったような症状がでるのだ。

 だがより魔力の少ないエリーが酔っていないのだ。更に魔力を持つマリーが酔うはずがない。

 ラントが近づいてくる。汗の匂いがする。「大丈夫か?」と言いながら額に手を当ててくる。更に顔が赤くなるのを感じた。耳にまで熱が伝わっている。


「魔力酔いじゃないな。疲れが溜まったか、強行軍だったからな。この街では二日休むか。デザインに問題がないなら、手紙を書いて貰いたかったんだが今日は休め。手紙は明日でいい。さて、出るぞ。ついでにお前らの分も作って置いた。これは結界を張る魔道具だ。見た目はちゃちいがな、性能は十分だ。マリー、エリー。これを着けておけ。その方が俺も安心だ」


 ラントの手でマリーに首飾りが着けられる。エリーはその姿を見てぷんぷんと怒った。マリーは為すがままだ。耳が赤くなっているのを気付かれていないと良いなと心の中で祈った。ラントはエリーには首飾りを手渡すだけにしたようだ。エリーが自分で着けている。

 デザインはちゃちいとラントが言っていたがそんなことはない。素朴なデザインだがキラキラと光っている琥珀色の魔法石が、魔法銀に隠されるようにちらりと姿を見せている。


「そうですね、少し疲れているようです。少し休ませて貰ってよろしいかしら」

「もちろんだ。どうせ宿から出す気はない。ゆっくり休んでくれ」

「お嬢様、早くベッドに行きましょう。ラント、お嬢様を着替えさせるからさっさと部屋を出てください。あと汗臭いですよ」

「わかったわかった。〈洗浄〉。そう急かすな。エリーはマリーの事となると本当に融通が効かないな」


 黒渦を通り、四つのベッドがある部屋に戻る。


(わたくし、これからラントと一緒の部屋で寝るのですわよね。大丈夫かしら)


 今まではラントに襲われないかと警戒する日々だった。だがこれからは違う。ラントが襲うことなどこれまでの行動を顧みればあり得ないことなどわかっている。

 年頃の男女が同室で寝る。護衛の為だとは言え、それを考えるとマリーは本当に熱が出てきたような気がした。騎士たちですら部屋の外で夜番をするのだ。


「マリーお嬢様、あんなのが好みだったんですか。意外ですね。でもテールの麒麟児の話は私も知っています。まさかラントがそんな大物だったとは。小国とは言え伯爵家の出です。道理でたまに所作が洗練されていると思いました。北方諸国の伯爵家など木端も良い所ですがテールの麒麟児なら別です。その名だけで釣り合わないこともないですね。ギリギリですが」

「エリー、貴女……気付いて」


 マリーはエリーの言葉に驚いた。マリーですらついさっき気付いた気持ちだというのにエリーは即座に気付いたのだ。


「何年お嬢様のお隣にいると思うのですか。むしろお嬢様はもっと前からラントに惹かれていましたよ。無自覚だったので敢えて指摘はしませんでしたけどね。指摘すれば意識してしまうでしょう。気付かずに王都までの護衛が終われば良いと思ったのです。そうすれば失ってから気付いても後の祭りです。諦めもつくでしょう。ですがあの魔法の腕は私ですら見惚れてしまいました、お嬢様が惚れるのも無理はありません」


 エリーは思い出すように上を向いた。マリーも目を瞑れば先程の美しい魔法陣や魔法の数々が目に浮かんでくる。それほどの衝撃だったのだ。


「でもラントは堅物ですよ。落とすのは大変だと思います。お嬢様の美しさに負けて襲っても来ません。これほど美しいお嬢様と一緒に寝ていて平気なんてラントは不能なんじゃないですか。そうとしか思えません」

「ふふっ、それは言い過ぎじゃないですか。ラントに失礼ですよ。ですがテールの麒麟児と言えばまだ二十五、六歳くらいの筈ですよね。結婚していないのでしょうか」


 マリーはふと思いついた疑問を口にだす。


「極まった魔法士というのは結婚なんかよりも魔法を極める事に集中するようです。実際マリーお嬢様の同級生にも何人もそういったのが居ました。剣や魔法が婚約者や家よりも大事。そういったネジの外れた貴族たちですね。ラントは彼らよりも深い闇を感じます。そうでなければ命を助けた代わりにとばかりに初日に襲われていますよ。私たちはあまりの事に疲れてすぐ寝てしまいましたから。ラントの魔法なら私たちを拘束するなど朝飯前でしょう。それをしないというのはラントの興味がお嬢様にないか、それ以上の興味に目を取られているかです」


 エリーの言葉は現実味があった。そしてマリーもそういった貴族たちは何人か覚えがあった。マリーの着替えを終えたエリーは温かい紅茶を淹れてくれた。


「確かにそういう人たちはいましたね。親御さんたちは頭を抱えるか喜ぶかの二択でした」

「家ごとに方針がありますからね。喜ぶか呆れるかはその家次第でしょう。長男か次男以下か、男子か女子かだけでも話は違ってきます。女性で騎士を目指す子たちの親は大概青褪めていましたね」

「ふふっ、そうですね。そして半分諦めていたのを覚えています」


 同級生で騎士を目指す女子が居た。彼女は寝ても覚めても剣を振っていたように思える。そしてその両親は半分諦めて彼女を見つめていたのを思い出してマリーは笑った。女性騎士は案外需要がある。令嬢たちや王妃、王太子妃、王女などの護衛に回されるのだ。むしろ足らないとまである。故に親もあまり反対できない事情があった。

 貴族の子は皆魔力持ちだ。男女差はそれほどない。上級貴族の女子が護身術で騎士志望の男子を倒してしまうことすらあるのだ。


「あれだけの魔法の腕、錬金術の腕。あの若さで極められる物ではありません。マリーお嬢様も難儀な方をお選びになりましたね。あんなのと一緒になっても絶対家庭を顧みることなく魔法や錬金術に傾倒するに決まっています。幸せになんてなれっこないですよ。さっさと諦めた方が幸せになれます。と、言ってもそのマリーお嬢様の様子では簡単ではないようですね。初恋など幼少期に済ませてしまえば耐性もつくのですが、この年齢になって初恋をするなんて私ですら想像もつきませんでした」

「はぁ、これが恋なのですね。初めての感覚です。驚きの気持ちとふわふわした気持ちが混ざり合ってどうして良いかわかりません。ラントの顔を直視できるかしら」


 マリーは両手を上に向けて見つめた。


「知りませんよ。それよりさっさと寝てください。起きたら冷めているかもしれませんよ。私はそれを願っています。きっと無駄でしょうけどね」


 エリーは珍しく乱暴にマリーをベッドに連れて、毛布を掛けた。マリーは先ほど近づいたラントの顔が浮かんできてなかなか寝付けなかった。



◇  ◇


やっと恋愛要素が出てきましたね。でもラントとマリーでは身分が違いすぎます。故に簡単にはくっつきません。ここでくっついちゃうと沢山書いたストックが全部ゴミ箱行きになってしまうと言うメタもありますが笑 この世界での貴族の恋愛は複雑怪奇です。そこら辺はおいおい説明するのでお待ち下さい


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私が喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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