011.工房

 次の街に無事に辿り着いた。市壁を超える。相変わらずマリーたちが門番に顔を見せると門番が怯む。

 どんな格好をしていてもマリーの美しさと気品は隠せない。門番程度が口を出せる相手ではないとどこの門番も怯むのだ。賄賂を渡すと慌てて口を噤む約束をしてくれた。

 たまにしつこい門番がいるが、それはラントが視線で黙らせた。魔力に精神魔法の〈恐怖フィアー〉をほんの少しだけ混ぜるのだ。門番程度なら面白いほど怯む。


「ここだ。しかしアレックスたちが襲ってくれて助かったな。あいつら結構持っていたぞ。流石三級だな」


 ラントはニヤリと笑ってアレックスが持っていたポーチを持ち上げてマリーたちに見せた。


「相手の懐を探るような真似はマリーお嬢様の教育によくありません。止めて頂けませんか」

「誰かが拾うか魔物が持ち去るかだぞ。俺が有効活用して何が悪い。盗賊を倒したら倒した者が盗賊の持っていた宝の権利を得る。そうでないと傭兵ギルドもハンターギルドも盗賊など絶対追わない。そういうものだと思え」


 エリーは眉を顰めて追撃してくる。


「ですが騎士や同じハンターの懐も探ったではないですか。彼らは盗賊ではありませんよ」

「犯罪者以外を襲う奴は全員盗賊と同じだ。騎士たちはマリーを身包み剥いで魔の森に捨てようとしていた。アレックスはマリーを捕まえてランドバルト侯爵に売ろうとしていたんだぞ。盗賊と何が違う」

「それはっ」


 エリーが顔を背ける。反論が思いつかなかったのだろう。ラントは畳み掛けることにした。いい加減ラントのスタイルをこの侍女にわからせなければならない。

 ラントの実力を見せたのだってラントにとっては不本意なのだ。アレックスたちが追ってきたのも戦いが起きたのもマリーが連れてきた厄ネタだ。それをエリーはわかっていない。


「それに金は誰が持っていても金でしかない。どうせ誰かが拾って使うだけだ。魔物にもキラキラした物が好きな奴らがいる。そんな見知らぬ誰かや魔物にやるよりは俺が使う。どこからお前らの食費や宿代が出ていると思っている。貰った報酬やマリーの髪飾りや首飾り、ドレスなどを売れば足がつくぞ。間違ってもあんな物は売りには出せん。出した途端衛兵が飛んでくるレベルだ。お前らが体を使って稼ぐとでも言うのか?」


 ラントがそう言うとエリーも流石に黙った。エリーはラントの粗暴なところを嫌っているようだが、お嬢様ファーストな所は変わらない。普段の動きも良いし、野営にも文句一つ言わない。体力はそれほどないが優秀な侍女だ。ラントへ当たりが強いのもマリーへの敬愛からだろう。そう思えば受け流しても良いが、ラントのスタイルをわかって貰う為に敢えて反論している。


「さて、今日の宿はここにするか。美味い飯が出るといいな」


 門番から風呂のある宿の情報は聞き出してある。そのうちの一つが目の前にあった。なかなかの門構えだ。客質も高い。マリーたちの安全の為にはハンター用の宿などにはとても連れて行けない。絶対に厄介事が起きる。風呂付きの宿では金貨が飛んでいく。アレックスたちがポーチに大量の金貨を持っていなければ危なかった所だ。ラントは大量の金貨に換えられる物は持っていたが金貨自体はそれほど持っていなかった。

 それに騎士たちが持っていたのはエーファ金貨だ。アーガス王国でも使えるがそこで足が付くと困るので使えない。


「さて、マリーは俺の事を疑っていたな。仕方がない、見せてやる。口外法度だぞ。どうせ言えんがな」

「わかりました。感謝します」

「マリーお嬢様、私もしっかりと見張りを致しますね」

「ふふっ、ありがとう。エリー。でも大丈夫よ、ラントはそんな非道な方ではないわ」


 マリーがふんわりと笑う。エリーは見惚れている。ラントも見惚れそうになった。いつの間にかマリーのラントへの信用度が上がっている気がした。


「〈亜空間ルーム〉」


 部屋に入り、まだ食事には早い時間だ。給仕もやってこないだろう。それを確認してラントは呪文を唱える。

 黒い渦が現れる。空間魔法でもレベルの高い魔法だ。これを使えるようになるまで七年掛かった。


「入れ。中が俺の工房になっている」

「工房?」

「中で説明してやる。ここでは口を噤め。誰が聞いているかわからないぞ」


 マリーとエリーを促す。流石に恐ろしいのかそろそろと足を進めている。

 他人の魔法空間に無警戒に入るようだったら雷を落としていたところだ。マリーとエリーの姿が消えると、ラントも黒渦に入り、そして部屋から三人の姿と黒渦は消えた。



 ◇ ◇



「本当に工房だわ。空間魔法ってこんなことまでできるの?」


 マリーは黒い渦を警戒しながら入ったがそこは本当に工房と言える場所だった。かなり広い。大釜があり、棚には各種ポーションが並び、薬研やまな板、各種ナイフなどが並んでいる。そして素材と思われる物が棚や箱に分けられ大量に並んでいる。その中にはかなり大きい魔法石まであった。あれ一つで幾らするのか見当もつかない。


「なんですか、あのガラスっ。初めてみましたよあんなの」

「えぇ、驚きました。わたくしも初めてですわ」

「あ~、しまった。先に隠しておくべきだったか。いや、今更だな。工房まで見せたんだ。変わらんか」


 ラントが頭をガシガシとかいている。エリーは魔法薬ポーションの入っているガラスの透明度に驚いているがマリーは様々な色の魔法薬自体の透明度にも驚いていた。高度な魔法薬ほど雑味がなく、美しい色をしているものだ。透明なガラスの中に入っている魔法薬は一切の不純物が入っているように思えなかった。


「俺の本業は錬金術師だ。元々生まれた国では錬金術師をやっていた。貧しい領地の為にやり始めたんだが、金に目が眩んだ両親にも仕事を大量に押し付けられてな。更に国にまで目をつけられた。やっていられなくて国を逃げ出したんだ。なにせ戦争用の魔道具を作れと言ってきやがった。俺が作ったもので人が救われるのはいいが、殺しの道具を作る気にはならん。どれだけ人が死ぬかを考えただけで設計図すら描く気がおきなくなったくらいだ」


 エリーがラントの正体に気付いた。大声を上げる。マリーもラントがテールの麒麟児であると気付いた。それならばラントの力にも納得が行く。


「錬金術師。そしてあの実力、魔法、空間魔法! まさかっ、テールの麒麟児!?」

「なんだ、こんな遠方にも届いていたのか。しまったな、やはり東に逃げるべきだったか」

「近代史で貴族院でも名が残っているのですよ。弟子は取らないという噂の〈放浪の大賢者ワンダリング・セイジ〉様の弟子になったというだけで偉業です」

「マジか。あのジジイ、そんな有名な奴なのか。確かに魔法は凄かったがな、五歳の頃から五年間ずっと寝るときですら魔力感知やら魔力制御に魔力操作の訓練をさせられたんだぞ。幼い子供に鬼かと思ったわ」


 放浪の大賢者をジジイ呼ばわりとは、公爵家令嬢のマリーですら様を付けるほどの畏れ多い相手なのだ。ただ偏屈な人間で有名で、誰にも仕えず、誰も弟子に取らない。魔法も教えない。かの旧大帝国ですらどんな厚遇でも頷かなかったと聞く。


 一撃で都市を更地にする極級魔法の使い手としても有名だ。年は軽く三百は超えると聞く。偉業の数はそれだけに留まらない。放浪の大賢者が作った魔法薬で不治の病がいくつも減ったのだ。さらに原因不明だった病の原因を解明し、治療方法まで確立した偉大なる賢者だ。常に消息不明で、どこに現れるか皇帝や王ですら不明だとされる伝説の多い賢者だ。


「テールの麒麟児であることは否定しないのですね」

「今更だろ。この工房の方が余程機密性が高い。間違っても変な所触るなよ」

「そんなことしませんよ。錬金術師の工房など初めて見ました。すごい物ですね」

「コツコツと金と素材を溜めて集めたんだ。まだまだ欲しい物がある。だから魔の森近くのセイリュー市に拠点を構えていたんだ。あそこなら幾ら魔の森に入っていても誰も疑問に思わないからな。更に領地が辺境なだけあって規制が緩い。良い都市だったよ。治安はいまいちだけどな」

「それは……ごめんなさい」

「いいさ、気にするな。他にも幾つか巣穴を持っている。狡兎三窟と言うだろう」


 ラントは否定しなかった。もう今更だと思っているのだろう。

 テールの麒麟児とは中央諸国まで響いてきた北方諸国の錬金術師の呼び名だ。

 北方諸国は帝国から魔境を挟んで北側にあり、小国が十以上群雄割拠している。年の半分は冬に閉ざされるという土地柄、争いが絶えないらしい。十年経てば国の名がいくつか変わっていたりする。そういう場所だ。


 そしてマリーが子供の頃に聞いたのがテールの麒麟児の話だ。貴族院でもその名は教えられた。

 テールという小国の伯爵家にある天才少年が生まれた。彼は幼い頃から魔法を自在に操り、弟子を取らないと有名な放浪の大賢者の初めての弟子となり錬金術に目覚めた。

 今までにない魔法薬や蒸留酒、畑の改良に画期的な井戸など様々な物を作り出し、国を富ませたと言う。彼の居た時代はテールが北方諸国で大きく躍進した時期であり、テールの麒麟児が姿を消すとその勢いは衰えていった。

 多くの国がテールに脅威を覚え、今まで争っていたのが嘘のように同盟を組んだという歴史的事件が起きたのだ。だがそれもテールの麒麟児が打ち砕いた。テールの麒麟児は戦に出れば無敗で傷一つ負わなかったらしい。


「まさか、テールの麒麟児がアーガス王国でハンターなどしているとは思いませんでした。そういえば魔法士と最初は名乗っていましたね」

「一応テールの魔法士資格は持っているぞ。中央諸国では鼻で笑われる物だけどな。そうじゃないと魔法士は名乗れん。アレックスの仲間だった女も魔法士じゃなく野良の魔法使いのはずだ。なかなか腕はあったがな」


 ハンターの世界はわからないが三級が上級なことだけはわかる。マリーの実家もハンターや傭兵を使うことがあったが、最低でも三級だと聞いた覚えがある。それだけ信頼に足る位階なのだろう。


「さて、やるか。髪飾りと首飾りを見せてくれ。デザインの参考にする。国が違えばデザインの流行も変わるからな。マリーの髪飾りと首飾りなら流行の最先端だろう?」

「ふふん、マリーお嬢様のお着けするものです。最高級の物に決まっています」


 エリーが鼻を高くする。流行の移り変わりは激しいが、今手持ちの物はどの時代でも通用するオーソドックスな物だ。マリーはその辺りもラントに説明した。


「あの、お礼はこちらのが良かったですか?」

「いや、どっちみち売れん。俺みたいなのが売った瞬間貴族の息の掛かった連中がどうやって手に入れたのかと衛兵連れてやってくるレベルだ。手持ちの金貨はまだあるし当てもある。気にするな。さて、やるか。出来上がりを見て判定してくれ。使い道もちゃんと説明する。邪魔するなよ」


 ラントはそう言うと集中した顔つきになった。それをマリーは美しいと思った。殿方に美しいと思ったのは初めてだ。荒々しい雰囲気は持っているが王太子殿下とは違う魅力がある。そして美形で有名な王太子殿下よりもラントの方がマリーの好みに合っていた。



◇  ◇


ラントの秘密その1です。早めに公開しておかないと今後の展開に障りがあるのでここで明かしました。そしてラントの正体もバレます。しかし〈制約〉に寄って口外することはできません。

嫌われ侍女、エリーの態度もラントの正体を知って今後だんだんと変わって行きます。彼女はサブヒロインの一人です。あんまり嫌わないでください笑


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。

☆三つなら私がとても喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ

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