010.違和感
「ご当主様をお守りしろっ」
「くそっ、こいつら意外と強いぞ。ただの盗賊じゃない」
ジョルジュは最速で騎士と魔法士を連れて急いで王都に向かっていた。流石に公爵本人がバトルホースに乗って駆ける訳には行かない。馬車を曳く馬も騎士が乗る馬も全てバトルホースだ。公爵家の力が伺える。
流石にジョルジュの護衛とあって精鋭を連れてきている。
しかし襲撃が起きた。襲撃は撃退できたが、騎士たちに傷ついた者や死者も出た。
(なぜこんな場所に盗賊がいる? ありえん。しかも全員魔力持ちだと!?)
ブロワ領を出ようとした矢先のところだった。領の境界と言うこともあり、治安は確かに良いとは言えないが魔物も出る場所だ。盗賊たちが
「旦那様、これは盗賊に見せかけた襲撃かと」
「そうだな、そう思うべきだろう。汚れているが装備に統一感がある。実力もただの盗賊ではない。魔法使いまで居た」
ジョセフが進言するとジョルジュも頷いた。何かが起こっている。これだけでも異常なことだ。娘の婚約破棄、国外追放、そして国外から出る際への襲撃。更にはジョルジュ本人への襲撃。これらが繋がっていないとは思わない。
それから王都までの道は往時の物だった。都市を任された貴族たちに挨拶をしながらできるだけ早く王都へ向かう。ブロワ公爵がついに動いたと言う事で道中の貴族たちには緊張が見られた。
貴族たちからは王都の情報収集を欠かさない。それにはジョセフが良く働いてくれた。小さな違和感でも良いからと多くの情報を集めてくれた。
それによると今の王宮はかなりおかしなことになっているらしい。だが何がおかしいのかわからないというふんわりとした報告になっている。
「ガストン」
「はっ」
「先に王都入りして色々と調べてくれ。特に王太子殿下のご様子だ。陛下の事もだな。次に他の三公爵家の動向だ」
「わかりました、お館様」
黒装束に身を包んだ男が影から現れ、即座に消える。ガストンは信用のできる男だ。きっと望んだ情報を得てくれるに違いない。ジョルジュはそれを信じて彼らを送り出した。
◇ ◇
「なんだ、確かに何かおかしい」
ジョルジュは王都に着き、王宮に参内の申請をした。三日後に陛下と謁見できる手筈になった。
そして謁見の間で陛下と王太子殿下、宰相、他数人の大臣たちの前で国王陛下と言葉を交わす。ジョルジュは公爵位にあることもあって直答を許されている。王家に何かあった時の為に低くとも王位継承権すら四大公爵家当主には与えられているのだ。
「久しいな、ジョルジュよ。もっと王宮に顔を出してくれても良いのだぞ。また酒でも飲み交わそう」
「はっ、なかなか領内が落ち着かず、申し訳有りません」
当たり障りのない話をする。だが妙だ。マルグリットの話が一つも出ない。頭は下げずとも一言くらい謝罪があっても良いはずだ。王太子殿下も当然のように国王陛下の脇で立っている。その瞳は冷たい。どうしたというのだろうか。流石に新しい婚約者と言われる小娘は居ない。
ガストンにはマルグリットに着せられた罪状の裏を取らせている。少なくとも半分は冤罪であることが確定している。
国王陛下は穏やかな方だ。あまり覇気はない。だが平時の王としては有能でしっかりと国を治めている。貴族や民の人気も悪くはない。無茶は言わず、税も上げたりしない。ただ騎士団や軍の増強にはあまり乗り気ではない。その代わりに治水に力を入れている。
国境を守るブロワ公爵や辺境伯たちはそこら辺が歯がゆい相手でもあるが、治水によって洪水の被害などが減っているのも事実だ。また、芸術が好きで芸術家たちを招聘し、美術館なども建てている。遅れていると言われる魔法士の育成にはあまり積極的ではない。そういう王だった。
(これは本格的にまずいかもしれん)
登城を終え、ジョルジュは危機感を大幅に強めた。ジョセフは法衣貴族たちの情報収集に当たらせている。彼も元は伯爵位を持っていたれっきとした貴族だ。息子に早めに代を継がせ、隠居した後もジョルジュの側近を務めてくれている信頼でき、有能な男だ。
「城の雰囲気が確かにおかしくなっている。だが何がおかしいとはっきりと言葉にはできん。それが余計強い違和感となっている。陛下も少し力がなかったように感じる。そして王太子殿下の冷たい目。あんな目をされる方ではなかった。罪人とされたマルグリットの父親であるからかと思うが、あの聡明だった王太子殿下がそんなミスを犯すとは思えん。何かおかしいぞ。だが確かに何がおかしいのか言葉では言い表せん。違和感があるとしか言いようがない」
ジョセフがゆっくりと頷いて続けた。
「こちらも情報を色々集めましたが、確かに何かチグハグです。王宮の文官や武官たちの様子もおかしくなっている様子です。ですが相手は国王陛下、進言できる者などそうはいません。もう三十年平和が続いています。陛下は在位二十年と少し。戦争を知りません」
「そんなことを言ったら俺も知らないぞ。ただ幼いながらに肌で感じては居たがな。あの時の公爵邸は恐ろしい雰囲気だった」
「それを知るだけでも随分と違います。王都でぬくぬくと育った陛下にはそれすらないのでしょう」
ジョセフのあまりの言いようにジョルジュは笑うしかなかった。タウンハウスの私室でワインを傾ける。やはりタウンハウスより本拠の公爵城の方が居心地は良い。王都は繁栄しているが、今日の登城で砂上の楼閣に見えてきてしまった。
ジョルジュは笑った。ジョセフのいい様が面白かったからだ。
「くくくっ、ジョセフっ、不敬だぞ。仮にも国王陛下だ。それに平民人気も高い。大きな瑕疵は今の所ないのだ。気になるのは王太子殿下だ。もっと聡明な方な印象だった。だががらりと印象が変わっている。二、三言話しただけだが性格が変わったようだった。殿下には期待していたのだがな。俺の目が狂ったのか、それとも殿下が変わったのか。どちらだと思う?」
「どうでしょう。どちらにせよまだ顔も見たこともない子爵令嬢ががっつり関わっていることは間違いありません。何か特殊な魔法でも身につけているのではないのでしょうか」
ジョルジュはワインをくるりと回しながら考えた。
「魔法、魔法か。禁呪の類か? 流石に陛下や殿下が気付かないとは思わないが。貴族院も警備が厳重なはずだ。しかしその線もあるか。そうなると帝国だな。盗賊たちも帝国訛りがあったと騎士たちから聞いている。いずれにせよすぐにはどうしようもない。確かめたいことはあと二、三日で確かめられるだろう。あの様子では問い詰める訳には行かないな。証拠がない。一度領地に帰るぞ。影たちには続いて調べさせておけ」
「はい、それがよろしいかと」
ジョセフは恭しく頭を下げる。ジョルジュは王都の夜景を見ながら物思いにふけった。
◇ ◇
「手紙ですか?」
「そうだ、次の街は国境に近い。そこで手紙を書いたらどうかと思ったんだ。家族に無事くらい知らせたいだろう」
「知らせたいです!」
マリーは家族に無事の手紙が書けると聞いて身を乗り出しそうになり、エリーに止められた。なにせ並足より少し早いスピードで移動中なのだ。話せているのはラントの魔法のおかげである。
「ランドバルト侯爵軍はまだ要塞に籠もっているようだ。戦況は膠着しているな、帝国の思う壺だ。商業ギルドを使えば高いが確実に届けてくれる。そうだ、王太子殿下とその婚約者の子爵令嬢と茶会をするならば護衛は何人連れていける?」
「殿下と子爵令嬢ですか? 従者が一人、騎士と魔法士が一人ずつくらいでしょうか。規模にもよりますがどれだけ多くても騎士を一人増やせるくらいですわ」
「なら兄か母親に王都に言って殿下と子爵令嬢との茶会を開催させるように誘導しろ。いや、母親はまずいか。やはり兄だな。姉が居れば一番良かったんだがな」
「うちは母親はいません。早くに亡くしたので」
「それは悪いな。魔力持ちはそうそう死なんから存命だと思っていた」
「構いませんわ。母の死は不自然だったと言われていますが幼い私たちにはわかりませんでした」
マリーは首を傾げてラントの提案を考える。
「お兄様ですか。お兄様ならば殿下との茶会くらいはできると思いますが」
「結婚しているんだろう。妻と一緒に行って王太子殿下の婚約者を紹介して欲しいと言うんだ。嫌味に取られるだろうが王太子殿下も流石に断らんだろう」
「……そうですね。公爵家嫡子の誘いをそう簡単には断れないでしょう。兄もわたくしを捨てて選んだ子爵令嬢を見たいと思っているはずですわ。それで、その茶会の目的はなんですの」
マリーも段々とラントの事がわかってきた。ラントはただの親切心でこんなことを言っているわけではない。そうでなければ指示など出さないはずだ。
それに手紙だけならば他の街でも出せた。確かに次の街は国境に近い街なので輸送費が安いというのはわからなくもないが、セイリュー市も国境には近い。ブロワ家の領地からは遠いが手紙くらいは出せただろう。
つまりラントは何かしら腹案があるのだ。
「その茶会にある物を仕込む。うまく行けば子爵令嬢の化けの皮が剥げるぞ」
「どういう物ですか。お兄様に着けさせる物は見せて貰わねば認められません。お兄様は公爵家嫡子ですのよ。いくらわたくしの手紙に付いてきたものだと言ってもおかしな物は着けてくれませんわよ」
「わかった、仕方ないな。次の街で用意をする。そろそろ着くぞ。そこで見せてやる。どうせ作らなきゃならんからな。そうだ、魔法使いは男か? 女か?」
マリーの主張が正しいと思ったのかラントは即座に言葉を返した。それにしても作るとはどういうことだろう。魔道具を作るには工房が必要なはずだ。また新しいラントの秘密が見られるのかと思うとマリーはわくわくしてしまった。
「お兄様が信用している魔法士は女性の方だと思います。お兄様の魔法の講師もして頂いた方です」
「ふむ、腕は?」
「わたくしも教わりましたが高いと思いましたわ」
「俺よりか?」
マリーは首を傾げた。
「ラントほどの魔法士をわたくしは知りませんわ。それに先生の本気も見たことがありません。流石に比べることは難しいと思います」
「まぁいい。そこそこの腕なら十分だ。できれば腕の良い信頼できる騎士を二人連れて行くようにと書いてくれ」
マリーはそこまで聞いてラントが何かやらかすことを確信した。しかし何をやらかすと言うのだろうか。仮にも王太子殿下と公子の茶会なのだ。何かあれば王家と公爵家が割れる。
マリーはしっかりと何をやるつもりなのかラントから聞き出さなければと気合を入れた。
◇ ◇
よくある悪役令嬢物では悪役令嬢はちゃんと悪役令嬢しているのですが、マリーはそんなことはありません。悪役令嬢物も書いてみたいと思ったのですがうまく書けないんですよね。
エリーはマリーが襲われた事とラントを信用できていないのであの態度です。魔の森も恐ろしいのでピリピリとしていて視野狭窄に陥っています。悪役令嬢の取り巻きを参考にしてみたのですがこれほど嫌われるとは思いませんでした。失策ですね。エリーが嫌いで作品から離れていく読者様が多いと思いますが、是非続きを読んで頂きたいと思います。せめて第一章最後まではお付き合い頂きたいと思います。
投稿する前に毎回読み直すのですがやっぱり誤字が抜けません。そして誤字報告で更に気付きます。難しいですね。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
面白かった、続きが気になるという方は是非ブクマ、いいね、感想、☆評価を頂けるとありがたいです。レビューも大歓迎です。☆三つならば私がとても喜びます。宜しくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ
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