009.戦闘
(くそっ、失敗したか)
ラントはアレックスたちがマリーの行方を探っているのを草影で見ていた。ラントたちが曲がった地点で止まっている。やはりマリーを探しているのだ。
探知魔法の感覚を感知する。できるだけ魔力を消す。だがダメだったようだ。流石三級だと舌を巻いた。これでは戦闘を回避できない。途中村に寄ったのでそれで足がついたのだろう。
だが護衛と言った手前街道を逸れる真似はできない。明らかに不審な動きだからだ。同様に村に寄らない選択肢もない。護衛依頼証は便利な物でもあるが、こういう時には邪魔になる。
(こんなに早くバレる訳がない。そして本当にバレたのなら騎士が来るはずだ。アレックスたちは斥候か、念の為に確かめに来たのだろう。悪いな、アレックス。お前は悪い奴じゃないが死んでもらうしか無くなった)
「ラント、居るんだろう。居るなら出てこい。ここら一帯を焼け野原にしてもいいんだぞ」
(できるものならやってみろ。目的はマリーの身柄だろう。マリーを殺してはならない筈だ。マリーの顔を見られたのがまずかったか)
マリーの話によると彼女の母親はアーガス王国の王妃の姉だ。つまり王妃の顔を知っていれば、もしくは王女などの顔を知っていればその面差しで判断することができる。
アレックスは男爵家ではあるが貴族の子ではあるし、一度くらいは王女の顔を拝謁する機会くらいはあるだろう。
(〈暗落〉)
「うわっ」
「きゃぁっ」
大盾持ちと女剣士が落ちる。だが斥候と女魔法使い、アレックスは即座に反応して〈暗落〉の範囲から逃げ出した。
「どういうことだ。聞いてないぞ、あいつこんな凄い魔法使いだったのか」
アレックスが叫ぶ。魔力波動でバレたのかアレックスから〈
ザザザっと草を揺らして〈火槍〉を避ける。
「お前、……本当にラントなのか。今のはなんだ! いきなり攻撃するなんて疚しいことがあると言っているようなものだぞ」
「うるさいな。探ってくる方が悪い。わざわざ地雷を踏みに来るなんてバカな奴らだ」
斥候が短剣で迫ってくるのを剣で応戦する。なかなかの腕だったが三合打ち合い、斥候は
「ぐはっ」
「キリングッ!」
「くっ、〈
女魔法使いの風の刃が幾重にも重なってラントのいる辺りを切り刻む。なかなかの威力だ。当たる風刃だけ〈
ガインと金属音が響く。鍔迫り合いとなり、アレックスの顔が醜く歪んでいるのがわかる。
「ラント、まさかお前がこれほどの使い手だとは思わなかった。そして確信した。あの女性はエーファ王国のブロワ公爵令嬢だな。髪色は違ったが王女殿下の面影があった。ブロワ公爵令嬢を献上すれば僕は実家を継ぐこともできる。もしくは新しい貴族家を興すこともできるだろう。なにせこれからこの国はランドバルト王国になるのだから」
「寝言は寝て言え。帝国の傀儡が。利用されているだけだとわかっていない阿呆はこの場で死ね」
ぐいと踏み込み、肘を飛ばす。アレックスは華麗に避け、剣を薙いでくる。剣は炎に包まれ、間合いを伸ばす。炎の剣を〈障壁〉で受け、脇から飛んできた〈風刃〉を避ける。なかなかの連携だ。仲間の死にも動揺が見られない。流石三級だ。肝が据わっている。
「〈
「なんだその魔法はっ」
グチャリと女魔法使いが潰れる。魔法技術が帝国に遅れを取っているアーガス王国の魔法士ですらない魔法使いなど怖くはない。魔力制御が甘すぎる。
たった一人残ったアレックスは恐怖に震えている。ようやく自身が地雷を踏み抜いたことを悟ったらしい。だがもう遅い。お互いの剣はすでに合わさっているのだ。どちらかの死でしか決着はない。
「〈
「空間魔法だとっ」
それがアレックスの最後の言葉になって。後ろに回り込まれたアレックスの首が宙を飛ぶ。振り向いたアレックスの顔は驚愕に満ちていた。
「悪いな、アレックス。お前の事はそう嫌いじゃなかったよ」
ラントは彼らの懐を漁り、持っている装備などを引き剥がした。そして戦いの跡を均し、死体を〈
岩の方を見ると隠れていろと言ったのにマリーたちは戦闘を見ていたらしい。ちらりと二人の顔が見える。
「ふぅ、三級五人相手は流石に疲れるな」
ラントは事後処理を全て終えてマリーたちの元へ向かった。
◇ ◇
「……すさまじいですね。これほどとは思っても見ませんでした。魔の森ではトールに頼りきっていましたから」
「私では目でも追えません。一体どういう強さなんですか!」
マリーたちがラントの戦いを見るのは初めてだ。なにせ盗賊に襲われた時は馬車の中で震えていた。ラントが剣を抜いた所すら初めて見た。
ラントの戦いは苛烈で容赦のないものだった。そしてあっという間に五人の三級ハンターたちを無慈悲に殺した。五級ハンターが五人の三級ハンターを殺すのだ。あり得ない。少なくともラントの実力は三級などでは及びもつかないレベルに達しているのだ。
(ブロワ公爵家の騎士たちでも彼に敵うでしょうか?)
その答えをマリーは得られなかった。
ラントは二頭のバトルホースのうち一頭を殺し、やはり土に埋めた。証拠は一切残っていない。徹底的なやり口にマリーたちは声も出なかった。
ラントは一頭のバトルホースの鞍や手綱を外し、自分用の鞍や手綱に付け替えていく。
「隠れていろと言っただろう。三級ハンターを舐めるな。見つかっていたぞ。特にエリー、お前は侍女としてマリーを止める立場だろう。何一緒になって観戦しているんだ。バカか」
「ごめんなさい。つい気になってしまって」
「申し訳ありませんでした」
流石のエリーも申し開きができないのか頭を下げる。そしてエリーの足が震えているのがマリーには見えた。
ラントの事を恐ろしいと思っているのだ。あれほど問答無用で殺すとは思っていなかったのだろう。ハンターには仲間意識はないのだろうか。これがハンターという職業なのか。
マリーもラントに恐れがないとは言えない。躊躇なく行われた殺人に手が少し震えている。だがラントは味方なのだ。アレックスたちを殺したのも何か理由があってのことに違いない。少なくともラントはそれほど非道な男には見えなかった。
「あいつ、マリーの正体に気付いていたぞ。だからこちらも加減ができなかった。幸い騎士は来ていない。アレックスも確証が持てなかったんだろう。持っていたら騎士たちを連れてきたはずだ。もしくは手柄を横取りされるのがイヤだったのかだ。聞いていただろう、ランドバルト王国になると言い放っていたのを」
マリーたちははっきりと聞いていた。〈遠耳〉の魔法くらいは使える。
「えぇ、聞いていました。はっきりと言い切っていましたね」
「内紛をしている間に帝国が攻めてくる。もしくは弱った後に襲ってくる。帝国にとってはアーガス王国でもランドバルト王国でもどちらでも良いんだ。踏み潰して蹂躙してしまえばどちらも同じだからな。幸いバトルホースが手に入った。良い馬だ。少し急ぐぞ。アレックスたちが誰にも喋っていないとは俺も確信できない。ランドバルト侯爵の手の届いて居ない街に早くつきたい。次の街も二日休みを入れるつもりだったが一日だけだ。どの街も一日で出ると思っておけ。その分良い宿は取ってやる」
「わかりました。ところでラント、貴方空間魔法使いだったのですか? 中央諸国ではどこでも空間魔法使いは登録が必須なはずですが」
マリーがそう指摘するとラントはとてもイヤな表情をした。
「ちっ、気付いていたのか。超スピードで動いたとか勘違いしてくれたら助かったんだがな。アレックスはあれで正規の騎士の剣を学んだ強敵だ。さっさと倒すにはアレしかなかった。これ以上長引かせると商隊なんかに鉢合わせる危険があった。だが〈制約〉が掛かっている。口外はできないぞ。空間魔法使いなんぞ国に捕まったら永久にこき使われて終わりだろう。そんなのはごめんだ。何の為にアーガス王国を出てエーファ王国に俺が行ったと思っている。内戦が面倒だったからだ。マリーたちの為にその面倒な国に戻って来たんだから口はしっかり噤んでおけよ。まぁどうせ言えないがな」
「そうですね。わかりました」
「イヤな殺しをやっちまった。アイツらは上昇意識が強いきらいはあったが良い奴らだった。三級ハンターは辺境でも貴重だ。セイリュー市にはもう戻れないな」
「すいません、わたくしたちのせいで」
「こういうのも込みでの護衛だ。気にするな」
ラントはマリーたちの為に躊躇なく殺しをしただけで、戦闘狂や殺人癖があるわけではないのだ。
実際セイリュー市には三年近く居たと聞く。戦闘狂であれば多くの魔物を屠って勝手に級が上がっただろう。いや、四級からは品位も見られるのだったか。ラントは敢えて五級で止めているのだ。
セイリュー市は軽く歩いた程度だが治安の良い街に見えた。幾ら凄腕でも殺人癖があれば見つからないということもないだろう。
それにそんな非情な男であればマリーたちを助けたりここまで連れて来たりはしない。ラントの表情からも不本意な戦いであったことが容易にわかる。
気がつくとマリーの手の震えは止まっていた。
しかしエリーのラントを見る目はきつくなっていた。
◇ ◇
ラントの初戦闘シーンです。急がなければ行けない理由があるのでさっさと済ませました。
どうだったでしょうか。まだまだラントは実力を見せてはいません。続きでも戦闘シーンは描写されるのでその時を楽しみにしていてください。
恋愛要素はだんだんと入ってきます。そちらを楽しみにされている方はもう少しお待ちください。
いきなり一目惚れでは詰まらないと思うのです。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
面白かった、続きが気になるという方、是非☆評価のレビューをお願いします。☆三つならば私が喜びます。今後に期待の☆三つでも構いません。お願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ
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