006.ハンターギルド
「これをつけろ」
森を抜ける寸前、マリーは腕輪を渡された。華美な装飾はされていない素朴な銀色の腕輪だ。嵌めてみるとすっと腕にフィットした。そして髪飾りや首飾りなどのアクセサリーを外すように指示される。
「マ、マリーお嬢様っ」
「えっ? どうしたの、エリー」
「髪の色と瞳の色が変わっています」
「え?」
瞳の色は流石にすぐにはわからないが髪を一房手に取ってみると鮮やかな赤に変わっていた。エリーに言わせると瞳は茶色に変わっているらしい。髪の艶も落ちている気がする。エリーはそこに文句を言っていたが外すとすぐに元のプラチナブロンドに戻った。艶も元通りだ。それを見てエリーはホッとした表情をした。
「幻影の腕輪だ。わざわざ盗賊を装って狙ってくるくらいだ。指名手配されている可能性がある。髪色と瞳の色が違えば手配書と違うと思われるだろう?」
「こんな便利なものがあるのですね。でも禁忌指定されそうな道具ですね。これも北方の道具ですか?」
「自作だ。気にするな」
よく見るとラントの腕にも同じ腕輪がある。ラントも髪色や瞳の色を偽っているのだろうか。気になったがマリーは尋ねられなかった。そしてすぐマリーたちは森を出た。
◇ ◇
「あの村は通らないのですか?」
「村を通ったら魔の森を抜けたとバレるだろう。密入国なんだぞ、商隊やハンターたちも避けて次の街へ向かう。あそこはハンターが魔の森へ行くための拠点の村だ。市へは北側から入ればいい。銀貨を払えば街に入れる。それまで辛抱してくれ」
「わかりました」
マリーは遠くに見える村を見ながら問いかけてみると、なんなくバトルホースに並走しているラントが返事をくれる。トールは目立つので魔の森に置いてきた。魔の森の中の方が居心地は良いらしい。召喚できるのでいつでもトールは喚ぶことができる。マリーはトールとの別れを寂しいと思ったが、ダイアウルフが走っているのを見られたら騒ぎになるというのもわかる。
バトルホースだけでも目立つのだ。黒い巨体を走らせるバトルホースは並足でもそれなりの速度がでる。
「あそこだ。街の名はセイリュー市。北側から回り込むぞ。フードは被って置けよ。街に入ったらまず宿を取る。そして服屋に行く。次にハンターギルドだ。まともな飯がようやく食えるぞ」
「十分美味しい食事でしたよ。品目は少なかったですが、珍しい魔物肉も多くでてきました」
「トールは優秀なハンターだ。うまい肉を教えたらうまい肉ばかり狩るようになりやがった。アレで好き嫌いが案外激しいんだ。生肉じゃなくて焼いた肉を喜ぶしな。手間が掛かって仕方がない」
ラントが苦笑しながら話す。走りながらなのに全く息に乱れがない。街道ですらなく、道はかなり荒れている。ラントが本気で走れば駆け足でも並走できるのではないかとマリーは疑ってしまった。
「マリーお嬢様の身を早く清めて上げたいです」
「おいおい、湯は毎日出してやったじゃないか。魔の森で体を拭くなんて普通はあり得ない行為だぞ。湯が欲しいと言われた時は何の冗談かと思ったぜ。髪に香油もつけているし、あんなの鼻の良い魔物に見つけてくれと言わんばかりの行為だ。トールが居なければ1日も持たなかったぜ」
ラントの言い分はわかるがエリーは反論する。
「本来マリーお嬢様は魔の森を通り抜ける予定などありませんでした。それにマリーお嬢様のお美しいお
「はぁ、お貴族様ってのはどうしてこう……」
エリーとラントが言い合う。ただ今回ばかりはラントが正しいとマリーも思う。時と場所に寄っては貴族ですら魔物と戦い、兵士と同じ境遇で何日も野営するのだ。多少天幕は広く、飯も豪華だが殿方の貴族はそういうのにも慣れないといけないと聞いた。
貴族院でも男子生徒には野営の実習があるのだ。女子は希望者のみ参加可能だ。騎士や魔法士になって国に仕えるような少数の女子には必要な技術であるらしいが、ほとんどの女子は貴族院を卒業したら結婚するのが通常だ。
女性貴族の1割程が魔法士に、1割程が文官に、1割程が騎士を目指す。残りの7割であったマリーは当然そんな実習は取らなかった。むしろ王太子妃教育で忙しかったのでそんなのを取る時間はなかったのだ。
「ラント様、命を救ってくれたことは感謝致しますがお嬢様への態度は如何なものかと思います。もう少し敬うとかあるでしょう。どんどん粗雑になっている気がしますよ。お嬢様は国外追放にされましたが貴族籍を抜けたわけではありません。今も立派な公爵家令嬢であらせられます。敬い、跪くのが通常では?」
「そんなことはねぇよ。むしろ必要以上に気を使ってるくらいだ。平民にそんな期待すんな。これ以上は料金外だ」
「あなたっ、お嬢様があれをどれだけ大切にしていたとっ。金に換えられるものではないのですよ」
ラントはやれやれと肩をすくめた。
「金貨に換えられないからこっちは困ってるんだよなぁ。せめて金貨に換えられる物を代金に差し出して貰わんと。誠意は伝わったが」
「やめなさい、エリー。そこまでよ。わたくしを大切にしてくれるのは良いけれどラント様には十分良くして頂いているわ」
マリーはエリーを宥める。ラントは言葉遣いこそ粗雑ではあるが行動はそうでないことをマリーは知っている。一部の素行の悪い貴族などよりもよっぽど良い。
「そら、街が見えてきたぞ。お嬢様にもそれなりの服を着せてやるから文句を言うな。間違っても公爵家のドレスなんて上等なもんじゃないけどな」
走っているうちに市壁が見えてくる。市の北側に回り、しれっとした顔で人の少ない時を狙ってラントは街道に合流した。バトルホースはラントを上位者とみなしているようで従順だ。
「門番と話すがお前らは口を開くなよ」
「はい」
「わかりました」
どういう意味かわからないがとりあえず頷いていく。それほどの列はなく、十分ほど待つとラントたちの番になる。
「おいっ、身分証を出せ」
「俺のはこれだ。こっちの方たちはない。通行料は銀貨1枚だったよな、ほれ」
「そこの2人もフードを取れ」
ラントが頷くのでマリーもエリーもフードを取った。
「なっ」
「なぁ、いいから入れてくれ。わかるだろ? な?」
マリーはラントが門番に肩を組み、金貨を1枚握らせたのが見えた。
「よっ、よしっ。わかった」
門番は何を恐れているのか一歩下がってラントたちを通してくれた。
街の中では下馬しなければならない。マリーとエリーはいつまで口を噤んでいれば良いのかわからないので何も喋らずに市内の中心部に向かう。フードは再度視線で被らされた。
「ここだな」
そこはそれなりに高そうな宿に見えた。「
「3人だ。1部屋で」
「お客様、……そのような格好では当店は」
「わかっている、街を移動するのに必要だったんだ。ちゃんと着替える。ハンターギルドに行った後だけどな」
「5級ですか。当店の料金はご存知で?」
「お前ら、フードを取れ」
ラントは答えずにマリーとエリーにフードを取らせ、手元の金貨を見せた。それで執事風の男は納得したようだ。
エリーは部屋が1つというのに納得していないようだがラントの視線で黙らされる。ラントの機嫌を損ねる訳にはいかない。ラントと同じ部屋に泊まるのは不安でもあるが、安心もできる。マリーとエリーでは咄嗟の時に対処できないからだ。
「それではご案内します。4人部屋になりますがよろしいでしょうか」
「あぁ、とりあえず3日だ。先払いしておく」
チャリンとアーガス金貨と銀貨が渡され、男に案内されマリーとエリーは下級貴族なら泊まってもおかしくないであろうそれなりの部屋に通された。
4人部屋と言っていたがそこそこに広く、4つのベッドが2つずつ壁際に並び、中央にテーブルがある。クローゼットもしっかりしたもので、調度品もなかなかの品だ。やはりそれなりに良い宿のようだ。掃除もしっかりされている。
「喋っていいぞ。だが外では許可した時以外喋るな。言葉遣いで明らかに高貴な出だとバレる。鎧は脱いでもいいぞ。だがドレスには着替えるな。今から服屋に向かってそれなりの服を買ってやる。既製品だからそれほど期待するなよ。あと選ぶのは三十分だけだ」
「ふぅ、なんか緊張しました」
「いつまで黙ってれば良いのかと不安でした」
マリーは緊張が切れたのか少し肩が重い気がした。それはエリーも同じなようで腕を回している。
「急ぐぞ、今日中に済ませたいことがいくつもある。風呂もある。ここの飯は期待していいぞ」
「それですっ。なんで同じ部屋なんですか」
「護衛に必要だからだ。万が一バレたら即捕まるぞ。そうならないように髪型を変えろ。編み込むなとまでは言わん」
ラントはこれ以上の追求は許さないという雰囲気で言った。エリーもその迫力には言葉が継げなかった。
ようやく慣れた皮鎧を脱いで指示されて自分たちの収納鞄に入れる。また必要になるそうだ。エリーが軽く髪型を変えてくれる。
ラントは部屋内を軽く確認すると出発の旨を伝えた。
◇ ◇
「マリーお嬢様、こちらにしましょう。でもこれも悪くないですね」
「三十分って言ったろう。もうあと五分だぞ。たった三着選ぶだけだ。どれだけ掛かってる」
「五着は必要ですよ」
「予算外だ。幾らすると思ってる」
「エリー。言う事を聞きましょう。この三着で」
マリーは初めて服屋に入った。その服屋もそれなりに大店のようで、マリーたちの容姿を見た瞬間店員が飛び込んできた。そして今着ている服を見て残念な表情をし、ラントに予算と着数を聞いて喜んだ。顔色がコロコロと変わって面白いと少し笑ってしまった。
ちなみに選んだのはドレスだけで、他はない。良いのだろうか。これからも移動するはずだ。スカートではバトルホースなどにはとても乗れない。
ラントは待っているだけで疲れたと言う表情をし、金貨で支払いをした。ちょっと良い商家の娘くらいに見えるだろうか。既製品と言うが品は良い。並んでいる品もそれなりの物だった。
「次はハンターギルドだ。マリー、指示がある。良く聞け」
「わかりましたわ」
指示は簡単だった。ラントに王都までの護衛依頼を指名で出せと言うのだ。名前はマリーで良いと言う。金貨を二十枚渡された。それが依頼料だと言う。
服屋で選んだ一着に着替えたままなのでマリーとエリーはドレス姿と侍女服だ。ラントはエリーにも侍女服を買った。公爵家のお仕着せよりはやはり落ちる。エリーは自身の分はどうでも良いとばかりに三分で選んでマリーの服をずっと吟味していた。
それにしてもラントの持ち出しはかなり大きい。ドレスもマリーにとっては安いか高いのかもわからなかった。
ドレスの相場など知らない。常にお抱えの商会が来て値段も聞かずに気に入った物を買って貰っていたからだ。
ラントは騎士たちと盗賊たちの懐を漁っていたがどれだけの金貨を得たのだろう。
「ここがハンターギルド。初めて来ましたわ」
「マリーお嬢様。私もです」
「そりゃそうだろう。普通は依頼を出すにしても使用人が来る所だ。間違ってもお嬢様が来るもんじゃない。マリー。誰に何を言われても俺を指名すると言って依頼を出すんだ。わかったな」
「わかりました」
ラントが両開きの開いている扉の中に入る。中は意外と閑散としていた。敷設の酒場で騒いでいるのが何人か飲んでいるくらいだ。
ここがハンターギルドというものか、と好奇心がくすぐられる。
物語などで見たことはあるが本当に粗野なイメージとぴったりだ。そしてギルドの受付嬢は確かに顔で選んだのかと言うくらい美人揃いだ。だがラントは奥のいかつい男の元へ向かう。
「おう、ラントじゃねぇか。ちょっと見てなかったな。どうしたんだ」
「ちょいとお嬢様方を拾ってな。彼女たちは依頼人だ、話を聞いてやってくれ」
「おう」
いかつい男はずいと乗り出してくる。マリーとエリーはその迫力に一歩下がった。なぜ美麗な受付嬢でなくこの男を選んだのだろう。
「依頼をしたいのです。ラントさんを指名で。目的地は王都まで。依頼料は金貨二十枚です」
「あぁ、わかった。依頼票を書いてくれ。しかしラント、護衛依頼なんて珍しいな。割に合わないから受けないって以前言っていなかったか? 確かに五級には悪くない値段だが」
男は迫力の割に素直に依頼票とペンと渡してくる。
マリーはスラスラと書いていった。
「おいおい、ラントなんて万年五級ハンターを指名するなんて見る目のない嬢ちゃんたちだな」
聞こえていたのか酒場から声が飛んでくる。
「君たち、良かったら僕らにその依頼を預けないかい?」
振り向くといつの間に入って来たのか五人のハンターが現れる。キラキラとした金髪の貴公子然とした男が声を掛けてきたらしい。パーティは大盾を持つガタイの良い男が一人。短剣を二本腰に釣った軽装の男が一人。そして魔法使いらしき女性と剣士らしい女性だ。
「いえ、ラントさんを指名します。宜しくお願いします」
「待って待って。僕たちは三級だ。護衛依頼も何度も受けたことがある。ラントなんかよりもよっぽど熟練だ。僕たちにしておいた方が良い。お嬢さんたちの為に言っているんだ」
マリーはその男を一瞥したが気にせずに依頼票を書き終えた。
何を言われてもラントには自分を指名しろと言われていたのだ。それに今更知らないハンターを雇えるはずがない。
「おい、ラント。その依頼を辞退して僕らに渡せ。君ではそのお嬢さんたちを守り切るのは無理だ。五級でソロで王都までだって? どれだけ掛かると思っている。しかも今の情勢だ。君だってわかっているだろう」
金髪の男はラントに絡みだした。マリーはどうすればよいか全くわからなかった。
◇ ◇
ハンターギルドは冒険者ギルドと似たような場所ですがより魔物狩りに特化しています。そこらへんの説明は続きに書いてあります。お待ち下さい。ようやく街につけて一休みですがやはり一悶着あります。定番ですね。ラントはどう乗り切るのか。乞うご期待。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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