007.級
ラントは厄介なことになったと思った。こいつらが居ないはずの時間を狙ってギルドにやってきたのだ。
目の前の男はアレックス。男爵家の三男坊で騎士団に入らずにハンターをやっている異端児だ。
だが男爵家とは言え貴族家で教育を受けたアレックスはハンターの才能を現し、あっという間に三級に上り詰めた。アレックスに隔意はない。アレックス自身も純粋な善意で言っているのだろう。だがそれは依頼者であるマリーにとって都合が悪いのだ。
なにせアレックスの実家はランドバルト家の寄り子なのだ。ランドバルト家がマリーを探している以上、気付かれてしまえば必ず捕らえろと命令が降るだろう。そしてそれにアレックスは有無を言わさず従わなければならない。
「悪いな、先約なんだ。それにお前らを雇うには金貨二十枚じゃ足らないだろう。そんな長期間拘束されたらお前たちにも損しかないはずだ」
「僕たちはちょうど王都方面に向かう所だったんだ。だからちょうど良いと提案したまでさ。ラント、君では二人のお嬢様を連れての護衛は荷が重いだろう?」
「言ったろ、先約だって。彼女たちはバトルホースも持っている。大丈夫さ。それに依頼の横取りはご法度だぜ」
「わかったよ。だが麗しいそのお嬢様方を死なせるようなことはするなよ」
「当然だ。できないと思う依頼など受けないさ」
隣には書類仕事がイヤでサボっているギルマスが睨んでいる。アレックスたちもこれ以上は踏み込めない。アレックスに贔屓をする受付嬢たちを選ばなくて良かったとラントはホッとした。
「ふぅ、地雷はどこにでも転がってるもんだな」
「あの方々はハンターにしては品の良い方々だと思いましたけれど。それに三級だとおっしゃってました。マリーお嬢様の護衛には適任では?」
「バカか、三級五人を金貨二十枚程度で雇える訳が無いだろうが。五倍出しても全然足らん。ハンターの級について詳しいかはわからんが三級は立派な上級ハンターだ。行けるのは精々二つ隣かその次の街がいいところだ。ランドバルト侯爵の勢力圏すら抜けられん。王都までの道のりで金貨二十枚なのは五級を一人か二人雇える相場を少し超えるくらいだからだ。それか六級を五、六人だな。だが六級以下の品性は酷いぞ。マリーは当然としてエリーが耐えられるとは思えん。それに襲われるかもしれんぞ。魔物に襲われて失敗したと言って犯して身ぐるみ剥いで捨てる奴なんぞ掃いて捨てるほど居る。良くも悪くも欲望に忠実なやつらだからな。マリーの美貌に気が違ってもおかしくないやつらばっかりだ。アレックスはまだマシな方だ。それでも黒い噂もある」
「最低ですね。ラント様もご同類なのでは?」
ラントは苦笑して返した。
「そうだったらとっくにヤってるさ。チャンスは幾らでもあった。わかっててわざわざ言うな。嫌味ったらしい女だな」
「まぁ、淑女になんという言葉を投げかけるのでしょう」
「エリー、いい加減に止めなさい」
二人の口喧嘩にマリーが慌てて止める。
「まぁハンターや傭兵が粗雑なのは間違いない。間違っても知らない奴らに依頼なんぞ出さないことだ。最低でも三か四級だ。覚えておけ」
「自分は五級のくせに」
ラントは口の減らないエリーに呆れながらも、ハンターギルドを後にした。この護衛証明書があれば様々な街を通り抜けるのが楽になるのだ。金貨二十枚出す価値はある。手痛い出費だが必要経費だ。貰った物の価値を考えれば誤差のようなものだ。売り先がないという問題がなければだが。
「さて、戻るぞ。あの宿の飯は美味いと評判なんだ。一度食って見たかったんだよな」
「食べたことないんですか!?」
「あんな高い所普段使いできるかよ。五級だぞ。お嬢様方が泊まるには下級の宿かもしれないが、俺たちにはギリギリ手を伸ばせば届くか届かないかという高級宿だ。風呂付きの宿だぞ? あれ以上になると逆に客に貴族関係者が多くなる。良い塩梅なんだよ」
驚きの声を上げるエリーに説明しながらラントたちは宿に戻った。宿に戻るとすぐさまエリーがマリーを風呂に入れたいと言うのでラントは着替えだけしてベッドに横になった。ハンターの格好丸出しでは宿からクレームが入るからだ。念入りに洗っているのかマリーたちは一時間も掛けた。
一週間湯で体を拭うだけで服も着たきり雀だった。〈洗浄〉は掛けてやっていたが服の下まで綺麗になるものではない。女は買い物も風呂も長い。買い物は制限時間を設けたがこればかりは仕方ないとラントも諦めて待った。
◇ ◇
「アレックスさんたちに頼んだ方が良かったんじゃないですか?」
「ですがあの方々が本当に信用なりますか?」
マリーは髪をエリーに洗われながら話す。久々の風呂は良い。風呂付き宿を選んでくれたのはラントの気遣いだろう。だが風呂がなければエリーは文句を言っただろう。
この宿がどれほどの高級宿なのかはマリーには判別がつかない。いつもの宿よりは格が下がるのは確かだが。
「感じは良い方だと思いましたけどね」
「ですが態度はラント様を見下していました。品性は金で買える物ではありません。貴公子然としていましたが粗野な部分が見受けられました。わたくしは彼らを信用できませんし、彼らを雇うだけのお金もありません。相場すら知らないのです。本業にしているラント様が相場だと言い、横に居たギルド関係者も異論を唱えませんでした。それにラント様が五級というのが信じられません。あれだけの魔法を使い、トールを従魔にしている彼と三級だと言うアレックスさんたちのどちらが強いのか、わたくしには判断できません。これまでずっと守ってくれていたのです。ラント様を信じましょう」
「マリーお嬢様がそう言うのならば従います」
エリーは丹念にマリーの体を洗った。流石に湯で拭くだけでは落ちない汚れがある。なにせ魔の森を通ってきたのだ。
しかし魔の森の中で湯を使えると言うことだけで驚きだ。ラントはエリーが言い出した時に呆れた顔をしていたがしっかりと土魔法で四方を囲い、結界まで張ってくれていた。
ラントほどの魔法士であれば〈透視〉などを使えるかもしれない、と思い至るとボッと顔が赤くなってブンブンとその考えを否定するように頭を振った。
◇ ◇
「あら、そのような格好をしていると見れますね」
「エリー。いい加減になさい。素直に素敵だと言えば良いのです。わたくしは似合っていると思いますよ、ラント様」
「ありがとよ、お嬢様。だがラントと呼び捨てでいい」
「……命の恩人ですし」
「構わん、むしろ様付けなど虫唾が走る。やめてくれ」
風呂を出ると既に着替えているラントが居た。ハンターの姿は粗野に見えたが鎧を外し、パリッとした服を着ている。フォーマルと言うほどではないが、貴族家に出入りしている商人の息子で通るだろう。
こうして見ると貴公子と言われても違和感がない。髭も剃ったのか綺麗な顔立ちをしている。それに相変わらず幻影の腕輪をしている。ラントも何かしら姿を偽る理由があるのだろう。
「お食事をお持ちしました」
食事は部屋で取ることになった。給仕がワゴンで食事を部屋まで持ってきてくれる。マリーたちの顔をできるだけ見せたくないそうだ。出された食事は品目も多く、公爵家の食事には流石に負けるが十分美味しいものだった。魔の森に近いだけあり、魔物肉が多い。遥か東方から輸入されてくる香辛料も僅かではあるが使われている。
「うん、うまいな。流石評判の宿だ」
「美味しいですね。久しぶりのお野菜が嬉しいです。マリーお嬢様の美容には大事ですし」
ラントはエリーの言葉に文句を言った。
「おいおい、ちゃんと魔の森の食材にもあっただろう」
「あの葉っぱや草やきのこですか? 確かにアレらも美味しかったですが……。それにもう少し綺麗に食べたらどうですか、せっかくの食事が不味くなります」
「あれらは薬草でそこらの野菜よりも栄養豊富で買うと高いんだぞ。なにせ栽培できないからな。トールが取ってきた魔物肉とあのスープ一杯でこの食事よりも値段が高い。買えば、だけどな」
それを聞いてエリーが驚いた。マリーも驚いた。
「売らないのですか? 売れば級も上がると思うのですが」
「あんな高級品を出したら級が上がっちまうだろうが。四級以上は面倒なんだよ。指名も多くなるし緊急依頼を断れなくなる。五級がちょうどいい塩梅なんだ。四級からは貴族からの依頼も増える。試験は品位も見られるからな。言葉遣いから直さにゃならん。堅苦しくて仕方がない」
ラントはイヤそうに言う。しかし食事の仕方一つ見てもがっついているように見えて所々品がある。言葉遣いも北方訛りを除けばやればできるのだと思う。むしろわざと粗野を演じているのだとマリーは確信している。
ラントは隠しているようだしエリーは気付いていないが、ラントの動きには品位が見え隠れしているのだ。
(わたくしが言及することではないようね。ただエリーはもう少し落ち着いて欲しいものだわ。ラント様は良くしてくれているのに、わたくしの事となると目の前しか見えなくなるのが問題ね)
エリーは久々に飲むワインをくぴりと飲んで、ラントが酒に手を出していないことに気付いた。
「お前ら、誰が来ても決して部屋を開けるなよ。俺はちょっと出てくる」
「どちらへ?」
エリーが問い詰めるとラントは面倒くさそうに答えた。
「酒場だ。情報収集するには酒場が一番良い」
「マリーお嬢様を放置すると言うのですか。護衛だと言っていたじゃないですか」
「結界を張っていく。大丈夫だ。それに情報は必要だ。これからのルートも決めなきゃならん。戦線がどうなっているか知らなけりゃ運が悪ければ戦争中の場所にまっしぐらだぞ。お嬢様の安全の為だ。そのくらいわかれ」
食事を終えるとラントはワゴンを返し、即座に部屋を出ていった。部屋には結界を張ったと言うが魔力を驚くほど感じない。これほど綺麗な結界があるのかとマリーは驚きを禁じ得ない。
「エリー、休みましょう。緊張の糸が切れました。すぐに寝れそうですわ」
「マリーお嬢様の寝姿を殿方に見せるなど業腹ですが仕方ありません。奥のベッドを使いましょう。くぅ、私にもっと力があればこんな目に合わせませんでしたのに」
「エリーは良くやってくれていますよ。ただラントとはもう少し仲良くしてください。貴族令嬢として見苦しいですよ」
「うっ、善処します」
エリーは侍女として寄り子の男爵家から公爵家に派遣されてきた子だ。マリーが幼い頃からずっと一緒に居てきた。
末子であった為に貴族院に通わせる費用はなかったようだ。
だが侍女としてなら一緒に通い、教養を得ることができる。下級貴族の娘や三男以下の男子はそうやって上位貴族の護衛や侍女として貴族院に通うのが通例だ。エリーもマリーがしっかりとカリキュラムを取っていた為、上級貴族並の教養はマスターしている。
「エリー、一緒に寝ましょう。ベッドはそれなりに大きいわ」
「そうですね、あの男に襲われない為に私がお守りします」
「ふふっ、エリーと一緒のベッドに入るなんていつぶりかしら、懐かしいわね」
「そうですね。懐かしいです」
エリーも疲れていたようでマリーを守ると言っていたのに即座に寝てしまった。マリーも睡魔が襲ってくる。ラントが帰ってくるまで待つつもりであったが、睡魔に負け、マリーもすぐさま寝てしまった。
◇ ◇
ラントは裏で色々と動いています。マリーやエリーに傷1つ負わさないと言う覚悟で護衛をしています。しかしそれらの行動はマリーやエリーには伝わりません。こればかりは仕方ありませんね。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
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