魔剣



「あ"? マジかよ? あれ魔王だったの?」



 こいつは本当に。

 そういう大事なことは事前に言っておいてほしい。



「そうよ。私も会うのは久しぶりだったの。変わってなくて安心したわ」


「前もって言っとけよ、馬鹿!」


「でも言ってたとしても、あなたは態度を変えたりしないでしょ?」


「……まぁな」



 確かに事前に魔王と教えられていたとしても、あんな少女のような見た目の魔族を怖がったりはしなかっただろう。



「なら同じことよ! あなたの、誰に対しても普通に接する性格、私は気に入ってるの」



 いやいや、一瞬納得しかけたけども。

 だとしてもだ、さすがに魔王がくるなら一言いっといてくれよと思ってしまう。

 まぁ、今さらセルティアにぐちぐち言っても仕方ない、か。

 


「はいはい、でもこういう大事なことは次からはちゃんと伝えておいてくれよ」


「わかったわ。それと、はいは一回よ!」


「はいはい」


「……」


「冗談だって、そんなに怒るなよ」


「まったく、あなたはもう少し雇い主を敬ってもいいと思うわ」


「じゃあ敬ってやるから、夜に痴女るのやめてくれませんかね?」


「ふふふ、それは駄目よ! 私の楽しみをとらないで」



 本当いい趣味してる。今日の夜は何もないことを祈るばかりだ。

 


「それはさておき、明日はギルドに行きましょうよ? 魔物討伐も面白そうだし、あなた弱すぎるから修行にもなるでしょ? 私が稽古つけてあげるわ」



 ギルドか、やけに懐かしい響きに感じる。

 ついこの間まで足繁く通っていた場所のはずなのにな。

 今の俺には強くなる目的もないし、生きていく為にお金を稼ぐ必要もないが、久しぶりに体を動かすのはいいかもしれない。



「魔物討伐はいいけど、いざとなったら助けろよ? 俺はお前が思ってるより弱いからな」


「そんなこと知ってるわ。安心して、いきなりドラゴンを倒せなんて言わないわ。 少しずつ相手の強さを上げていきましょ!」


「まぁ、それなら付き合ってやるよ」


「もう、生意気なんだから」




 ✦✦✦


 ――次の日。ギルドに行く前に朝食を作ろうとキッチンへと向かう。



「んあ?」



 いつも飯を食ってるテーブルを通り過ぎようとして、誰かが座っている事に気付いた。



「ん、おはようアルム。私の分も作って」



 そこにいたのは、俺より年下にしか見えない、ピンクの髪をした無表情の少女。東の魔王、スロネルフィスだった。

 何でこいつがここにいるのだろうか。

 忘れ物でもしたのか?



「それは別にいいんだが、今日は何しにきたんだ?」


「ん、遊びにきた」


「そうか。俺とセルティアはこれから朝食なんだが、スロネも食べるか?」


「食べる」


「オーケー、ちょっと待っててくれ」



 俺はパパッと三人分の朝食を作り、テーブルへと運ぶ。



「ほいよ! 俺はあの寝坊助を起こしてくるから、先に食べてていいぞ」


「ん、待ってる」


「そうか」



 俺は寝室のドアを勢いよく開け、セルティアを起こす。



「おい起きろ、朝飯出来たぞ! それに友達が遊びにきてるぞ」


「ん~……友達?」


「ああ、朝起きたらスロネがテーブルに座ってた。俺もビックリしたぞ」


「あの子が二日連続で来るなんて……あなた、相当気に入られたみたいね」



 気に入られたって言われてもな、クレープを作ってやっただけで、それ以外は特に何かした覚えはないんだが。



「そんな珍しいのか?」


「ええ、私も昨日会ったのが百年ぶりくらいだったもの」



 百年って、いくら人より長生きとはいえ魔族の時間感覚おかしくないか。

 てかそもそもこいつは何歳なのだろうか。

 若く見えるけど、中身糞ババアじゃねーか。



「とりあえずスロネが待ってるから、早く顔洗ってこい」


「は~い」



 セルティアを起こしてから戻ると、スロネはさっき見た時と変わらず、人形のように大人しく座って待っていた。もちろん食事にも手を付けていない。



「珍しいわねスロネ、あなたが続けて来るなんて」


「ん、別にセルティアに会いにきた訳じゃない。今日はアルムと遊びにきた」



 遊びにきたって言ってたけど、俺とかよ。

 魔王が喜びそうな遊びとか知らないんだが。



「あら残念だったわね、今日は私とアルムでギルドに行くのよ。アルムの修行も兼ねてね」



 朝食のパンを手に取りながらセルティアが言う。


 俺としては昨日会ったとはいえ、それまで百年ぐらい会ってなかったんだからギルドに行くのなんてすっぽかしてスロネを優先してやれよと思うが。



「ん、なら私も行く」


「いいの? 人間が沢山いるわよ?」


「大丈夫。変身は完璧」



 そう言いながらスロネは右手を自らの顔にかざす。すると、セルティアの時と同じように額の角がスッと消えて見えなくなった。



「ギルドに行くのはいいんだが、お前ら大人しくしてろよ? 暴れたりして目をつけられるのはごめんだぞ」



 魔王が二人とか、その気になれば王都が堕ちる。



「心配しないでも暴れたりしないわよ。それとはい、これ」



 セルティアが左手を空間の裂け目に突っ込み、剣を一本取り出し、こちらに投げてきた。

 当たり前にわけわからん芸当をしないでほしい。



「何だ、今のは? 空間が歪んでるように見えたんだが?」



 おそらく魔法の一種だろうが、初めて見た。



「何って、収納魔法よ。 ここに荷物とか、気に入った物をしまっておけるのよ。便利でしょ?」


「そんな魔法があるのか……で、この剣は?」



 受け取った剣を鞘から出すと、刀身の周囲には紫のモヤがゆらゆらと揺れ動いている。

 剣に詳しくはないが、これがかなり異質な物だというのはわかる。



「それは魔剣『ステュクス』よ」


「なっ、魔剣だって!?」



 魔剣。

 剣自体が魔力を蓄える事が出来る、非常に珍しい剣だ。

 その多くが、とんでもない能力を秘めている。

 稀少価値が高く、一つの大国に一振りあればいいくらいの、超レアアイテムだ。



「あなた、魔力が少ないでしょ? その魔剣には私の魔力を籠めてあるの。それを使えばあなたの少ない魔力を補えると思ってね。そこそこ強力な魔剣だし、あなたにあげるわ」



 魔剣なんて個人がいくら大金を積んだとしても手に入れられるような代物ではない。それをこんな簡単に手に入れてしまっていいのだろうか。



「こんな貴重なの貰ってもいいのか?」


「ええ、私には必要ないもの。もう魔力は十分補充してあるから、普通に使う分には十年くらいは持つと思うわ」


「そっか、ありがとな。遠慮なく貰っておくぜ」


「むぅ……」


「――ん? どうしたんだ、スロネ?」



 俺とセルティアを交互に見て、なにやらスロネは頬を膨らませていた。



「……ん! これあげる」



 そう言って、スロネも先ほどのセルティアと同じように収納魔法を使い、銀色の腕輪を取り出し、こちらに渡してきた。



「えっと……くれるのか?」


「ん! そう言ってる」



 何の腕輪かまったくわからないが、くれるというのなら貰っておくことにする。



「ありがとよ、スロネ」


「……!!?」


「あっ……」



 俺は無意識のうちにスロネの頭を撫でていた。

 すぐにやってしまったと気づいたが、もう後の祭り。きっとスロネが妹と重なってしまったのが原因だ。


 こんな少女のような幼い容姿をしていても、こいつは百年以上は生きている魔族だというのに。

 


「わ、悪い。スロネが妹と重なっちまって、つい」



 許してもらえるかわからないが、急いで手を離し、謝る。



「……」



 スロネはあいも変わらず無表情だが、怒らせてしまっただろうか。



「ん……もっと撫でていい」



 返ってきたのは意外な言葉だった。

 まぁ撫でろと言うのなら撫でるが。



「はいよ」



 俺は再びスロネの頭をそっと撫でた。

 その表情からは特に何も読み取ることはできないが、怒らせた訳じゃなくて良かった。


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魔王(女)の性癖がバグってるんだが あんてんしぃ @anten

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