東の……



「さぁ、喜んで舐めなさい。ペロペロと犬のように」


「舐めるわけないだろ、いい加減諦めろ。というよりなんでそんなに舐めさせようとすんだよ」



 時刻は真夜中。

 俺は舐めろと差し出された足を当然のように拒否し、手で押し退けた。

 前回と違って手足を魔法で拘束されていないだけ今日はマシだ。

 パンツ一丁なのは変わらないが……



「そうね強いて理由を述べるとするなら、嫌そうにしつつも、男として私の肢体を見ずにはいられない、そんな狭間で揺れるあなたを見るのが堪らなく好きなの。お風呂上がりの私をチラチラ見てるのも知ってるのよ、むっつりアルム」



 なんて女だ。

 ふざけやがって。

 というより風呂上がりにほぼ裸に近い状態でその辺をうろうろされたら、いやでも視界に入るだろ。

 そりゃ、やましい気持ちがゼロかって言われたら完璧に否定するのは難しいかもしれないが。

 とにかくだ、



「俺はむっつりじゃねー! 絶対に舐めないからな!」


「ま、今日のところはいいわ! いつかあなたから舐めさせてくださいって言ってくるのを楽しみに待ってるわ」



 そんな未来は永劫にこない。



「それと、明日は私の友達が来るから、よろしくね!」



  そうセルティアは軽く言うが、俺はすぐに問題に気づく。



「待て待て、お前の友達ってことは魔族だろ!? 人間の俺がいたらヤバイんじゃねーか? 急に魔法とか、ぶっ放してこねーだろうな?」


「……………………多分大丈夫よ」


「なんだよ、今の間は? 本当に大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫だってば! じゃ私はもう寝るから」



 俺をからかうのに満足したのか、セルティアはそそくさと寝室に行ってしまった。



「あいつの友達か……」



 嫌な予感しかしないけど、大丈夫なのだろうか。




 ✦✦✦


 次の日、不安で寝付けなくて寝不足。

 なんて事はなく、ぐっすりと熟睡できていつも通りの朝を迎えた。



「ほらよ、朝飯」


「ありがと」


「珍しいな、お前が起こされる前に起きてるなんてよ」



 珍しいどころか、初めてかもしれない。

 今までは俺が起こすまで、絶対起きてこなかったからな。

 試しに放っておいたら、次の日の朝まで寝てたこともあった。

 そして怒られた。



「言ったでしょ? 友達が来るって」


「っていうかお前に友達がいたなんてビックリだぜ。ボッチで寂しい魔王なのかと思ってたわ」


「ふん、あまり私を見くびらないでよね! 今日来る友達の他に、後三人いるわ!」



 ドヤァっと、指を三本立てて威張ってるが……少なくないか?

 合計四人しか友達居ないってことだよな?

 いや、でもそんなものか。俺も友達と呼べるやつなんてそうはいないし、まして魔族は人間と比べてかなり長生きだ。

 人間でいうところの友達の定義が当てはまるとも限らない。



「まぁ友達なんて信頼できるやつが数人いれば十分だよな」


「あら、よくわかってるじゃないアルム。久しぶりに意見があったような気がするわ」


「いや、ちょっとからかってやろうかとも思ったんだが、俺も友達なんてそんないないことに気づいてな」


「ふふ、なによそれ」



 そんな会話を交わしたあとで、お互いクスクスと笑いあってる時だった。



「――随分と仲がいい。そいつ、人間でしょ?」


「うわっっ!??」



 俺とセルティアの間になんの前触れもなく突然、ピンク色の髪をした、魔族の少女が現れた。


 少女といっても、魔族は見た目と年齢が比例しないことが多いので、実際の年齢はわからないが。


 おそらく移動の魔法を使ったのだろう。

 それだけでタダ者じゃない事がわかる。



「あら、来たのねスロネ。久しぶりね、元気してた?」


「ん、まぁ、ぼちぼち元気。それにしてもセルティア、なんでここに人間がいるの?」



 そう言いながら、スロネとかいう少女は魔族特有の赤い瞳で、こちらをギロリと睨み付けてくる。


 まぁ、普通はそうなるよな。

 それだけ、魔族と人間が仲良くしてるというのはおかしいことだ。



「紹介するわね。名前はアルムよ。最近私が雇ったの。いいでしょ?」


「別に羨ましくなんかない。所詮人間……そのうち裏切られる」


「大丈夫よ! こうみえて意外と上手くやってるのよ、私達。ね、アルム?」



 俺の手を引っ張り、自分のもとへと引き寄せるセルティア。

 いろいろ物申したいことはあるが、確かに上手くやってるといえば上手くやってるとは思う。

 いや、魔族と人間という関係性を考えると上手くやりすぎてるまである。



「まぁ、給料ももらってるしな、その分は働くさ」


「素直じゃないわねぇ」



 正直な話これだけ仲良くなると、今さら魔族を敵視する気になれない。


 しかし、勘違いして忘れてはいけない。

 セルティアがおかしいだけで、他の魔族は人間を目の敵にしてるということを。

 今この目の前にいる、スロネとかいう魔族の反応こそ本来の正しいものなのだ。



「ところであんた、飯は食ったのか? 食べるなら作るけど?」



 しかしだ、あちらがそういう態度をとってきたからといって、こっちまでそういう態度をとるほど俺は子供じゃない。なにより雇い主の友達だしな。無下にはできない。

 俺はできるだけ魔族や人間ということを意識せず、少女に話しかけた。



「そうだ、アルム。クレープ作ってよクレープ! 昨日材料買ってたでしょ?」


「クレープ?」



 先に反応したのはなぜかセルティアだったが、魔族の少女も興味を持ってくれた様子。



「私も昨日初めて食べたんだけどね、すっごい甘くて美味しいの! とにかく、食べてみて!」


「ん……そこまでいうなら」



 魔族は甘いものが好きなのだろうか。

 セルティアからクレープの味の感想を聞いたスロネは満更でもなさそうだ。



「はいよ、ちょっと待ってろ」



 はっきり言って、クレープなんて簡単に作れる。

 でも店で買うのと、自分で作るのとじゃあ、何か違うんだよな。

 味は変わらないと思うんだけど……雰囲気の問題だろうか。

 とにかく、ちゃちゃっと作ることにする。



「はいよ、おまちどおさん」



 スロネとセルティアの前に、皿に盛りつけたクレープを出す。



「はぁ~これこれ、この香りよ! なんていい匂いなのかしら」



 カプッとセルティアが一口食べる。



「あぁ幸せだわ! スロネも食べてみなさい」


「ん、いただきます」



 続いてスロネも、小さな口で控えめに一口食べた。



「…………おいしい」



 気に入ってくれたのか、その後は無言でモグモグと食べ進める。

 そのやや小柄な容姿も相まってか、小動物みたいで少し可愛いと思ってしまった。


 結構な勢いで食べていたので、クレープはものの数分で少女の胃袋へと収まった。

 そして、なくなったクレープのお皿を悲しそうに見つめているスロネ。



「えっと……おかわりいるか?」


「…………いる!」



 空のお皿を此方に渡してくる。



「あ~、ズルい、私も!」


「わかったから、口のクリームを拭けって。ホレ」



 ナフキンでセルティアの口を拭ってやる。

 俺はこいつのお母さんかよ。



「う~、ありがと」



 そのさなか、ふと、スロネからの視線を感じた。

 なんだろうな、この目は。

 気のせいかもしれないが、俺達を羨ましそうに見ているような、そんな気がした。

 少なくとも、先ほどの敵意のある視線ではなかった。



「ほれ、おかわり」


「きゃー、待ってました! いくらでも食べれるわ」



 スロネの視線が気になったが、考えてもどうせわからないだろうと、俺はクレープのおかわりを用意して皿に盛りつけてやった。

 二人ともまたもあっという間に完食してしまった。



「どうだ、旨かったか?」



 スロネに感想を聞いてみる。



「ん……おいしかった。人間、名前は?」



 こいつ、さっきの聞いてなかったのかよ……



「アルムだ」


「ん……アルム。うん覚えた。私のことはスロネと呼んでいい。人間は好きじゃないけど、アルムはいいやつ」


「そっか、嫌われなくてよかったぜ」



 どうやらいきなり魔法をぶっ放される心配はもうしなくてよさそうだ。


 その後は積もる話でもあるのか、セルティアとスロネは仲良くガールズトークをしていた。

 俺はたまに振られてくる話を適当に返してやり過ごし、途中からは雇われ人らしく屋敷の掃除をしていつも通り過ごした。



「――ん、今日は帰る。また来るから」


「わかったわ、またね」



 夕刻前くらいだろうか、どうやらぼちぼちスロネが帰るようだ。

 

 移動の魔法を発動したスロネの体を、光が包んでいく。



「ん、アルム。またクレープよろしく」


「はいよ! いつでもこいよ」



 コクリと控えめに頷いた後で、スロネは帰っていった。



「あなたスロネに気に入られたわよ。よかったわね」


「そうか? 終止無表情だったが」


「ああいう性格なのよ。あの子がスロネって呼び方を許すって事は、気に入られたってことよ」


「へぇ、スロネってあだ名か何かなのか?」


「あら? 言ってなかったかしら? 本当の名前は『スロネルフィス』――――東の魔王よ」


「…………あ"?」


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