王都ラズール



「わぁ、凄い賑わってるわね」



 初めて王都に入ったというセルティアは、目を輝かせながら周りを見渡している。

 きょろきょろと田舎者丸出しのこいつを、誰も魔王とは思わないだろう。


 俺も初めて王都にきた時は、同じようにはしゃいでたっけな。懐かしい。


 あの頃はこれから俺の物語が始まるぜ!!

 くらいの勢いはあったんだがな……

 現実ってやつは厳しい。



「かなりデカい都市だからな。でも世界には、ここより大きな都市も沢山あるぜ?」



 今俺達がいるのはマーヤル大陸のミルクルク王国の王都だ。

 俺はこのミルクルク王国の辺境の村で育った。

 ここはマーヤル大陸ではそこまで小さな国というわけでもないが、周辺にはここより大きな国がいくつかある。



「それは凄いわね、いつか一緒に行きましょう」


「ああ、それも面白いかもな」



 もう俺には魔王を先に倒して、俺を捨てたサリエルを後悔させてやる。

 なんて気持ちは消え失せていた。


 勇者やサリエルがムカつくことには変わりないが。

 でも流石に二年近く顔を見ていないと、気持ちもだんだんと落ち着いてくるもんだ。


 それに俺は、今の暮らしも嫌いじゃない。

 ボッチの魔王の世話をしながら、たまにこうやって出かけるというのも悪くはない。



「で? 今日は何処に連れていってくれるのかしら?」


「そうだな、まずはお前にこのラズールの名物、クレープを食わせてやろう」


「クレープ? 何それ、美味しいの?」


「ああ、薄く焼いた小麦の生地の中に、生クリームやフルーツが入ってる食べ物だ! 女は甘いものに目がないだろ?」


「ふーん? じゃ早くその、クレープとやらを食べさせなさい。言っておくけど、私は甘いものにはうるさいわよ」



 相変わらず偉そうにしているが、口からは涎が出そうになっている。

 わかりやすい奴だ。



「へいへい、ちょっとここで待ってろ」



 俺は近くの屋台で二つクレープを買ってから、セルティアのもとへと戻った。



「遅いわよ! 初めて来たっていったでしょ、私を一人にしないでちょうだい」



 そんなに待たせたつもりはないが、セルティアはわかりやすく頬を膨らませている。


 仮にも魔王なんて呼ばれているんだから、もしなにかあっても逃げるくらいは簡単だろうに。

 なにをそんなに不安がっているんだか。



「わかったわかった、ほれクレープ。あっちに座って食べようぜ?」


「……ありがとう」



 近くのベンチに並んで座る。

 セルティアはクンクンと甘い香りを堪能したあとで、控えめに一口かじった。



「……美味しい。何よこれ? こんな美味しい食べ物がこの世界にあったなんて……」



 大袈裟な感想だ。

 だが気持ちはわかる。

 俺もラズールに来たばかりの頃は、こればっか食べてた。

 だが、さすがに毎日同じものを食べてると飽きてしまって、最近は食べてなかったが。

 久しぶりに食べるとやっぱり上手いな。



「ねぇ、あなたが食べてるの私のと違うじゃない」



 自分のクレープを食べ終わったセルティアが、俺のクレープに目をつけた。



「ああ、俺のはチョコクリームだからな、お前のは普通の生クリームだ。これは好みの問題だな」



「へぇ~、一口ちょうだい」


「あ、ちょ、おまっ!」



 俺が許可を出す前にかぶりついてきやがった……

 金ならあるんだから買えばいいだろうに。



「ん~、こっちも美味しいけど、私は最初の方が好きだわ」


「もう一つ買ってきてやろうか?」


「遠慮しとくわ! 美味しいからってそればかり食べてると、感動が薄れていくものよ」



 それは間違いない。

 一年前の俺にもぜひ教えてやりたい。



「――――お姉ちゃーん、取ってー」



 俺がちょうどクレープを食べ終わった辺りで、セルティアの足元へコロコロとボールが転がってきた。

 遠くから、少女が叫んでいる。



「いくわよー! それ!」


「ありがとう!」



 少女にボールを投げた後で、再びベンチに座る。



「なぁ、お前って本当に魔王なの?」


「どういう意味かしら?」


「いや、俺達人間は、魔族は悪い奴と教えられて育ってるからさ。お前を見てるとどうも調子が狂うっていうか。お前は人間が嫌いじゃないのか?」


「嫌いだったら、あなたを雇ったりしないでしょ? 私は人間が好きよ! たとえ、人間が魔族を嫌っててもね」



 嫌われてるってわかってても好きとか、益々わからない。



「本当、変わってるよなお前」


「あなたも大概だけどね」


「は? 何でだよ?」


「だってあなたは魔族は悪い奴と教えられて育ったのに、魔王である私のこと嫌いじゃないでしょ?」



 ふふんと、自信満々でこちらを見るセルティア。


 なんだかなぁ、確かに嫌いじゃないが……素直に頷くのもしゃくだ。



「俺は命が惜しくて、嫌々働いてるんだよ。自惚れるな」


「もう、生意気ね。今日の夜は覚悟しておきなさい!」


「嘘です、嫌々じゃなくてセルティアさんが好きだから働いてます」


「今さら遅いわよ、ふふふ」



 慌てて手のひらを返してみたものの、手遅れだった。

 マジか、今日も拘束されるの俺?

 

 その後は、セルティアに王都を適当に案内したあと、ぶらぶらと宛もなくうろついてから、来たときと同じ要領で帰宅した。

 といっても王都は広いので、案内できたのはほんの一部だけだが。

 セルティアは金に物をいわせて、がっつりと買い物していた。

 俺も飯の材料だったりを買い溜めておいた。

 手を抜いて同じ飯を連続で出すとグチグチ文句言ってくるからな。



「今日は楽しかったわねアルム! クレープも美味しかったし!」



 夕飯を食べながら、今日の事を興奮気味に話すセルティア。

 楽しんでもらえたのなら何よりだ。



「でもクレープ以外なにも考えてなかったなんて、少し怠慢よ? お陰でクレープのあとは、ぶらついてただけじゃない。まぁ楽しかったからいいけど」


「しょうがないだろ? 俺だってあそこに遊びに行ってた訳じゃねーんだから。ほとんどはギルドで依頼ばっかり受けてたんだ」



 そう。クレープを食べ終わって気づいたが、俺はクレープ以外に王都のいいところなんて知らなかった。

 エスコートなんて出来るはずがないわな。



「じゃあ次は一緒にギルドに行って、依頼を受けるのも面白そうね?」


「別にいいが、知っての通り俺は弱いぞ? そこら辺の魔物にすら勝てない自信がある!」


「はぁ~、それでよく魔王に斬りかかったもんだわ……でも安心して、私が居れば危険はないわ」



 そりゃ、魔王からしたら大抵の敵はゴミみたいなもんだろうけども。



「はいはい、頼りにしてますよ、魔王様」


「むぅ、何かムカつくわね、その言い方!」



 そんな話をしながら夕飯を終え――――深夜になった。


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