移動魔法
昨夜も何とか必死の抵抗の末、セルティアの足を舐めずにすんだ。
起床してから朝食を作り終えた俺は、無駄にだだっ広い廊下を歩いていた。
目的の部屋の前につき、雇い主であるセルティアを起こすべくドアを開ける。
これも俺の仕事の一つだ。
部屋ではセルティアがベッドで、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。
長いまつ毛に絹のようなサラサラの黒髪、整った顔と男を惹きつける悩ましいボディ。
今日はちゃんと寝巻きを着ているが、稀に全裸で寝ていることもあるから油断できない。
「しかしまぁ、本当に美人だなこいつ」
男なら無防備に眠るこの女に魔が差しそうだが、綺麗な容姿に騙されてはいけない。
こいつはこう見えて、魔王なのだ。
その気になれば、俺なんて一瞬で塵になるだろう。
「――ふぅ」
俺は軽く息を吐き、頬を両手で叩いて気合いを入れ、
「起きろ、セルティア!! 朝だぞ、飯できてるぞ」
フライパンにお玉を叩きつけ、カンカンと音を鳴らして起こす。
「うるさいわね、そんな大きな音を立てないでも起きるわよ」
セルティアは機嫌悪そうに、目を擦りながらゆっくりと起き上がる。
本人はこう言ってるが、こいつは並大抵の事じゃ起きない。
最初の方はあまりにも起きないもんだから、顔に水をぶっかけたこともあるくらいで、最近やっと普通に起きるようになってきたところだ。
本当にどの口がいってるんだか。
「ほれ、朝飯だ」
「ありがと」
いつもご飯を食べている部屋へと移動して、二人で朝食を摂る。
俺は空いた時間に一人で食べるって言ったんだが、一緒に食べなきゃ駄目らしい。
「今日は王都に買い物に行くんだろ?」
「そうね、いろいろ見てみたいわ」
「……本当に大丈夫なのか? 魔族が王都に入ったりして」
この世界では現在、人間と魔族が争いを続けている。
いつから始まったのかはわからないが、俺が生まれるよりずっと前から続いてるようだ。
俺も、魔族は悪い奴と教えられて育った。
だからセルティアに奇襲をかけた時、命を奪おうとしたが、可哀想だとかそんな感情は持ち合わせていなかった。
けど今は違う。
少なくともこいつは、悪い魔族ではない。
今こいつが無防備な状態でいたとしても、俺は攻撃を仕掛けようとは思えない。
魔族の中にもいい奴はいる。
それが俺の出した答えだ。
人間も酷い奴は酷いからな。
「あら、心配してくれてるのかしら?」
「いや全然。どうでもいいが、俺を面倒事に巻き込むなよ?」
「素直じゃないわね。大丈夫よ、私の変身は完璧だもの。たとえ勇者だろうと見破れはしないわ」
そう言った後で、セルティアがパチンッと指を鳴らした。
すると、額の角が一瞬で消えてしまった。
元から人間っぽかったが、角がなければ本当に人間にしか見えない。
「凄いな……さすがは魔王だな」
「どう? 少しは見直したかしら?」
「いや別に。魔王ならこれくらいはできんじゃね?」
「まったく、なんて生意気なのかしら。私の下で働いてるって自覚が足りないんじゃない?」
「はいはい、悪かったよ」
「あーっ! またそうやって面倒くさそうに」
食卓でのたわいない会話。
もう慣れたいつも通りの光景だ。
はぁ……勇者パーティよりも先に魔王を倒して、俺を捨てたサリエルを後悔させてやろうとしていたのに……
何でその魔王と仲良く朝飯食ってんだろ?
それどころか、給料まで貰ってるし……
だが、はっきり言って待遇は最高だ。
貰えるお金も、俺がギルドでちまちま依頼を受けていても到底稼げない額だし、家賃も食費もかからない。
ただひとつの問題点は、夜になると体を舐めさせようとしてきたり裸体を見せつけてきたりと、性的なことをしようとしてくることだ。
しかも割と力ずくで。
本当に勘弁してほしい。
いやマジで。
✦✦✦
「さ、行くわよ! つかまってて」
朝食を済ませ、さっそく王都へと向かう。
「はいよ」
「もっと、ギュッと、力強く! 途中で振り落とされたら大変なんだから」
「はいはい……」
言われた通り、セルティアの腹にギュッと力を込めてしがみつく。
端からみたら、なんとも間抜けな格好だが、これが一番いいらしい。
「じゃあ、出発ぅ!」
足元の魔法陣がふわっと光り、俺達を包み込む。
「うえぇ、何回やっても慣れねーな。この移動魔法ってやつは」
目を開けると、そこは初めてセルティアと会った、森の中だった。
これは印をつけた場所を行き来できるという、セルティアの便利な魔法によるものだ。
「アルムみたいに魔力が弱い人だと気持ち悪くなるみたいね。そのうち慣れるわよ。それよりも、今日はちゃんとエスコートしてね? これも仕事のうちよ」
「へいへい、別に仕事じゃなくても案内くらいしてやるよ」
「へ?」
「んあ? どうした?」
何故だかキョトンとした顔をしている。
そんなおかしいことは言ってないが。
「ふふん、何でもないわ」
そう言って、腕を絡めてくる。
「おい、あんまくっつくなよ! 誤解されるだろうが」
この『王都ラズール』にはなんだかんだで一年近く居たから、知り合いもそこそこいるのだ。
「あら? 照れてるのかしら?」
「冗談はよせ。お前の無駄にデカい胸が暑苦しいだけだ」
足に激痛が走った。
「――痛ってッ、そんな強く踏むことねーだろっ」
「あなたが失礼なこと言うからよ! 本当は嬉しいくせに」
「……どんだけ自分に自信あるんだよ」
「まだなにか?」
「……なんでもないです」
森から王都へは歩いて向かった。
というより、王都内には印がないから歩くしかない。
この移動の魔法、セルティアは当たり前のように使っているが、普通はそんな簡単に使えるようなものじゃない。
移動にはかなりの魔力を要するからだ。
だから人間は数人から数十人でこの魔法を発動する。
一人でこの魔法を使える人間なんて、世界でもほんの一握りだろう。
だがセルティアはそんな魔法を涼しい顔で乱発できる。
本当、魔王というだけあってデタラメな女だ。
「あ~楽しみだわ! 初めての王都よ!」
俺の横をピッタリと歩くセルティア。
かなりご機嫌だ。
「そんな完璧に変身できるんだ、一人で来たことはないのか?」
「う~ん、一人だと中々勇気がでなくてね。でも今日はアルムが一緒だし、安心だわ」
セルティアは魔族なのに人間の事が嫌いではない。
なんなら、仲良くしたいとさえ思っている。
魔族の中でも、相当珍しい部類に入る変わり者だと思う。
「ま、今日は楽しんでもらえるように頑張るよ」
俺達は王都ラズールへと入っていく。
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