魔王(女)の性癖がバグってるんだが
あんてんしぃ
出会い
「アルムよ、サリエルから手紙が届いていたぞ」
「サリエルから? 貸してくれ」
俺は親父から手紙を受け取り、中身を見た。
「……なんだよ、これっ」
手紙の内容を見た瞬間、俺は膝から崩れ落ちていた。
「ど、どうしたんだ、アルム?」
親父が心配して駆け寄ってくる。
俺は無言のまま、手紙を渡した。
「これは…………」
親父は手紙を見た後で、俺に優しい、慈しむような目を向けて言った。
「フラれちまったな……」
いつもは厳しい親父が、やけに優しそうに言うもんだから、何だか調子が狂う……
手紙の内容はシンプルで、俺より好きな人が出来たから、婚約を解消すると書いてあった。
解消したいとかではなく、解消すると書いてある。
なんだろう、有無を言わさぬ強い意思を感じる……
サリエルは俺の幼馴染みで、生まれた時から一年前まで、ずっと一緒に育ってきた。
結婚する約束までしていたのに。
俺はサリエルが好きで、当然、将来は結婚して一緒になるもんだとばかり思っていた。
サリエルも俺の事を好いてくれていたと思う。
この一年の間に何があったのか、想像はつくさ。
一年前、魔王を討伐する為に活動している勇者パーティが、この村に立ち寄った。
そこでサリエルは、回復術師の才能を見いだされ、パーティへの同行をお願いされていた。
勇者は、男の俺から見てもかなりのイケメンだった。
当初サリエルは乗り気じゃなかったが、勇者の必死の説得もあって、最終的には旅に同行することを決心したようだった。
当然俺にも相談してきたが、イケメンの勇者の事を楽しげに話すサリエルにイラついて、少し突き放すような言葉を言ってしまった。
結局、仲直りできずにギクシャクしたまま、サリエルは勇者パーティと行ってしまった。
だけど俺は何も心配していなかった。
喧嘩なんてしょっちゅうしていたし、旅に出た後も頻繁に手紙を送ってきてくれた。
だけど、半年くらい経ったあたりから、手紙の返事が急にこなくなった。
俺はもしかしたら、手紙が届いていないのかもと思い何度か送ったんだが、返事がくることはなかった。
そして今回、やっと返事がきたと思ったらこれだ。
相手は十中八九、勇者だろう。
何故なら、勇者パーティは勇者以外みんな女性だったから。
まったくふざけた話だ。
俺は自室のベッドで手紙をグシャグシャに丸めてゴミ箱へと投げ捨てた。
手の甲に、ポタリと何かが垂れた。
俺の涙だった。
「ちくしょうっ! 俺と過ごした時間は、勇者と過ごした、たったの一年にすら劣るっていうのかよ!」
多分俺は、自分で思っているよりも彼女の事が好きだったのかもしれない。
だってこんなにも胸が苦しくて、涙が止まらないんだから……
俺は悔しかった。
気に入らなかった。
いけ好かない勇者も、そんな勇者に惹かれて俺を捨てたサリエルも。
今、家の中で涙を流すことしか出来ない自分自身も。
このままでは、俺の気が済まない。
このまま引き下がるのは、どうしても俺のプライドが許さなかった。
クソっ! 絶対に後悔させてやる……絶対にだ!
その日の夜に、俺は村を出た。
ある目標を掲げて。
✦✦✦
――それから一年の時が過ぎた。
「ちょっとアルム? この服、汚れが全然落ちてないんだけど? ちゃんと洗ったの?」
「ちゃんと洗ったわ!」
「じゃあ何で汚れが残ってるのよ! もう一回洗ってきなさい!」
「チッ、わかったよ!」
――――俺はなぜか、川で洗濯をしていた。
本当になんでこんなことをしてるんだか……
絶対に後悔させてやる!
そう思ってた時期が俺にもありました……
一年前、村を出て俺が向かった先は、王都の冒険者ギルドだった。
ここで剣と魔法の腕を磨き、強くなって、あいつらよりも先に魔王を倒して見返してやろうと思っていたんだが、現実はそう上手くいかなかった。
当たり前だ、今まで剣なんて握った事もなかったし、魔法だって使えなかった。
あの時の俺は間違いなくどうかしていた。
魔王を倒す? 無理無理。
全然無理。
何ならそこら辺の雑魚にすら勝てなかった。
それでも最初の方は頑張ってたんだけどなぁ……
いろんなパーティに、臨時で助っ人として入れてもらったり、一人でダンジョンに潜ったり。
とりあえずは、場数を踏まなければ話にならないと思ったからだ。
初めはどんなに駄目でも、必死でやってりゃいつかは強くなると思ってた。そう信じてた。いや自分にそう思い込ませてたんだ。
だけど、そうはならなかった。
現実は甘くない。
どうやら俺には、剣の才能も魔法の才能もなかったようだ。
一度助っ人に入ったパーティに、二度呼ばれる事はなかった。
そんな事を繰り返してるうちに、俺はどこのパーティにも入れなくなった。
だけど、途方にくれている時に、ある情報が王都に広まった。
ここ最近【南の魔王】が王都の近くで目撃されているという。
もうこれしか無いって思った。
こうなったら、不意討ちでも何でも、卑怯な手を使ってでも倒してやろうと、馬鹿な考えが浮かんだ。
そもそも、そこら辺の雑魚にすら勝てない俺が、どう足掻いても魔王なんかに勝てる訳はないのだが、この頃の俺は正気じゃなかった。
俺は王都から少し離れた森で、待ち伏せる事にした。
ひたすら待った。
しかし、丸一日過ぎても魔王は姿を見せなかった。
それでも待った。
二日経っても魔王は現れる気配すらなかった。
だがそれでも待った。俺にはもうこれしかないと思っていたから。
――四日が過ぎた。
もう諦めて帰ろうかという考えが頭を巡りだしたときだ。
魔王が姿を現したのは。
最初に見た時の第一印象は、不覚にも綺麗な女性だと思ってしまった。
赤い瞳に、黒い綺麗な髪の毛を腰くらいまで伸ばした、気の強そうなやつだった。
額の角がなければ人間といわれても信じてしまいそうではあるが、明らかに人とは隔絶したヤバい雰囲気を感じる。
人間や魔物、今まで見たことある生物のなかでも最高にヤバい。脳が逃げろと警鐘を鳴らしてるような、そんな錯覚すら覚えた。
だがしかし、俺もここまできて止まる気はなかった。
ここで魔王を仕留めて、ギルドの奴らや勇者を見返して、俺を捨てたサリエルを後悔させてやるんだ。
俺はただ、彼女に捨てられた惨めさだけをバネにここまできたんだ。
今更止まれないし、誰にも俺を止める事はできない。
息を潜めて、近付くのを待つ。
――――ここだ!!!!
完璧なタイミングで、俺は飛び出した。
これはいくら何でも避けようがない。
――――カキンッ!
「……はぁ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
確かに俺の不意討ちは成功した。
が、剣の刃が魔王の体に当たると同時に、ポキンと折れてしまったのだ。
単純な話、俺には魔王を両断するだけの力がなかったのだ。
なんか急に頭が覚めてきた。
俺なんかの不意討ちが通用するのなら、そもそも魔王なんて呼ばれて恐れられていないか。
「あなた、人間ね? 見たところ、かなり弱そうだけど、何で一人で私に斬りかかったの? いくら弱くても力の差くらいわかるでしょ?」
魔王は斬りつけられた事なんて歯牙にもかけず、心底不思議そうに俺を見る。
「はは。何でかわかんねえけど、不意討ちならいけると思ったんだ……それと一人なのは、仲間が居ないだけだ。俺は弱いからな」
この後、俺は殺されるだろう。
それがわかっているからか、俺はやけに冷静に魔王と話していた。
人間、死を受け入れると冷静になれるもんだ。
「そう。私も一人なの。同じね」
なんとなくだが、そう呟く魔王はどこか儚げで、寂しそうに見えた。
「あなた、私が恐くないの?」
「ん~、どうだろ? 正直な話、俺は今死を受け入れているからかな、全然恐くないわ。そんなことより、殺るなら早くしてくれ。できれば苦しまないように一撃で頼む」
トントンと人差し指で、自分の首を指す。
「あなた、私の所で働かない?」
「はぁ?」
さっき以上に間抜けな声が出た。
「ほら、死ぬよりはマシでしょ? 私も他に仲間が居なくて退屈してたのよ。どお?」
どお? と言われましても。
そもそも俺達、人間と魔族だし。
そこら辺は気にしないのだろうか。
だがしかしだ。
まぁ、うーん。
元々死ぬはずだっだんだし、ここは命があるだけラッキー、くらいの気持ちでいったほうがいいのだろうか?
断ったらただ殺されるだけだろうし。
僅かな間に様々な考えが頭に浮かんだが、この時の俺は四日間気を張って眠ってすらいなかったので、まともな思考をしていなかったんだ。
「――――働くっていうからには給料は出るんだろうな?」
こうして俺は、【南の魔王セルティア】の下で働く事になった。
✦✦✦
「ほらよ、これでどうだ? 綺麗になってるだろ?」
汚れを指摘され、俺は二度目の洗濯から戻ってきた。
「うんうん、やればできるじゃない。よしよし」
そう言って俺の頭を撫でるセルティア。
こいつのところで働く事になったが、その内容はほとんどが、家事全般とこいつの話し相手になるくらいだ。
俺は幼い頃に母を失くしてる為、料理も洗濯も全て自分でやってきた。
だからこんなのは、働いてる内に入らない。
それとセルティアのところで働き始めて、かれこれ一月は経つが気付いた事がある。
それはこいつが、本当に一人ボッチという事だ。
こいつの住む城に来てから、今まで誰とも会っていない。
城は魔王というだけあって、かなりのデカさなのだが使用人の一人すら居らず、周囲には誰か住んでる気配もない。
「あーっ、トマトは入れないでって言ったのに、もうなにやってるのよ!」
「トマトには栄養が沢山含まれてるんだ。好き嫌いせずに食え」
「ぶーっ……アルムの意地悪」
そして、こいつ。
よく喋るのだ。
まぁペラペラと、放って置いたら一日中喋ってるんじゃないかってくらいよく喋る。
そのせいで、こいつが魔王ってことをたまに忘れそうになる。
魔族がみんな、こいつみたいだったら争いも起きないのかもしれない。
本当に友達みたいに感じることもある。
ある一点を除けばだが。
「今日も一日お疲れ様アルム。さぁ、ご褒美よ! 這いつくばって舐めるといいわ」
夜、風呂上がりでバスローブだけを羽織ったセルティアが、俺の目の前に足を差し出した。
「ふざけんな、なんで俺がお前の足を舐めなきゃなんねーんだよ」
と、強気に返したはいいが、今の俺の格好はパンツ一丁にひん剥かれて、両手両足をよくわからない魔法で後ろ手に封じられている状態だ。
魔族の習慣なのかなんなのかはわからないが、この女、毎日毎日、夜になると俺に体を舐めさせようとしてくるのだ。
「ふふふ、アルムったら。足だけじゃ不満なのね? いいわ、わかった。じゃあここでもいいわ」
妖艶な笑みを浮かべ、セルティアは羽織っていたバスローブを腿の辺りまでゆっくりとまくり上げた。
俺の場所からだと、いわゆる大事なところ……つまり見えちゃいけないところがギリギリ見えないような絶妙な角度だ。
「そういう意味じゃねーっ、いいから早く隠せって」
堪らず目をそらす。
「あら? 顔真っ赤にしちゃって。可愛いわねアルム。いいから舐めなさい」
「真っ赤になんかしてねーし、舐めねーよ、この痴女がっ」
「え〜、そんな酷いことを言うアルムなんて、こうよ」
「わっ、ちょっ、や、や、やめろっ」
セルティアは足の先で俺の胸の辺りを弄り始めた。
これはマズイ……非常にマズイ事態だ。
セルティアは人間とほぼ変わらない容姿をしていて、それでいてかなりの美貌の持ち主。
胸も尻も無駄にデカい。
そんな奴が全裸にバスローブを羽織っただけの格好で、俺の体を弄ってくる。
このままでは、ただでさえ追いつめられていた俺の俺……つまり、ちびアルムが反応してしまいかねない。
「ん〜、あらら? 顔よりも真っ赤で熱くなってそうなところがあるわね? こ・こ・に」
「――――や、や、やめろーっっ」
胸を弄っていた足が股間に触れたところで、なんとか魔法の拘束を解くことに成功した俺は、すぐさま立ち上がり自室へと退避するべく走った。
「ちょっとぉ! 給料減らすわよ?」
逃げる途中そんな声が聞こえたが、今は給料よりも俺の貞操の方が大事だ。
っていうかこんなんで給料減らすのは勘弁してほしい。
「あ、危なかった……マジで変態だわ、あの女……」
自室のベッドに倒れ込んだ俺は、今日も何とか貞操を守り抜いたことにホッとして、そのまま落ちるように眠りにつくのだった。
んー、転職しようかな……?
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