2.謎の少女、ステラ

第2話

ステラと向き合って座るエヴァは、顔の前で七十八枚のカードをシャッフルさせます。宙に浮かぶカードたちはエヴァの指の動きに合わせてくるくる回り、一つに集まったかと思うと三つの束にわかれました。それがふたたび一つにまとまりエヴァの手の中に納まります。慣れた手つきで上から六枚を取り除き、七枚目・八枚目・九枚目を次々に人差し指で飛ばすと、ステラの顏の前にカードが三枚並びました。


「あなたの過去、現在、未来を見ていくわね」


三枚のカードをにらむように見つめるステラは、なぜ魔女の名前『エヴァ』を知っているのか答えませんでした。「早く鑑定して」と催促するだけで、あとは口はへの字に結んだきり。もしかしたらエヴァの古い友人の知り合いかもしれませんが、街の人とはしばらく距離を置いているエヴァにはまったく見当がつきません。


左のカードに触れると、小さな光を放って絵柄が浮かびあがります。目が見えず、足も悪いこじきがさまよう絵が浮かび上がりました。


「スラム育ちなのね。ずいぶん苦労してきたようだけど」


貧しい人たちが住むスラム街の出身であることは、ステラの外見を見れば容易に想像できることです。


「どこで生まれたかは知らない。誰が私を産んだのか知らないの。スラム育ちは当たっているけれど、あの街では一応お金持ちのほうよ。モレロ家にいたんだから」


鼻先をツンと上に向けて話すのは、ちょっと自慢に思っているからでしょうか。ステラがいたというモレロ家は数年前から街に住み着いた夫婦で、強引に何でも自分の思いどおりにしたがり、今ではスラム街のまとめ役を務めています。でも、乱暴で思いやりのないモレロ夫婦を嫌う者は多いとか。


「モレロ家に子どもがいたなんて初耳ね」

「あの人たちは親じゃないもの。私はあの家にいただけ。誰にも愛されていないの」

「そんな……子どもを大事に思わない親なんていないわ」

「子どもを愛している親なら頭をぶったり、ご飯を食べさせなかったりしないでしょ」


確かに。ステラが大切にされていたら、こんなに薄汚れた格好をしていないはずです。エヴァは何か言いかけて言葉が出てこない口を諦めたように閉じ、無言で真ん中のカードをめくりました。


「今は以前に比べれば気がラクみたいね」

「そのとおり。私はもう自由よ。モレロ家には戻らない。本当のおうちに帰るの」


しゃべるステラを見つめながらエヴァは首をかしげました。いつもなら相談者をじっと見るだけで、その人の過去も現在も未来も映画を早送りするように見えるのですが、ステラには灰色の霧がうごめくだけで何も見えません。不思議に感じながらも未来を示す右のカードをめくると、光を放ってくるりとひと回り、ふた回り。そのまま何度もくるくると回り続け、止まる気配のないカードにエヴァは眉をひそめました。指を鳴らして〝止まれ〟のサインを送るのにパチン、パチンと指の音がむなしく部屋の中に響くだけ。

 四度繰り返されたところで、エヴァはたまらずに宙に浮かぶカードをわしづかみにしました。机の上に両手で押さえつけてからゆっくりめくります。


「え……?」


思わず漏れた声には動揺が隠せません。カードは真っ黒で何も描かれていなかったのです。中央に向かって黒い渦が巻き、時折バチッと火花を散らしています。


「どういうこと?」


慌ててエヴァは半円形のガラスに包まれた宇宙を覗き込み、両手をかざしました。手の動きに合わせて星たちがまたたくものの、その光はすぐにしぼんで暗闇が広がります。手をめいっぱい広げたり、指でなぞったりしても宇宙は闇に包まれるばかり。何も映し出すことはありませんでした。


「未来が見えないのね」


静かなつぶやきにハッと顔を上げると、ステラがおもむろにワンピースの袖をめくりました。

 めくった袖の下からはつるんとした半透明の物体があらわれます。それは腕の形をした透明なオブジェ。指先はほとんど色がなく向こうの景色が透けて見え、肘に向かうにつれ皮膚の肌色が色づいていました。


「あなた、その腕……」

「十日くらい前から体のあちこちが消えるようになったの。身体だけじゃなく、昔の記憶も途切れるようになって、いろんなことが思い出せなくなっちゃった。このままいくと私は消えちゃう。どこの誰から生まれたのかなんて気にもしないけれど、自分が消えてしまうのは嫌よ」


ステラは今にも泣きそうな顔で言いました。それは十二歳の少女らしい表情で、さっきまでの生意気な雰囲気は一片も残っていません。

 わずかに唇を震わせるステラには戸惑いと恐怖しかありませんでした。その姿に心をぎゅっとつかまれたエヴァが何か言いかけたとき……。

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