第3話
「あ、そうだ。さっきこれを見てたんだけどさ……」
甘いミルクチョコレートをゆっくり味わっていると、真央はノートパソコンを引き寄せてこちらに向けた。
「これ、僕たちの合格発表がある明日のホロスコープなんだけど……どう思う?」
「……グランドクロス?」
見せられたホロスコープに描かれるのは赤い十字架。
私だって占い師の端くれだから、それが大凶の暗示だということはひと目でわかった。
グランドクロスとは、4つの惑星が九十度の角度を取り合ってホロスコープ上に十字架を描いた状態をいう。
惑星同士が九十度の角度を取るのはスクエアといって凶の暗示。
それが4つも重なるのだから最凶最悪の運勢というわけ。
私と真央ともう一人のオカルト部員、
「合格発表日がグランドクロスって……私たち不合格ってこと?」
「僕は学科も占い実技も自信あるし、蒼生は天性のセンスを持っているから、何かあるとしたら愛海じゃない?」
「え……?」
言葉が続かないのは真央の言うことが本当だから。
オカルト部で部長を務める真央は占星術とタロットカードを自在に操るプロの占い師。
オカルト部と弓道部を掛け持ちする蒼生は両親も姉も占者という占いエリート。
私は高2の夏から真央の真似をし出した占い素人。
そして、私たち三人が受験したのはアカデミー中央区の専門校、ディバイナー学院だった。
占いに特化した学院では、数学や英語より星読みとカードリーディングが的確であることが合格を決める。
「……私、ディバイナーしか受験してないけど? 英語も数学もヤバくて、ベネフィックでようやく進学できるレベルなのに。ディバイナー落ちたらどうなっちゃうの?」
「中卒フリーター、かな」
「ええっ、そんなのヤダよ!」
中卒フリーターなんて人生終わったも同然じゃない。
それより何より、私が落ちたら真央と一緒にいられなくなる。絶対に嫌だ。
全寮制のディバイナー校はアカデミー中央区にある。
そこは特に秀でた能力、ベネフィックを持つ子どものために作られた街で学生に必要な環境が完璧に整っていた。
アカデミー中央区の学校に通う学生が区外に出ることはめったにない。
つまり、私がディバイナー校を不合格になるとは真央と縁が切れることを意味していた。
「愛海が受かるかどうか、タロットで見てあげようか?」
ざわめく私の気持ちを汲むことなく、真央は意地悪な笑みを浮かべる。
「いいよ、そんなことしなくても。私は合格するんだから!」
根拠のない断言ほどつらいものはない。
「じゃあ、みんなが無事合格するとしたら、明日のグランドクロスは何を暗示しているの?」
「それは……アレだよ。なんだろ、台風か大雨でも起こるんじゃない?」
「2月に台風? それこそあり得ないでしょ」
ふふ、と微笑む真央が憎らしい。
そして憎らしいほどの魅力で私を強く惹きつける。
前髪の隙間から覗く長いまつ毛、黒目がちの目、陶器のように白い肌。
真央のすべてに私は吸い寄せられてしまう。
――ガラッ
「おつかれー!」
部室の戸が開くと同時に元気な声が飛び込んできた。
三人目のオカルト部員はオカルトなんて不似合いな陽キャ男子。
細身に長身の蒼生は、背に約二メートルの弓を背負って相変わらず細長いシルエット。
チビの私と並ぶと頭ひとつ半もデカかった。
「もう受験もあらかた終わったからさ、今日、弓道部の後輩が三年の引退会やってくれて。プレゼントもらっちゃった」
ふくらむ制服のポケットから取り出したのは、かわいくラッピングされたお菓子やイニシャル入りのハンドタオル、花の形のバスボム、メッセージカード、そしてフェルトで手縫いされたマスコット人形。
右手でピースサインを作るそれは蒼生を模しているのだろう。
写真を撮るときはもちろん、ちょっとした返事もピースサインで返すのが蒼生の癖だった。
「わあ、かわいい。後輩ちゃんが作ったの?」
誰かわからないけれど、この人形を作った女子は蒼生のことが好きなんだろうな。
細かいところまでよくできている。
「中にワイルーロっていう幸運の木の実が入ってるんだって」
「ワイルーロ、ペルーで取れるお守りの実だね」
すぐに反応する真央はさすが。占い師だけでなく魔法使いにもなれそう。
「そうなんだ。じゃあ、部屋に飾るより持ち歩いた方がいいかな」
蒼生が持つフェルト人形を覗き込み、私はおもむろに頭と足をつまんでグンと縦に伸ばした。
「ちょ、おいっ!」
「蒼生はもっとこう、長くデカいイメージじゃない……?」
二頭身の人形を無理やり八頭身にしようとした私の顏に、蒼生の大きな手のひらが覆いかぶさる。
「いたいいたいたいっ!」
こめかみを締め付けるアイアンクロウはしっかり痛い。
弓道で鍛えた腕力に私の顏は醜く歪んだ。
「俺はデカいけどプリティなんだよ。……ったく、もう帰るぞ」
蒼生はマスコット人形を制服のポケットにしまうと大股で部室を出ていく。
「あー、おなか減った。愛海、コンビニのイートインでパン食べたい。付き合って」
振り返って首だけこちらに向ける蒼生はまるでモデルみたい。
ポーズを取っているつもりはないんだろうけど、なぜか様になるんだよね、あいつ。
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