第2話

――ガラッ!


「だからぁ、それは……あれ?」


 ノックもなしに部室の戸を開けたのは女子生徒3人。

きょとんとした顔でこちらを見て、廊下に張り出される『剣道部』の札を改めて確認する。


 真央は突然の訪問者に体をこわばらせて目を伏せた。


「えーっと……?」


剣道部の女子が目を合わせようとしない真央を諦めて私の顔を伺う。


「オカルト部です」

「あ、そっか。一緒に使ってたんでしたっけ。ちょっと防具を見させてもらっていいですか?」

「どうぞ」


女子部員たちはおしゃべりしながら部室に入ってくると、真央の後ろにあるラックの防具を確認し始めた。

真央が座る椅子とラックの間には十分なスペースがあるのに、真央はすばやく立ち上がって私の隣に座り直す。

背を丸めて俯き、私を盾に隠れるように縮こまった。


「あったあった。良かった、数足りてるね」

「早く戻って先輩に言わなきゃ」

「失礼しましたー」


剣道部の女子部員たちはテキパキと用事を済ませて部室を出て行く。

彼女たちは私と真央に何かしたわけでもない。

それでも、真央は女子部員たちの姿が見えなくなるまで、伏せた顔を上げることはなかった。


「もう大丈夫だよ、真央」

「うん……ぜんぜん平気」


 真央が言う『平気』は本来の意味を持たない。

繊細すぎて他人の影響を受けすぎるのは生まれつきの個性で、ひと昔前は大人から扱いにくい子として疎まれたけれど今は立派なベネフィック特殊能力に認められている。

人間関係が苦手な真央がまともにしゃべれるのは私ともう一人のオカルト部員の蒼生あおいくらい。


ただ、極端に繊細だからこそ、真央には並外れた洞察力と人間離れした分析力が備わっていた。

それは占い師として生きていくなら最高に恵まれた才能。

普通に生きていけなくても別にいい。真央はなるべくして占師になる人なのだから。


「チョコ、食べたい。さっき購買で買ったやつ、愛海あみが持ってるよね」


 そんな真央にとって、チョコは精神安定剤のようなもの。私はアーモンドチョコレートを出そうとバッグの中を探った。


「あれ?」

「またなくしたの? バッグの中身、全部出したら?」


呆れつつも慣れた口調の真央に従って、私は机の上にバッグの中身をひとつひとつ出していった。

財布、スマホ、文庫本、漫画、スマホの充電器が3つ、ハンカチが4枚、どこかでもらったカフェのチラシと化粧水の試供品、猫のぬいぐるみ、タンブラーが2つ、もう中身が入っていないお菓子の空き箱が3つ……。


「相変わらずだね」


 それは典型的な“片付けられない女”のバッグだった。

真央が苦笑いするのも無理はないけれど、これが私の個性なのだからしょうがない。


 落ち着きがなく状況把握が苦手で物をよくなくしたり、複数のことを同時進行することができなかったり。

でも、好きなことにはのめり込みやすく、集中すると他の人が1ヵ月かけて身に着けることを1日で習得できるという特技がある。

私のベネフィックはまさにこれで、真央とはまた別の意味で普通に生きられない人間だった。


「あー、あったよ。こっちのポケットに入れたんだった」


 バッグの外付けポケットにアーモンドチョコレートを見つけて、ようやく真央に渡す。

この程度の物忘れは日常茶飯事。

普通の感覚で生きる人たちからすれば、私たちはポンコツに見えるかもしれないけれど、それでも十分幸せだった。

私も真央もできることよりできないことの方が多い人間。

でも、たったひとつだけ道を究めれば一人前に生きていける。


 それに何より、私は真央と一緒の毎日が本当に楽しい。

真央の苦手なところを私が補って、私の足りない部分を真央がフォローして、そんなやり取りにいつも救われていた。


「アーモンドをチョコレートで包もうと考えた人は天才だよ」

「安定のおいしさよね~」


 二人で他愛ないおしゃべりをする日々が永遠に続いてほしいと思う。

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