41 急駛

「そこで見てなさい」


「前衛の極意その2を教える」。そう言ったエスティが、見本を見せると言わんばかりに俺から距離を取った。


「いくわよ」


エスティの動きに集中していた俺は、エスティの足がくいと内側に曲がったのを捉えた。そして次の瞬間には元いた場所から大きな土埃が宙を舞い、エスティの姿を完全に見失ってしまった。正確に言えばエスティの影が超高速で移動するのは、少しだけ見えたのだが。


「?!」


次に音が聞こえたのは俺の真横からだった。ズザザザー、と地面を滑る音。

地面に足で線を残し、ゆっくりとエスティが動きを止めた。つまり、慣性が働いているということ。エスティは瞬間移動なんかではなく、普通に超高速で移動しているということになる。


「どう?」

「......正直、分かってても見えませんでした」

「んふふー、でしょ!」


どこかに高速で移動したのは分かったが、俺の真横に移動したと気づいたのは音が聞こえてからだった。

あとは、移動する際に片足を内側に曲げていたことに気づいたくらいか。


「なにをしたんですか?」

「─────実はね、これも強打バッシュの応用なのよ!」


胸を張ってエスティは自信満々にそう言い放った。

その言葉に、俺は腕を組んで少し思考を巡らせてみる。数秒考えて、俺はなんとなくその仕組にたどり着けたような気がした。


「地面に対して強打バッシュを使ってる.....ってことですか?」

「........まぁ....そうだけど」


どこか不満そうな表情で、エスティは正解だと言った。


「連想ゲームは得意なので」


つまり、地面を蹴って走るように、地面に強打バッシュをして吹き飛んでいるという訳だ。作用反作用....云々かんぬん的なことだな。


「ていうか師匠、....じゃあ普通の強打バッシュでも人間をあれくらいの速度で吹き飛ばすんですか........?」


あの超高速移動が強打バッシュの威力を元にするのなら、普通の強打バッシュでも人間を超高速で吹き飛ばせるということになる。


「まあそうね。多分人間くらいなら、頑張れば20メートルくらいは吹き飛ばせるんじゃないかしら」

「.........」


自分で質問しておいて、俺はエスティの言葉に引きそうになってしまった。それほど、強打バッシュ人間を20メートル吹き飛ばすというのは途方も無いことなのだ。

わかりやすく比較すると、俺の全魔力を出し切った強打バッシュでも、5メートル前後というところだろう。20メートルともなれば、....多分普通に走っている車位の威力があるんじゃなかろうか。エスティも「頑張れば」とは言っているが、流石にあの高速移動にも頷ける。


「とりあえずやってみるか.....」


問題は強打バッシュを足で使わないといけないということだ。手でやるのは簡単だが、それだとほぼノーモーションから高速移動するという強みが消えてしまう。


「.......ほっ」


ぎこちない動作で俺は足から強打バッシュを放とうとする。何とかぎこちない動作で発動には成功する。しかし「ぽふ」に息を吹きかける程度の威力しか出なかった。


「......」


苦い顔をする俺に、エスティはクスリと笑った。


「まあ、難しいのは最初だけよ。慣れてくれば威力も手でやるのと同じくらいになるわ」


「手でやっていたことを足でやる」という字面程の難しさはないが、例えるなら人間が四足歩行で歩くような。やろうと思えばできるが手際は圧倒的に悪くなるという感想を抱いた。ただ俺もエスティの言うように、慣れれば手に追いついていくと思った。


「要練習だな」


やることがぐんと増えた。しかしそれは、嬉しい悲鳴とも言うべきやる気の燃料となるのだ。


「そういえば、師匠。この技はなんて言うんですか?」

「これはね、『急駛ダッシュ』よ!」

「ダ、ダッシュ....?!」


…..ダサいという言葉が出かかったところを、俺は口を噤んで飲み込んだ。強打バッシュの派生技ということで上手く韻を踏んだのだろうが、それ単体で見れば安直という感想しか出てこない。


「どう?」

「......うーん」

「な、なにその微妙な顔はぁ!ダサいって思ってるでしょ!」


俺が反応に迷っていると、エスティが俺の両肩を掴んで揺さぶってくる。


「...いや、カッコいいですよ」

「そう。じゃああんた、使うときに毎回急駛ダッシュって叫びなさいよ」

「はぁ...?」

「最初になんでもやるっていったわよね」


最初にエスティに教えてもらう為、「俺にできることなら大抵のことはする」なんてことを言ったのを思い出す。


「大抵のことなら、ですよ」

「簡単でしょ!」


そんなくだらないやり取りを交えつつ、俺はエスティと練習の時間を送るのだった。


─────────────────────────────────────


そして時は戻り、王都の中心の大通り。そこに広がった煙幕の中。返事がないようなら撃つと言った騎士の男の、10のカウントダウンが終わる。


「3…..2…..1…..0」

(行くぞ!!)


小声で合図を送り、ニーヴァを抱えたまま俺は正面へと駆け出した。前へと進み地面を踏みしめ、俺は心の中でを叫んだ


急駛ダッシュ!!』


瞬間。身体から足元へとすべてが突き抜けるような感覚。そして、俺は地面を蹴った。


「うおおおおおっ!!!」


瞬間移動じみた速さではなく飛距離も短い。エスティのそれには遠く及ばないが、まるで突風に背中から煽られたように。勢いのまま、俺は煙幕の中を走り抜けた。


「なはははっ、楽しいなあ...!」

「アホ、こっちはずっとヒヤヒヤだ」


心の底から愉快という表情で、ニーヴァが笑っていた。


「......ふう。煙に巻いて逃げれたか?」

「へっ、上手くいったみてえだな」


煙幕のお陰で1m先すらまともに見えない状況の中をくぐり抜けてきた。流石に撒けたと思いたいが、念には念を入れておこう。そう思い、俺はニーヴァに話しかけた。


「ニーヴァ、俺に良い案がある」


そう、言った瞬間。


「────銀髪の人」


俺のものでも、サトウのものでもない男の声に、俺は背後を振り返った。


「顔、見ましたよ」

「!」


路地の入口に立っていたのは、中肉中背のメガネをかけた男。姿は見ていなかったが、目の前の男のその口調と声質で分かった。


(───コイツ...さっきの騎士の....!)


そして俺ははっとする。今日という大事な日に、問題を起こした所を見られてしまったことに。

場に一気に緊張感が訪れる。魔族と絡んでいることがグレイブ、ましてや学校になんてバレてしまえばどうなることか。


「ふむ、見られてしまったのでは仕方ないな」

「─────っ?!」


ニーヴァの言葉に動揺したのは俺の方だった。そのニーヴァの言葉からは、つまり「見られてしまったなら、消してしまえば良い」なんてことが読み取れたからだ。


「おい、何するつもりだ.....!」

「まあ見ておれ」

「や、やはり魔族...!なぜこんなところにいる....!」


騎士団の男の方へ向き直り、ニーヴァがその顔を晒した。明らかに人間ではない魔族の様相に、男は少し怯えた様子で銃のような武器を構えた。


「動くな!」

「全く....失礼だな。人の顔を見てそんなに怯えるなんて」


明らかにニーヴァの様子が変わったような気がした。俺は恐怖に硬直しそうになった口を動かす。


「.....ニーヴァ!早まるな!」

「なははっ!喰らうがいいッ!人間!」


俺の声は届かず、ニーヴァは騎士の男へと腕を伸ばし、何かを放った。紫色の煙に巻かれ姿が見えなくなった騎士の男を俺は凝視する。


「嘘だろ.......」


煙は段々と晴れていき、俺は愕然とした。さっきまでそこにいた騎士の男の姿は影も形も残っていなかったのだ。


「どうなってんだ?!」


サトウが驚きの声を上げる。


「ははははははっ!」


そして、ニーヴァの高らかな笑い声が響いた。俺の心には一瞬で自責の念が込み上げてきた。どうすればよかったのか。そんな事が頭を埋め尽くし、膝から崩れ落ちそうになった時。


「わん」


そんな、間の抜けた鳴き声。俺はもう一度騎士の男がいた方向を見た。その鳴き声は、確かにそっちの方向から聞こえたのだ。


「バウッ!」

「なあっ?!」


俺はびっくりして尻もちをついた。突然目の前からまだら模様の子犬が飛びかかってきたからだ。

全く理解できない状況に俺が困惑していると、ミルがその口を開いた。


「もしかして!その犬......!」


その言葉に、俺はやっと状況を理解する。


「なんだ?お主ら、もしかして儂がコイツを殺すと思ったのか?」

「お前.......」


苦い顔で座り込む俺に、ニーヴァはおどけた顔を見せた。どうやら、ニーヴァは騎士の男をこの子犬に変えたのだ。ニーヴァのしたことは分かった。だが、まだ全く安心はできなかった。


「おい、でもあいつはその犬っころに変わっちまったんだろ?」


俺が言いたかったことをサトウが話す。


「安心しろ。それは数時間で解ける。おまけに、かかった前後の記憶が消えるのだ」

「.......!じゃあ、アイツが俺達とあった記憶も.....!」

「ああ、モチのロンだ!」


一気に肩の力が抜けてくる。

ニーヴァはさっきの状況から全てを理解し、俺達のために行動してくれたのだ。


「....助かった、ニーヴァ。ありがとな」

「なはは、お主も助けてくれただろう」


ニーヴァならさっきの騒動くらいいつでも抜けれるだろうと考えたが、俺はそれを心に留めておく。

とにかく気が休まり、一安心だ。


「ねえギン」

「何だ?ミル」


些細な不安の入り混じったミルの言葉。俺は嫌な予感を感じながらそう返事をした。


「大丈夫かな?学校」

「あ」


すっかりと忘れていた今日の目的に、俺は顔を青ざめるのだった。

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