40 新技

俺は群衆の間から顔を出したまま唖然としていた。

魔法学校ノクタリアに編入するために王都レイネールまで来た先で、予想外にも顔なじみの魔族を目の当たりにしたからだ。


一見すると桃髪の、小さな女の子。しかし、フードで少し隠れてはいるが頭には真っ黒の小さい角。離れていても分かる黒い目に、黄色い瞳孔。全く以て言い逃れのできない魔族の様相だ。


(ヴェスの反応からして予想はついていたが、魔族は人間にとって馴染み深いものではない。むしろ....)


群衆の中には、叫ぶ者もいれば、唖然と立ち尽くすものもいる。人間にとって魔族は相容れないもの、もはや敵と言っても良い雰囲気のようだった。


「クソッ......どうする?」


一度きりとはいえ助けてもらい話した仲だ。このまま放って置くのも後味が悪いが─────。


「おい、ギン。てめぇの知り合いかよ」


顔をひょっこりと出してニーヴァを覗いていた俺の背中を叩くのはサトウだった。サトウにしては小さい声で、俺に事情を聞いてくる。


「まぁそうだな......サトウ。悠長に話してる暇はない、あいつをなんとかしてこっから連れ出したい。できるな?」

「ああ、できるぜ」


あれから1ヶ月間、特別なことはなかったが、俺達はチームで依頼をこなしてきた。俺はサトウのならばこの状況を打開できると考えた。


「じゃ、いくぞ?」


すぐさまサトウが前に出てきて合図を出す。俺と、近くまで来ていたミルもそれに頷く。


「っらあ!」


サトウが荒々しい声を上げ、白い玉を騒動の中心に放り投げた。

その瞬間、辺りの人混み全てを覆う様に、真っ白な煙幕が上がった。


「───よくやった!サトウ!」


阿鼻叫喚の嵐の中、俺は煙の中を駆け抜けニーヴァの方へと向かった。


「ニーヴァ!」

「なはは、やはりお主だったか!」


こんな状況の中でも能天気に笑っているニーヴァに、俺は苦笑いを浮かべる。


「お前、こんなとこで何やってんだよ!」

「......この前のお主らの反応から、いけるかと思ったんだがな!」


ニーヴァは眉をひそめながら、どこか乾いた笑いを浮かべた。どうやら以前の俺の反応から人間とも触れ合えるのだと思ったらしい。


「とりあえずこっから離れるぞ」

「おお、そうだな」


この騒動の中心にいては話したいことも話せない。

まずはここから離れようと思った時。


「そこの銀髪の人、その少女から離れないと撃ちますよ」


背後からそんな男の声が聞こえた。


(なんだ....まさか、騎士団か...?)


王都の中で、所謂警察のような役割を果たすのが騎士団という存在。俺の知る中にも、グレイブの友人で騎士団副団長のヘリナがいる。この状態で顔を見られるのはまずいと考え、俺は背を向けたまま足を止めた。


「おい!大丈夫かギ......」


俺に駆け寄りながら名前を大声で叫びそうだったサトウの口を塞ぐ。


(声を抑えろ。俺の後ろに『騎士』がいる.....!......ミルはどこだ?)

(俺の後ろだ)


煙幕で見えづらいが、サトウの後ろにミルがいることを確認する。


「......聞いていますか?返事がないようなら、10秒後に撃ちますよ」


背後でカチャリと音がした。後ろで何が起こっているのかは分からない。しかし俺の心には全くと言っていいほど動揺がなかった。


「10…..9…..8……」

(.....コイツのカウントがゼロになった瞬間、俺の『新技』を使って真っ直ぐ前に抜ける。着いてこれるか?)


その言葉に、サトウたちが頷く。そして俺は静かに男のカウントを待った。エスティから教わった、第二のスキルを使う機会を─────。




遡ること数日前。

俺がいつものように、エスティ師匠と一緒に練習に励んでいたときだった。


「まだまだあたしには及ばないけど、なかなかやるようになったじゃん」


最初の頃と比較して格段に上達していた俺の強打バッシュを見て、エスティがそう言った。エスティにしては珍しい褒め言葉に、俺は怪訝な顔をする。


「なんですか急に、怖いですよ」

「.....はあ?別に、ただ褒めただけでしょ」

「それが怖いんですよ、師匠。いつもみたく、『まだまだあたしには全く及ばないわね!もっと必死で練習しなさい!』って言ってくださいよ」

「あんた、あたしのこと何だと思ってるのよ.....」


エスティは一つ、ため息をついた。そして少し恥じらうように横目で呟く。


「あんたが毎日、ずっと練習してるの知ってるから。当然でしょ」

「くく...そんぐらいでそんなに恥ずかしがるんですか。やっぱ、師匠は師匠ですね」

「なっ....!」


今度は恥じらいと怒りの籠もった表情に変わった。


「う、上手くなってるから新しいのを教えようと思ってたけど.....やっぱり辞める!」

「ちょ!何言ってんですか!」


興味をそそられる話に、俺は必死で食い下がる。強打バッシュを一ヶ月近く練習してきて、そろそろ次の段階に進みたいと思っていた所での、この話だ。引き下がるわけにはいかない。


「教えて下さいよ、師匠」

「........」


手を合わせて懇願する俺に、エスティが目を細めて睨みつけてくる。


「......はぁ、じゃあこうしましょう」

「ん?」


不機嫌そうな顔は一転。悪いことを思い付いたようにエスティは白い歯を見せた。


「もう一度、あたしと勝負しなさい!勿論、ハンデなしよ!」

「.........へえ、いいですね。また勝てば良いんですか?」

「いやいや、あんたが本気のあたしに勝てるわけ無いから!特別に負けても教えてあげるわ!」


要するに、俺にリベンジがしたかったということらしい。最早上機嫌になっているエスティと同じく、俺も少しワクワクしていた。ここ最近の成果を試せる絶好の機会でもあり、今の実力を測る事もできる。


「まあでも.....あんたとまともに戦ってたら日が暮れちゃうわ。.....周りの壁にあたったら負け、それでどう?」


確かにそれは一理ある。そもそも攻撃力の低い前衛同士が戦っても長引くのに、俺の防御力だ。条件をつけなければいつまで経っても終わらないのが目に見えている。


「分かりました」


俺はエスティの提案を承諾する。


「うん。それじゃあ、早速始めるわよ。よーい........どん!」


その、次の瞬間のことだった。


「はっ.......ああっ?!」


突然やってきたのは腹に響く衝撃。そして気づく、俺はエスティに殴られたということを。

しかし最早遅かった。俺はそのまま後方へと吹き飛んでしまった。


「ばいばぁーいっ!」

「ぐおおおっ...!」


元々俺が居た位置からエスティが手を降ってくる。勢いよく転がる俺はなんとか踏みとどまろうとするが、止められない。そしてドスンと音を立て、そのまま俺は背中から外壁に激突してしまった。


「残念!あんたの負け!」

「あーくそっ....!」


俺の負けだ。周りの壁にあたったら負けという条件を踏んでしまった。.....正直全く、何が起こったのかわからなかった。俺は負けの悔しさよりも、分からないまま負けてしまったことの悔しさを感じていた。


「ふん!まあ、あたしが本気になればこうなるってことよ!」


と、鼻を鳴らして勝ち誇った笑顔を見せてきた。その顔を見ていると苛立ちも覚えてくる。だが同時に、今の技を習得できると考えることもできるのだ。


「なんなんですか?今の」


ぱたぱたと塵を払いながら立ち上がる。


「えー?やっぱり教えるのは勿体ないかしら」

「くっ、コイツ.....」

「じゃあほら、教えてもらうんもらうんだったら、それ相応の態度があるでしょ?」


鼻につくようなうざったらしい口調だが、仕方あるまい。


「.....教えて下さい」

「何ーっ?聞こえないんだけど」


エスティがわざとらしく耳に手を当てて近寄ってくる。畏まって教えを請うくらい普通にできるはずなのに、こうも煽られると段々と苛立ってくる。しかしそんなことを考えても仕方ないので、俺は意を決して全力で頼むことにした。


「....お願いします!教えて下さいエスティ師匠!」


少しの沈黙から、段々とエスティの口角が上がっていく。そしてエスティは満足げに笑い出した。


「ふふふ、いいわ!」


俺の方へびしりと人差し指を真っ直ぐ伸ばし、言い放った。


「前衛の極意その2!教えてあげるわ!」

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