19 ダイヤモンドと子猫

「間に合えっ────!」


洞窟の入口をめがけて走る。もう、あと少しの距離まで近づいてきた。

あと少し。だが一つ目の巨人は諦めていなかった。


『オオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


強風のような咆哮が押し寄せてくる。辺りのもの全てを揺るがすその声に、俺は思わず足を止めてしまった。そして目にする。咆哮を上げながら一つ目の巨人が巨岩を持ち上げている姿を。


(────また投石...?!あの大きさは俺でも受けきれるか....?どうする?....いや、今はミルシェも抱えている。俺は無事でもミルシェはどうなるかわからない.....!)


避ける。

俺はそう選択し一つ目の巨人が投げつけると同時に回避行動をとった。その瞬間、そんな俺を嘲笑うかのように、一つ目の巨人が笑ったような気がした。


(まさか────コイツ!!!)


飛来する岩石に、俺は目を見開く。

一つ目の巨人が狙っていたのは端から俺じゃなかった。

────岩は、俺達の向こうへと通り過ぎた。


「... うそ.....!」


ミルシェが驚愕の声を上げる。

岩石が飛んでいった方向。それは、だったのだ。

それは大きな音と土煙を立て、入口に激突する。

二人はそれを凝視する。舞い上がっていた土埃が晴れていき、緊張感の中、それは露わになった。


「..........まじかよ」

「そん、な....洞窟の入口が.....」


洞窟の入口は、岩石によって完全に塞がれていた。

二人を深い絶望が襲う。ただ一つの希望が今、潰えたのだ。だがそんな絶望感に浸る暇は無かった。

地面から伝わる重い振動に、俺達は背後を振り返る。

そこには余裕の風格で歩み寄る巨人がいた。今しがたこちらの作戦を完全に打ち砕いた、絶望の根源。そのゆっくりとした歩みを前にして、俺もミルシェも一歩たりとも動くことができない。


「.....ど、...ギン.....どうしよう...」


ミルシェは完全にパニックになっている。

まさに「絶望」という言葉のふさわしい状況。なのに、なぜか俺はさっきよりも冷静だ。それは「絶望」という二文字から、とある言葉を思い出していたからかもしれない。「折れるな」というフィオレの言葉を。俺は今までそうしてきて、何度も強敵を破ってきた。だからだろうか、今もそうすれば大丈夫だという自信が湧いてくるのだ。


「ミルシェ、落ち着いて聞け」


俺はミルシェを降ろし、その肩を掴んだ。


「ギン.....?」

「俺が隙を作る。そこであいつに、お前の一番デカいを撃て」

「........!!」


俺は冷静に考え、勝機はミルシェのそこにあると考えた。案の定、俺の言葉にミルシェは目を丸くする。なんで知っているのかと目で訴えてくるが、俺は押し通す。もう残された時間は少ないのだ。


「できるな?」

「......で、でもそしたら────」

「俺が巻き込まれちゃう、か?」

「!」


ミルシェは昔、自分の魔法が暴発したことで仲間を傷つけた。それは深い心傷トラウマとなって今もミルシェを縛り続けている。誰かの近くで魔法を使うというのはこいつにとってとても難しいことだ。こんな状況で真剣に説得しても、パニックになるだけかもしれない。だから俺は小馬鹿にするように、冗談めかして話した。


「アホ!お前の魔法くらいじゃ傷一つつかねぇよ!」

「え....?」


俺の想像通り、この場に似つかない俺の戯けた言葉に、ミルシェはぽかんとした。


「見ただろ?さっきの。俺はとにかく硬いんだよ」

「.....う、ん」


まだミルシェは上手く決断できていない。だが俺は確信する。さっきよりも確実に、ミルシェの気は緩んでいるはずだ。そしてそうなればもう、強い言葉で背中を押すだけだ。


「信じてるぞ、ミル!」


俺はミルシェに強い眼光を向けた。そして彼女が仲間に呼ばれていただろう愛称を口にした。


「.........!」


俺はミルシェの返答を待たず、後ろを振り返る。巨人はもう近くまで来ているのだ。俺も彼女を信じ、ただ自分の役割を果たすだけだ。あいつはきっとやってくれる。


「グオオオッ!!」


振り返った俺へと、一つ目の巨人は大きな棍棒を振りかぶった。

それを見た俺は、迷わずそこへ走り出した。


ミルシェの怪我は、間違いなくあの棍棒によるもの。投石であれば、逃げるときに俺に情報を伝えたはずだからだ。ミルシェは倒れるほどのダメージを負わされたが、逆に言えばその程度。俺なら確実に耐えられるはずだ。まぁ、多少賭けにはなるが。


(来い....!意地でも耐えてやる....!)


一つ目の巨人が俺の頭上へと棍棒を振り下ろす。俺はそれを受け止めるように、左腕を頭上にかざした。


「ぐぅおおっ....!!」


足までしびれる衝撃が伝わってくる。棍棒が腕に直撃した。思っていたよりも強力だが、耐えられないほどじゃない。


「.....へへ、強烈な通行料だな.....!」


流石に左腕はもうバキバキだ。

だが、もうここは一つ目の巨人おまえの懐だ。


(いくら強力な生物とはいえ、コレに動じずにはいられまい......!!)


俺は瞬時に自分の着ている麻の服を脱いだ。

そして右手でそれを、一つ目の巨人の顔めがけて投げつけた。


「喰らいやがれ.....ヘドロスライムの匂いがたっぷり染み込んだ服だぜ」

「!」


ばふりと麻の服は巨人の顔を隠すように覆いかぶさった。

一瞬、一つ目の巨人サイクロプスは動きを止め、その場に静寂が訪れる。

しかし、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。次の瞬間。俺たちのいる森から、全ての生物が逃げ出した。


「グゥアアアァァアアアァアアアッッッ!?!!!?!!」


今までの咆哮とは比にならない、絶叫。それは森中へ轟いた。

至近距離でそれを受けた俺は、鼓膜がはち切れそうになりながら必死に耳を抑えた。そしてすぐに冷静さを取り戻す。まだ、作戦の途中なのだ。

俺は後ろを振り返る。もし彼女が不安に立ち竦んでいるなら、背中を押さなければいけないからだ。


振り返ると、ミルシェと目があった。

体はボロボロで、立っているのもやっとなのだろう。しかし、その目には確固たる強い意志が宿っていた。そして前に突き出した両手の内側には、燃え盛る大きな炎の球があった。


どうやら、信じきれていなかったのは俺の方だったようだ。

魔法を構えるミルシェに、ああ大丈夫だと、俺は強く頷いた。するとミルシェは意を決したように頷き返した。そして放たれる。


爆炎球ブレイズボム!!!』


炎の玉が発射された。

それはまっすぐに、悶える一つ目の巨人サイクロプスの顔面へと向かう──────。


視界が真っ白になった。

この世界に来たときのような、世界を包み込むような閃光が迸った。


そして耳がキーンとなる爆音とともに、灼熱が伝わる。ミルシェの魔法が炸裂したのだ。

俺の全身を、広がった爆炎が全身を包み込む。しかし、それほどダメージは受けていない。俺は魔法への耐性も備えているからだ。


だんだんと視界を覆っていた爆煙が晴れ、周りの景色が鮮明になっていく。

俺が最初に見えたのはミルシェの顔だった。

膝から地に伏して、泣きそうな、深い絶望に苛まれている顔。


多分、暴発したんだろう。昔仲間を傷つけたときみたいに。でも、俺は全くもって元気なのだ。

だから俺はあいつには悪いが、そんな姿を見てどうしようもなく馬鹿らしく思えてしまった。


「くく........ははははっ....!」

「ギ.....ン...?」

「何うずくまって泣きそうになってんだ........効かないって言ったろ?ミル。俺はピンピンしてるぜ」


俺がそう言うと、ミルシェは唖然とした。俺の話は理解していたつもりだったが、全身黒焦げになった俺を見た瞬間、頭が真っ白になったのだろう。

俺だけでなくミルシェの近くまで、辺り一面黒焦げになっていた。そのおかげというべきか、巨人はピクリとも動かず直立している。


「....よ、よかった....よかったぁ......」


力が抜けたように、ミルシェが安堵の息を吐いた。その目からは、微かに涙が溢れていた。


「もし、私の魔法で......ギンが大怪我をしていたら.....いや、それよりもっと─────」

「......ミルシェ」


何を想像したのか、ミルシェが怪我を抑えながら暗い顔をする。俺が名前を呼び肩を掴むと、びくりと背中を揺らして俺の方を向いた。


「アホか。何度も言ったろ?」

「.....私の魔法は......ギンには効かない....?」

「ああそうだ」


ミルシェに強い眼差しを向け話を続ける。


「お前の魔法はすぐ暴発するんだろ?ラケーレに全部聞いた。そのせいで仲間を傷つけたことも知ってる」


「仲間を傷つけた」という俺の言葉に、ミルシェが怯えたような顔をする。


「だがな、俺には効かない。さっき見たようにな」

「......」

「わかるか?お前はいつでも魔法を使って良いんだ」

「....いいの?私が魔法を使っても....大丈夫なの....?」

「いつでも使え。いくらでも耐えてやる.....!」


遂に、いろいろなものがミルシェの心へ押し寄せたようだ。


「.....う、...うぁっ....ぁあああっ」


そんな微かなものを皮切りにして、ミルシェは咽び泣いた。張り詰めた緊張や、混ざりあった感情を全て吐き出すように。そんなミルシェを、俺はただただ見守っていた。


短い、しかし壮絶な戦いが幕を下ろした。

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