18 一難去ってまた一難

「おい、どんだけ離れんだよ.....!」


ミルシェに近づくと同じ距離を離される。あの後目を覚ましたミルシェは、辺りのヘドロのあまりの臭さに何度も失神した。そしてやっと匂いに慣れてきたわけなのだが、ヘドロまみれの俺には相当な距離を取るようになったのだ。


「......確かこの辺に川があるんだよな?」

「うん、あっち」


鼻をつまんだ声でミルシェが肯定し、方向を指さした。


「じ、じゃあ体洗ってくるわ」


自分では慣れてそこまで匂いを感じないが、こうも露骨に嫌がられると焦りを感じてくる。このまま一週間臭いままかもしれないのだ。俺はそそくさと、ヘドロを落とすため川へと向かった。


森の中を歩いていくと、しだいに水の音が聞こえ始めた。そして見えてきたのは細く浅い小川だった。


「ちまちま洗うのは面倒だな......!」


バッグを川の隅に置き、俺は小川に沈むように寝転がった。


「ふぅ────…..」


ちょうど顔だけが出る位の浅さだ。思ったよりも冷たかったが、汗とヘドロが流される感覚が気持ち良い。手で体についたヘドロを払い、特に汚い上半身は服を脱ぎ裸になった。


「こりゃあ、上の服はもうダメだな」


シンプルな麻の服。キャラクタークリエイト後からずっと着ていた服だ。この3日間はいろいろな事があったので、既にあちこちがボロボロだ。それに加えて今回の件でヘドロまみれになった。


「上以外もヘドロ付いたし、どうせ一緒か」


全然使える服もあるが、一週間は着れなくなるだろう事は確かだ。

川の水で汚れを落とし、水を絞って匂いを嗅いでみる。


「う.......」


見える汚れは全部落としたが、直接嗅いでみるとどうしても臭い。慣れてきたのにこれなのだからきっと相当臭いのだろう。洗って尚ここまでとは、恐れ入るな。生乾きなのも相まって気持ち悪いが、とりあえずまた服を着直した。


「てか......来ないな、ミルシェのやつ」


距離を取って着いてくると思っていたが、近くにいるようには思えない。いつまでもあのヘドロまみれの場所にいる訳が無いのだが......。


「────ギン!」


俺の歩いてきた方向からミルシェの声が聞こえる。ただその声には、明らかにいつもとは違う焦りや必死さがあった。そして同時に、足元へ地面の揺れる感覚が伝わる。


「逃げて!!」


その声に、俺は完全に緊急事態だと察する。

茂みを割って、そいつは現れた。

人間の二倍近い身長に、異形の角と、目。


一つ目の巨人サイクロプス......!」

『グオオオオオオオオオオオ!!!』


そいつは森を揺らすほどの雄叫びを上げた。そして迷うことなく、その単眼は俺とミルシェを捉えた。


「はぁ..はぁ.....逃げよう...!あいつは中級上位のバケモノ...!」


肩を並べ走り出す。ミルシェが言うには一つ目の巨人サイクロプスは、中級の中でも上位の魔物らしい。ミルシェは中級だが、言い方的に勝てないレベルなのだろう。ひとまず逃げるしかないようだ。


「.....おまえ、大丈夫か...?」


よく見ると、ミルシェはところどころ怪我をしているようなのだ。


「大丈夫...ちょっと転んだだけだから」


不安な表情を向ける俺に、ミルシェは大丈夫だという。しかしその青ざめた表情からはとてもそう思えない。


「ホントかよ...」

「ゲホッ....ゴホ...!」


ミルシェが口から血を吐き出した。無理やり走っているが、見るからに限界だ。


「やっぱり...!あいつの攻撃を食らったのか.....?!」


くそっ────落ち着け!

焦りが、頭を真っ白にさせる。石像が落ちてきたときとも、闘技場で戦ったときとも違う。圧倒的強者からの明確な敵意。初めて、自分の死が近づいてくる。


「ミルシェ!!」


限界は思ったよりも近かった。ミルシェが、俺の視界から消える。

足を止め後方を振り返ると、ミルシェは地面に転がりその足を止めていた。


「っ....!」


立ち上がる様子は無い。

俺は迷うことなく荷物を捨て、ミルシェを抱え上げた。そして迫りくるサイクロプスを確認し、再び走り出した。


「おい!俺はどこに行けば良い!教えろ!」

焦燥を隠す余裕なんて無く、俺は必死に問いかけた。腕の中で苦しそうにするミルシェが、口を開ける。


「....このまま.....真っ直ぐ」


無言でその言葉に答え、走り続ける。しかし絶望的にも、巨人は背後から着実に距離を縮めている。俺の前方まで、巨大な体からさした影が被さった。


「......!」


ただ不幸中の幸いというべきか、その影は俺達に味方をした。それは、後ろを見ずとも奴の攻撃を教えてくれたのだ。


「っぶねぇ....!」


影のお陰で一つ目の巨人サイクロプスが棍棒を振りかぶっているのが分かった。俺は咄嗟に横へ飛び込み、間一髪でそれを回避することができた。棍棒で地面を叩きつけた一つ目の巨人サイクロプスは、大きな隙を晒している。

その隙に、俺はミルシェの言った方向へ走り抜ける。すると段々と木々が少なくなり、ごつごつとした岩場が見えてきた。


「この先に....小さい洞窟が、ある」


体を少し起こし、ミルシェが辺りの景色を確認する。そして洞窟の位置を指さした。


「あれか!」


確かにミルシェの指す方向には、人間がちょうど入れるくらいの小さい洞穴があった。


「ギン!伏せて!」


突然、後方を見ていたミルシェが警戒の声を上げた。

俺は咄嗟に姿勢を限界まで低くする。次の瞬間、俺の体の真上を巨大な岩石が通り過ぎた。


「投石か!」


一つ目の巨人サイクロプスは俺達に向かって大きな岩を投げつけてきたのだ。


「気をつけて...もう一発くるよ...!」


後ろを見たミルシェが警戒の声を上げる。

─────しかし、俺は構わず洞窟の方へ走り出した。


「心配すんな、俺に任せろ....!」


不安そうな顔をするミルシェへ、俺は自信満々にそう言った。

そして岩石が投げられた。その軌道は確実にギンを捉えている。だがギンは避けない。

そのまま真っ直ぐ洞窟へと走るギンへと、直撃する。


「え....?」


スイカより二周りは大きな岩石が、俺の背中に当たった。だが、少し衝撃を受けて体勢を崩しそうになっただけで、俺はそのまま走り出した。そんな状況に、ミルシェは意味がわからないとばかりに唖然とした顔をした。


「ん?....言ってなかったか?」

「?」

「俺に生半可な攻撃は通らない、わかりやすく言えば『すごい硬い』のさ」


ミルシェは俺の言葉に、意味がわからないという顔をした。

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