12 新たな道
カツカツと音を立てて薄暗い通路を歩くのはヘリナとグレイブだ。
二人は「先生」に会うため、闘技場の地下へと来ていた。
「えーっと....この辺だっけ」
「ああ、───ん?」
両側に無数のドアが立ち並ぶ闘奴たちの住処。「先生」のいる部屋を探していると、ヘリナが前から歩く人影に声を上げた。
「........あ!」
「先生...!」
白髪の美少女フィオレ。先生と呼ばれる彼は、ギンと同じ部屋で過ごすその人だったのだ。
「もしかして試合を?」
グレイブは
「うん、見てた」
「気になる人でも?」
「───あのギンは、私ののルームメイト」
口元に僅かな笑みを見せ、フィオレがそう言った。その言葉にヘリナとグレイブが目を丸くする。
「へー!そうなんだ!」
「なるほど.......」
二人はそれぞれ、納得したような表情を見せる。
「それで、なにか用?」
「.......前にも話した件なんですけど.....王都の学校で教師をしてほしいんです。先生ほどの人がこんなところで埋もれているなんて───」
グレイブが
「....いいよ」
いつもどおりの、抑揚のない小さな声。そんな一言に、ヘリナとグレイブは石の様に固まってしまった。そして数秒間の沈黙の後、二人は驚愕を全身に表した。
「!」
「え!先生....いいの?」
「でも、ひとつだけ条件がある」
頼みという言葉に、喜びかけたグレイブが気を引き締める。真剣な眼差しで次の言葉を待つグレイブに、一拍おいて
「──ギルドか騎士団に、ギンを入れて」
フィオレがグレイブに、真っ直ぐと視線を送る。さっきの戦いに勝利した銀を、ヘリナとグレイブの所属する組織に入れてほしい。そう、
「....闘奴を辞めさせたい、ということですか。....確かに彼は強かった。でも........ここと違ってギルドや騎士団では死ぬ危険がありますよ」
「.....君達が入ったのも彼ぐらいの頃だった」
グレイブが眉を顰める。
その言葉を、当のヘリナとグレイブは否定することが出来なかった。
「────わかりました」
グレイブが、穏やかな笑顔でそう言う。昔から変わらない、若い芽を育てる
「ヘリナ、騎士団は多分無理だよね」
「うん、色々難しいところがあるかなー。前例がないし」
「こっちは何回かそういう事例がある。ギルドが受け入れましょう」
ヘリナと確認を取り、グレイブは改めて
「そう。なら私も引き受ける」
「お願いします」
遂にグレイブと
「ではこっちで確認を取ってくるので、また来ます」
「うん、待ってるよ」
──────────────────────────────────────
がちゃりと、医務室のドアが開いた。
「どう....?調子は」
「お、フィオレ」
そんなフィオレとともに入ってきたのは三人の男女。そして真っ直ぐと、俺の近くまで歩いてきた。
「君がギンだね。僕は冒険者ギルドバレオテ支部長、グレイブ・アインガーだ」
そう話すのは短い金髪の青年。続いて傍に近寄ってきたのは、紫色のショートカットの女性だった。
「私はレイネール騎士団副団長ヘリナ・ハイニ。よろしくねー」
「────え?」
グレイブ、そしてヘリナと名乗る二人だが、その名前の手前についている仰々しい物が頭から離れなかった。....冒険者ギルドバレオテ支部長。そしてレイネール騎士団副団長と、そう言っていたはずだ。
突然のことに目を白黒させる俺に、更にグレイブはとんでもないことを言ってきた。
「単刀直入に言う。冒険者ギルドに入らないか?」
グレイブの言葉に俺は唖然とする。
俺の理解が正しければ、これには覚えがあった。というのも、スカウトされることによって闘技場を抜けることができると聞いたのは、つい昨日のことだったのだ。
つまり目の前のグレイブという男は俺をスカウトしているということになるが、なんにせよこの早すぎる展開に全くついてこれていない。すると、俺の心の内を呼んだのかフィオレが口を開いた。
「.......隠しても仕方ないね。ギン、私がスカウトした。この二人は知り合い」
フィオレがそう補足する。ややこしい話だが、フィオレがグレイブに対して俺をスカウトしたということなのだろうか。....薄々感づいてはいたが、やはりこのフィオレは只者じゃないと再認識する。
「....いいんですか?」
「そうかしこまらなくても、ラフに接してくれて良い。本来は試験とかを受けなきゃいけないんだけど、君の実力は僕が保証する。歓迎するよ」
俺が困惑を含んだ確認を取ると、グレイブが気さくな笑顔でそう答えた。
「くくっ、......奴隷になって次の日には冒険者か」
「ええ」
苦笑いにもにた笑いを浮かべていると、ヘリナとグレイブの後ろから歩いてくる人がいた。
「......レナ....!」
「はあ、早すぎですよ」
気怠そうに歩く女性は、アントム男爵の秘書兼事務長のレナ・ウェルニ。
俺が奴隷になるときに世話になったあの人だった。
「どうでしたか?奴隷生活は」
「まあ、悪くなかったな」
そうは言いつつも、俺はかなり楽しかった。それは表情にも現れていただろう。
「───そうですか」
レナがまた、闘技場に入る前に見せた誇らしげな顔をした。
「よかったな、銀髪!」
「ああ....!」
俺を医務室に運んだ髭面の男が、豪快に背中を叩いてきた。そして、レナが紙を取り出した。俺の奴隷契約書だ。
「これを燃やします。そしたら、晴れて冒険者ですね」
小さな火がレナの右手に灯った。闘奴になった日に、フィオレが見せた火魔法。
それは紙に触れ、ゆっくりと燃え移っていく。
「出会ったばかりだけど、お別れだね」
そんなフィオレの声。
一つの転換点にしみじみとしていると、紙が完全に燃え尽き、塵になっていった。
奴隷の契約が解除された。────闘奴になって二日目、俺は冒険者となった。
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