11 観戦する者たち

闘技場の中でも一際豪華な席。国の重鎮や、VIPの座る貴賓席だ。

そこに鎮座するのはレイネール騎士団副団長ヘリナ・ハイニと、冒険者ギルドバレオテ支部長グレイブ・アインガー。


今日でバレオテという町ができて10年になる。

町中で色々な催しが行われ、国中から人が集まっている。副団長ヘリナ・ハイニもその一人。彼らが闘技場ここに集まっているのは、今ここが祭りの休憩所のような場所になっているからだ。


「んーやっぱこれ最高」


副団長ヘリナ・ハイニが蕩けた顔で食べるのは、細長いリンゴのような果物『モロヤイ』だ。


「だよね」


隣に座るのは支部長グレイブ・アインガー。2人とも若くして今の地位に就いた実力派であり、年が近い故仲がいい。紫色のショートカットで、小柄の女性がヘリナ。短い金髪の青年がグレイブ。2人が並んでいるとまるで兄弟のようだ。


「もうすぐ始まるみたいだねー。グレイブは闘技場ここ来たことあるんだっけ?」

「ああ、何回か来たことある。次に戦うこのグラムって男は見たことあるね」


グレイブが貴賓席の、前に取り付けられた小型の掲示板を見る。


「相手のギンって人はー?」

「聞いたことがないね。ただプロフィールによると、小柄な少年らしい」


「ふーん」と言ってヘリナが掲示板を見る。

掲示板には参加者の大まかなデータや、賭けのオッズなどが載っていた。


「どっちに賭けたのー?」

「グラム、前に見た感じ結構強そうだったよ。小柄で若いって聞いちゃうとどうしてもね」

「でもさー、私みたいなパターンもあるでしょ?」


ヘリナの雰囲気が変わる。副団長ヘリナ・ハイニ。

若くして副団長まで上り詰めた彼女は、その小柄な体躯に強力な力を秘めているのだ。見た目で強さは測れない。そう言いたいのだろう。


「........そんなに君みたいなのが居ては困るよ」

「まーねー、私もグラムにしたよ」


グレイブの言葉にヘリナは機嫌がよさそうな顔をする。そんな話をしていると、貴賓席に新たな来客がやってきた。


「ん?」

「────フン.....貴様らか」


2人の座る席から一つ空席を跨いで、小太りの中年男性が腰を下ろした。


「アントム男爵.....!」

「男爵もここ来るんだね」

「偶にな」


男爵が闘技場へ来たのを面白そうに、ヘリナが質問する。


「男爵はどっちに賭けたのー?」

「.......ギンだ」


一瞬の間をおいて男爵は「ギン」と答えた。意外な答えに、2人は驚いた顔をする。


「へー!意外だね」

「男爵は結構堅実なイメージだったけど、勝負に出たのかな?」


グレイブの言葉に対する男爵の雰囲気は、勝負に出たというより、自信を持って選んだという感じだった。腕を組んで無言のまま座る男爵に、ヘリナが不思議な顔をする。


アントム男爵がギンを選んだのは、勿論単なる当てずっぽうではない。ヘリナやグレイブとは違って、男爵は実際にギンをその目で見て、情報を得ている。そこから、ギンには男爵を賭けに出させる何かがあったのだ。


「.......石像の分、ここできっちり回収させてもらうぞ」


横に座る2人へ聞こえないくらいの声量で、男爵が呟いた。


「お、始まるかな」


グレイブの言葉と同時に、入場の門が開かれた。

2人の戦士が入場してくる。


「うーんやっぱり弱そうだよ、ギン」


小柄の少年を見てヘリナがそう言う。闘技場もざわつき始め、どう見てもギンが戦えるようには思えなかった。しかし男爵の様子は依然として変わらない。その自信に、2人は黙って観戦することにした。


ギンの突進から試合が始まった。大きな盾でタックルするが、簡単に防御される。

弾いた隙に、綺麗にグラムの攻撃が入った。


「あっ」


堪らず後方へよろけるギンに、思わずヘリナが声を上げる。やっぱり戦いになりそうもないと思ったのだろう。しかし、次の瞬間に不思議なことが起こった。


「......あれ?」

「攻撃を受けた演技をしてた......?」


よろけたのを見て追撃に動いたグラムに、ノータイムでギンの反撃が迫ったのだ。

グラムの追撃に対する反応は、攻撃を受けてよろけていたもののそれではなかった。


「今の反撃は狙ってたとしか思えないね。うまくガードしてたか───」

「いや、グラムの攻撃は確実に入ってたよ?やっぱり痩せ我慢してるだけなんじゃ.....」


チラリと横に座るアントム男爵の方を見ると、少し広角を上げているように見えた。


「あ、男爵!やっぱり!教えろー!」


絶対なにか知っている考え、ヘリナが男爵を問い詰める。


「.....フン」


そう鼻を鳴らす男爵はいつもとは違い、2人に勝ち誇ったような雰囲気だった。


「.....く!......で......でも、まだわかんないよー!」

「落ち着いてヘリナ。全然序盤だから」


張り合いつつも既に焦りまくるヘリナに、グレイブが落ち着くように言い聞かせる。グレイブは以前にグラムの戦いを見ている分、余裕があるようだ。そんなことをしてるうちに、再びギンが攻撃を仕掛ける。


「それはまずいよー?」


ヘリナがにやりと笑う。

グラムはギンの攻撃を警戒してハンマーを構えている。そんなところに突進しては迎撃されるだけだ。やはりグラムのほうが上手だと、ヘリナは得意げだ。

そしてその通り、前に出たギンへと迎撃の一撃が振られた。ハンマーはそのまま、ギンの頭に当たる───。


「.......ええっ!?」

「........!」


ヘリナとグレイブが驚愕に目を見開く。

当たる直前に腕を割り込ませたようだが、思いっきり振りかぶったハンマーが直撃した。良くてさっきのように後方によろけるか、悪ければそのまま吹き飛んで気絶してもおかしくない。それなのにギンはあろうことか、受けながら平然とグラムへ盾を叩きつけたのだ。


「さっきのも.......もしかして防御魔法......?」

「いや、使った素振りは無かった。単純にステータスが高いとか?」

「.....あんなハンマーまともに食らったら、私でも結構効くかも」


さっきまでの張り合いから一転、プロとしての考察が始まった。

グレイブは単純に攻撃が効かないほどステータスが高いのかもしれないと思った。しかし、彼の知る中でも相当ステータスの高いヘリナの言葉を聞き、難しい顔をする。


「また受けながら攻撃してる」


ギンはグラムの攻撃をものともしない。

無防備なグラムに盾を振り下ろした。ギンの怒涛の連撃が始まる。


「完全にペースをつかんでるなー」

「......もしかして」

「何か分かった?」


グレイブがあることに気づいたような素振りを見せる。


「いや、防御の仕組みはわからない。けど.......多分防御が固い代わりに攻撃力は低いんじゃないかな」

「───確かに!さっきからがっつり攻撃入ってるのに、グラムにはまだ余裕がありそうだね」


ギンについて考察をしていると突然、グラムが鉄のハンマーを放り投げた。


「....武器を捨てた?そうだね、このままだとギンに流れをもっていかれる。それに、隠し玉も使えるからね」

「隠し玉?.......っていうかギンも武器を捨てたよ」

「拳相手に盾は有効ではないからね。拳同士の戦いか。見ものだ」


2人はただ、目の前の戦いに熱中していた。

ギンとグラム、両者とも武器無しの拳の戦いが始まる。


「出るぞ、グラムの隠し玉が」


グレイブの言葉にヘリナが席から身を乗り出し、グラムのほうへ目を凝らす。


「.........手に、魔力?」

「ああ、ギンは気づいていない。当たるね、あれは」


グラムの攻撃が大して効かないギンは、グラムの攻撃を受ける気でいる。

隠し玉が、ギンへと直撃する。


「ギンが怯んだよ!」

「────『振動魔法』だ。レイネール西部の少数民族が得意とする魔法。攻撃は防げても、流石に振動までは防げないみたいだね」

「これは状況が変わるかなぁ?」

「いや────」


しかし、状況は変わらなかった。ギンは隠し玉を受けて尚、再びグラムに攻撃を仕掛けた。強靭な精神力で「振動」を無視したのだ。


「はは.....隠し玉はギンにとって雑音にしかならなかったみたいだ」


そこからは、完全に殴り合いだった。


「くぅー....ヒリヒリするなぁ」

「グラムも相当タフだね....もう体中ボロボロなはずなのに」


長く、絵面の変わらない戦い。しかし緊張感のある熱い戦いだった。


「もう、10分くらい殴りあってるね」

「見てるこっちも苦しくなってきたよー!」


グレイブとヘリナがそんな事を話していると、ついに殴り合いが止まった。


「.....もう2人とも限界なんだ。これはどっちが勝つかわからないな」

「がんばれー!グラム!」


今まで静観していたアントム男爵が、瞳に熱を宿し、拳に力を込めた。


「ギンが膝をついた!!」

「く......!!」

「グラムー!今だあああー!!」


三人が席から身を乗り出す。

ギンの窮地に、アントム男爵は額に汗を滲ませた。


「────グラムが.....倒れた?!」

「........!!!」

「え........!?」


そして、ついに決着がつく。先に限界を迎えたのは、地に膝をついたギンではなく。───グラムの方だった。ぱたりと前方に倒れたグラムはもう、立ち上がることは無かった。


「うおおおおお!!!」


遂にはアントム男爵が叫んだ。

男爵が賭けていたギンが、戦いに勝利したのだ。


「....あー負けちゃったなー」


ヘリナが悔しそうな顔をする。ヘリナとグレイブはグラムの方に賭けていたので、賭けは負けなのだ。


「でも、面白い戦いだったよ」

「確かに!」


グレイブが清々しい顔でそう言い、それを聞いたヘリナも同調する。しかし横で自慢げな顔をする男爵に、ヘリナはむすっとした顔をした。


「.........」

「ちょっと先生に挨拶してくるよ」

「あ、私も行くー」


二人の言う「先生」という単語に、男爵が一瞬何かと考える。


「先生?......ああ。まだここにいるのか。......ではな」

「そー、じゃあね男爵」

「アントム男爵、また」


貴賓席から出て、男爵と二人は別の方向へ離れていった。

ヘリナとグレイブは、その先生の待つへと進むのだった。

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