8 「今、何かしたか?」

「ん.....?なんだこれ」


薄暗い地下の部屋なのでわかりにくいが、もう朝だ。ベッドに座り、朝食を食べる俺は疑問の声を上げた。朝食の中に見たことのない果物が入っていたのだ。


「それはこの街の特産品、『モロヤイ』」


フィオレがそう説明する。

『モロヤイ』と呼ばれる果物は、細長いリンゴのような見た目をしている。

俺が不思議な顔をしていると、「ほら」と、フィオレが食べるところを見せてくれた。フィオレはモロヤイを右手で持って、先端を噛みぽきりと曲げるように折ってみせた。


「んー.........」


そして、幸せそうに目を細めた。


「おお」


それに倣って同じように食べてみる。見た目の通り、味はリンゴに似ていた。

しかしそれ以外は完全にキュウリ。リンゴ味のキュウリだ。


「うわ!めちゃくちゃうまいな....!これ」


噛むたびにみずみずしい果汁があふれる。歯ごたえもよく、病みつきの食感であっという間になくなってしまった。空になった食器を机に置き、一息つく。


「ごちそうさんっと.......」

「じゃあ、そろそろ」

「お.......!」


二人の顔つきが変わる。


「私の言ったことを忘れずに」

「ああ......!」

「ギン、絶対に勝って」


フィオレがぽんと俺の背中を叩いた。

ついに今、初戦が始まるのだ────。




円形闘技場パウイ。日に数千人を集める、レイネール王国最大の闘技場だ。

常に盛り上がりを見せるこの場所で、今日も戦いが始まろうとしていた。

大きな掲示板に光る文字で「グラム」対「ギン」と表示される。

左右にある、大きな鉄格子の門が大きな音を立てて開かれた。


「ウオオオオオ!!!」


民族衣装を着た筋骨隆々の戦士が入場してくる。

巨大な鉄のハンマーを携えるその男、民族戦士「グラム」が豪快に雄たけびを上げた。それに呼応するように観客も声を上げる。

そして、対角。開かれた門から入場してきたのは────全く対称的な人物だった。


「......なんだなんだ?」

「おい、あいつ大丈夫かよ」


なんて、普段とは違うざわつきが聞こえてくる。

入場してきたのはおおよそ戦えるとは思えない、小柄な少年だったのだ。そのうえ、装備も軽装で持つのはただの盾だった。

その拍子抜けな容姿にグラムも目を見張る。


「.....誰であろうと容赦はせんぞ」


少年に対し、グラムがそう宣言した。





グラムの鋭い目が俺を捉えた。俺の様な少年と相対することに一瞬驚きはしたようが、もはや油断も隙も無いようだ。その風格に、緊張しそうになった心をほぐす為に俺は笑う。


(ビビんな!─────俺は硬い!)


地面を蹴り突進する。

急に接近されたグラムは、防御の構えをとった。


「おらあっ!!」

「.......ふんっ!」


盾でのタックルを、グラムはハンマーの柄で防御する。


「ハッ!なかなか威勢がいいようだが、そんなやわな攻撃では響かないぞ!」


グラムはハンマーの大振りで俺を引きはがし、そのまま強烈な突きを繰り出す。

突きを腹に受け、俺は勢い良く後方へ下がった。


「ぐ........!」


腹を抑える俺に、勝機とみて今度はグラムが駆け出した。


(─────なんてね)

「?!」


反転。

追撃を加えようと振りかぶったグラムに俺は盾で反撃をする。俺は、突きのダメージを食らった演技をしていたのだ。


「.......ぐ!」


盾の一撃を体に受け、グラムは後方に怯んだ。


「突きは上手く防御していたか......!」


距離を立て直し、グラムは俺を睨みつける。

グラムは、俺がどうにか突きを防御したと思っているようだ。もちろん全く効いていないだけなのだが。不意打ちは躱されたものの、これで奴の攻撃力は大体わかった。

───恐らく、グラムの攻撃では俺に殆どダメージを与えられない。


(こっからはこっちの番だぜ!)

「......また突進か?」


再びグラムへ肉薄する。

グラムが、ハンマーの一撃を溜めるように後方に構えた。近づけば強烈な一撃を喰らわせるぞと、そう言っているようだった。しかし、俺は足を止めない。


「甘い.......!これは防御できんぞ!」


地面からかち上げるようにハンマーが振られた。その軌道は確実に俺の頭を捉えている。当たる直前、軌道上に俺は腕を割り込ませる。

────その一撃は、俺の腕に向かって綺麗に直撃した。

しかし、俺はにやりと白い歯を見せ言う。


「.....今、何かしたか?」


グラムは驚きに目を見開いた。



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