7 希望の夜

「......寝れないの?」


一日目が終わる。なかなか寝れずにそわそわしていると、下段で寝るフィオレから声がかかった。


「悪いな、フィオレ」

「来たばかりだから、色々考えるよね」

「ああ...........」

「─────ギン。君の話を聞くよ」


そう言ってフィオレは布団から立ち上がった。

上から見下ろすと、ほんのりと灯りがともっていた。


「それって......!」

「.......火魔法。見慣れない?」


掌の上には小さな炎が浮いていた。

────魔法だ。

フィオレは俺の反応に不思議そうな顔をする。


「........俺の住んでたところは魔法が使えなくてな」


二段ベットの上段から下りる。

彼女の言葉に甘え、俺は奴隷となった顛末を話すことにした。


「魔法が使えない?」

「魔法自体は知ってたんだが、その.....特殊な環境でな。使うこと自体できなかったんだ」


フィオレは深い事情があると察したのか、それ以上は深堀りしてこなかった。


「そんなところがあるなんてね..........それで、なんでこの国に?」

「あー、気づいたら居たんだ。なんでかはわからん」

「......転移テレポート?」


フィオレが眉を顰める。


「どうなんだろうな。しかも、俺の現われた場所が悪かったんだ。ちょうどそこで男爵の石像が運ばれていてな、急に現れた俺のせいでそれが倒れちまったんだ」

「なるほど、石像を倒した罪で奴隷に」

「そう。まったく運の悪いことだ」


するとフィオレが、俺の頭をぽんぽんと叩いた。


「ケチなアントム。たかが石像くらいで、こんな少年を奴隷にするなんて」


驚いて、俺はきょとんとする。

彼女は男爵と知り合いなのだろうか。やはり見た目よりも大人なのだろうかと考えていると、更に話が続けられる。


「まあ安心して。私と同じ部屋になったんだから。2年、いや1年とせずここから出してあげるよ」

「それって.......」

「戦いのいろは、教えてあげる」


フィオレは仏頂面のまま、戦いを教えてくれると、そう言ったのだ。


「こう見えて私、けっこう強いから」

「ま、マジか?」


確かに、強者の雰囲気のようなものは感じていた。

しかし「戦」の「い」の字も想起させないその可憐な容姿からは、まるで本当のように思えなかった。しかし、そんな俺の感想は、次の瞬間には完全に覆ることになる。

────ぶわりと、フィオレの内側から何かが迸った気がした。同時に、俺は体中から鳥肌が立つのを感じた。


「.....どう?」


一瞬で部屋全体が緊張感で満ちる。ピリピリと毛が逆立つような空気だ。

面白そうに目を細めるフィオレとは対照的に、俺は顔を真っ青にした。

これが何なのかは、考えるまでもなかった。


(魔力────ステータスか......!)


俺も然り、魔力を持つものは見た目によらない強さを持っている。

目に見えなかった2人の差が、完全に可視化されたのだ。

さっきまでか弱いという感想すら出てきそうだった女性は、獰猛な獣のようにすら感じさせられた。


「良くわかったよ.......フィオレがバケモンだってことはな.....」

「ギンは魔法というか、魔力のことすらよく知らないんだね」


すると、さっきまでの緊張が嘘のように部屋は元通りになった。

その急激な変化に俺はひとつ息を吐く。

そういえば、ステータスの話になって思い出したことがあった。


「あ────そうだ、思い出した。俺......特殊な体質なんだ。わかるか?フィオレ」


俺の防御力についてだ。

設定したステータスのせいで、まるで鉄や石のように強固な肉体を持っている。

どうすれば伝わるかと考えているとフィオレが手を差し出してきたので、不思議がりながらも手を掴んだ。

すると、フィオレにしては驚いたような表情をした。


「..........これは......すごいステータス.....」

(あるんかい、ステータス.....まあゲームの世界だからな)


この世界はゲームの設定が元になっているのだ。だから日本語でも通じるし、ゲーム用語が使われることがあるのだろう。しかし違和感は拭えないな。苦笑いを浮かべてると、フィオレと目が合った。


「ん?」


真顔で視線を送ってくるフィオレの腕が、ぶれたように感じる。

そして次の瞬間、腹部に強烈な衝撃が響いた。


「なっ.....!!」


フィオレは、何の前触れもなく俺の腹に拳を叩き込んだのだ。


「ふーん....」


腹を抑える俺を尻目に、何か関心したようにフィオレが頷く。


「なん......!」

「ごめん。でも、全然痛くないでしょ?」


俺ははっとする。言われてみれば、吹っ飛びそうな衝撃が来ただけで、ほとんど痛みが無いようなのだ。そ


「......軽めのパンチなら殆ど効かない、これでも普通なら立てないんだけど」

「これで軽めかよ.......」

「正直驚いた。防御力だけで言えば優に私を超えているよ。……他はからっきしだけど」


俺は確かめるのに前ぶりもなく殴ってくる彼女に驚いたが、防御力だけなら目の前の、化け物みたいなフィオレより優れているらしい。

ただ当然、防御面にすべてを投資したのでほかのステータスは0だ。


「これは俄然、楽しみになってきたね.......。ただ、今日はもう遅い。続きは明日の朝」


暗い部屋を照らしていた小さな火が消える。2人はそれぞれベッドに戻り、再び横になった。やっと、長く壮絶な一日が終わった。

心に漂っていた不安は和らぎ、俺はすっと眠りについた。

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