6 闘技場
ここは闘技場の地下。奴隷たちの住処だ。
薄暗い階段を下りながら、レナに言われたことを思い出す。
「ここを進んだ先に、奴隷たちの部屋があります。........今は7番の部屋が空いてるのでそこに登録しておきます。詳しいことは同居人にでも聞いてみてください」
魔法の資料みたいなものを操作し、レナが確認をしてくれたのだ。
長い通路を歩きながら、扉の番号を見て回る。
(えーっと、7…..7……..ここだ!)
扉の上に「7」と彫られたこの部屋が、これから俺の住む部屋だ。
闘奴の部屋は2人で1部屋らしく、7番の部屋にも誰か住んでいるみたいだ。
(───────そうか、俺.........
ひょんなことから俺は奴隷になってしまった。そして認めよう。ここは現実の世界だと。
─────絶望するか?家族とも、友人とも会えなくて。何も知らない街に一人。
そんなことを考えていると、軋む音を立てて扉が開かれた。
「ん........?」
聞こえたのは、落ち着いた女性の声。そして出てきた人物に、俺は目を丸くした。
部屋から出てきたのは同じ「闘奴」とは思えない美少女だったのだ。長く綺麗な白髪をたなびかせ、彼女は部屋から出てきた。
「.........もしかして、新入り?」
「あ、はい」
戸惑う俺とは対照的に、少女はずっと仏頂面だ。
「入っていいよ」
そのまま中に入る少女に従い、俺は恐る恐る部屋の中へと入った。部屋の第一印象は「現代の刑務所」という感じだった。悪い意味ではなく、意外にも綺麗だったのだ。
「おおー結構綺麗だな」
男爵たちが言っていた通り、俺の想像している奴隷とは全然違うようだ。
さっきまでの不安も、少しは和らいだかもしれない。
「私はフィオレ。よろしく」
二段ベッドの下段に座り、少女はフィオレと名乗った。
「....俺はギンだ。よろしくな」
「うん。その辺に座って」
立ちっぱなしで名を名乗った俺に気を聞かせ、フィオレはそう言ってくれたようだ。
しかし座ってくれと軽く叩いた場所がフィオレのベッドだったことに、俺は少し後ろめたさを感じた。
「....じゃあ、遠慮なく」
俺はフィオレの座る位置から、1mほど距離をおいてベッドに腰を下ろした。
すると彼女は少し考えるような素振りを見せた後、口を開いた。
「聞きたいことがあったら、何でも聞いて」
「....ああ.....!聞きたいことなら山ほどある。いいか?」
その言葉にフィオレはコクリと頷いたので、俺は質問を始める。
「奴隷同士で戦いあうって聞いたけど、ルールとかあるのか?」
「.....全然ここのことを知らないんだ。じゃあ、私が戦うときに覚えておくことを、2つだけ教える」
そういうフィオレの顔は、いつもに増して真剣だった。
「『敵を侮らない』。これが1つ目」
「..........『敵を侮らない』?」
俺は思わずその言葉を反芻する。至極当たり前のことのようで、フィオレの言葉には含みがあるようだったからだ。
「当たり前だと思った?」
心を読むような言葉に、俺はドキリとする。
「ギンは最初に私を見たときに、ちょっとびっくりしてた。それは、『私があんまり強そうじゃない』って思ったからでしょ?」
…..確かに、それはそうかも知れない。俺は彼女の外見からあまり「闘奴」らしくないと感じた。それは俺の知らない所で、油断につながっていたのだ。
「誰が相手でも油断しないって、思っているよりも難しい。だから、思っている以上に気を付けて」
彼女はそう言って小さく微笑んだ。
「───頑張って勝っていけば、ここから出れるかもしれないから」
と最後に付け加えられた言葉だったが、それは無性に気になるものだった。
「出れる......?どういうことだ?」
「......5年くらいここで過ごせば普通に出れるってことは知ってる?」
俺はここに来る直前のことを思い出す。
「ああ、確か契約書には4年って書いてあったな。....じゃあ、その長い期間をスキップする方法があるってことか?」
「そう。スカウト」
「スカウト?」
「うん。優秀な人材は特別に引き抜かれる。もちろん元は奴隷だから、厳正な審査を受けるんだけど」
つまり
「フィオレは、いままでそうして抜けたやつを見たことあるか?」
「.......10連勝してスカウトされた人がいた」
「なるほどな。10連勝か」
意外と現実的な数字だったことに、俺は口元に笑みを浮かべる。
俺がフィオレを侮ったように、俺も傍から見たら貧弱そうな少年だ。だが、プロゲーマーとして培ってきた技術がある。それに他の人にない、大きな『防御力』という武器も持っている。
「......私もギンの事、ちょっとだけ侮ってたかも」
ポツリと、フィオレがそんなことを言った。
「ん.....?」
「だって、今のは話を聞いてそんな風に笑う人は初めて見たから」
挑戦的な笑みを浮かべた俺を見て、フィオレがまるで、思い出したかのように遠い目でそう言った。
そして、再び真剣な面持ちへと変わる。
「『折れるな』。それが私の言いたい、2つ目のこと」
「.....『折れるな』...か。そうだな」
今の流れからも、言いたいことは大体わかった。それは特に、プロゲーマーにとっては大事なことでもあったからだ。
この前の決勝戦の日もそうだ。【Red Rhino】の
あの時
そして、今もそうだ。こんな状況に絶望してしまうかもしれない。だが、それでは状況を悪くするだけだ。だからとりあえず今は、眼の前のことに全力で挑もう。
「────ところで、戦い自体はいつ始まるんだ?」
「もう遅いから、明日になる。今日は夕食でも食べて休んで」
「お、夕食」
食事。それはここに来るときにもかなり気になっていたことの一つだ。
「じゃあ、取りに行こう。その机の上の札を持っていって」
ベッドからフィオレが立ち上がる。
洗面台の隣にある、小さなテーブルの上には木製の札が置いてあった。
7-2と彫られているのはこの部屋の2人目という意味だろう。
部屋を出てフィオレと一緒に、まっすぐ通路を歩いていく。
ちょうど闘技場の中心のほうへ向かっているようだ。
すると途中で通路の横に、上へと上がる階段があることに気づく。
「ここって.......」
「うん、闘技場へ上がる階段だ」
ここから戦士たちが入場していくのだ。
明かりが消えて真っ暗だが、そこには言いようのない緊張感があった。
「......若いね、これぐらいで立ち止まっていたら、本番どうにかなっちゃうよ」
ぼーっと階段を見ていると、そんなことを言われる。
確かにそうかもしれない。
「ああ」
威勢のいい顔をすると、フィオレが少しだけ口角を上げた。それと同時に、俺は妙な違和感に気づいた。
(....若い...?)
変な事を考えながら少し進むと、開けた空間があった。奥に小さな窓口があり、そこで食事を貰うようだ。フィオレが窓口に札を見せると奥から食事が出された。それをまねるように、俺も札を見せる。おばさんが「はいよ」と言って、俺の前へ食事を出した。木のプレートの上にはパンとシチューがあった。うっすらと湯気が立って、暖かい空気が肌に触れる。
レナの言葉が思い出される。
「この町の奴隷は、本当に他とは違いますから」という言葉が。
彼女が誇らしげな顔をした理由がわかった気がした。
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