5 プロゲーマー、奴隷になる。

「べ、弁償────?!」


突然の展開に俺は頓狂な声を上げた。石像を壊した犯人として、幸い事故で済まされようとしたその時。目の前の男爵が石像の弁償金を求めてきたのだ。


「大金貨20枚じゃああ!」

「大金貨20枚だってえ!?」(.....っていくらなんだ?)


馴染みのない通貨に微妙な顔をしていると、男爵の隣へレナがやってきた。


「男爵、さすがに可哀そうじゃないですか?」

「.....フン、別に法外でもないわ」


レナが宥めようとするも、男爵は至って冷静なようだ。

その様子にレナから「ドンマイ」という表情が向けられた。


「大金貨20枚、払ってもらおうじゃないか」


男爵の圧に、思わず後ずさりたくなる。もちろん金貨なんて持っているはずもなく、内心汗だくで解決の糸口を探すも、見つかりそうもなかった。


「....持って、ないです」


絞り出したのは「僕はお金を持っていません」という、どうしようもない現実だった。


「なにぃ.....?払えないと、そう言いたいのか!」

「....はい」

「────それなら仕方ない」


男爵の予想外の返答に、思わず唖然としてしまう。

よもや「それなら貴様は死刑じゃあ!」なんて言われるかと恐怖していたからだ。

───なんせ、ここはまるで現実のようで。いや、それは疑いようのないことかもしれないが。そんな、些細な安堵と絶望の入り混じった時間も束の間。

男爵の口から飛び出たのは、予想だにしない言葉だった。


「貴様には奴隷になってもらう」

「────────はあ!?」


俺は思わず、自分でも驚くほど大きな声を上げた。


「奴隷だ、知らんのか?」

「!?!?」


奴隷、あの奴隷だ。

男爵が告げたのは、現代人ならば等しく最悪の印象を抱くものだった。

俺の反応に、男爵が眉を顰める。


「そう驚くな。貴様の住む土地は知らんが、バレオテの奴隷はかなり好待遇だ。

──────仕方がない、貴様に選ばせてやる」


俺の驚きようが鼻についたのか、男爵は俺にとっていい方向に話を進めてくれた。

そして、男爵が銀に向けて三本の指を立てる。俺はごくりと、固唾をのんで男爵の話を待った。


「...鉱山奴隷、農奴、そして闘奴の3つだ。まあ、貴様は大人しく農業奴隷にでもなっておけ」

「─────闘奴?」

「フン、ワシは忙しいんでな。後のことはレナに任せる」


そう言い残して、男爵は背を向けて歩き出した。そして気怠そうな雰囲気の、レナと呼ばれる女性がやってきた。

レナは男爵のような傍若無人さは感じられず、逆に俺に対して同情しているようにすら思えた。なので、俺は遠慮なく聞きたいことを聞くことにした。


数分ほど聞きたいことを聞いてみて、ある程度のことが分かってきた。

曰く、「闘奴」とは実際にある「剣闘士」と同じような、戦う奴隷のことだとか。

この街、バレオテには大きな闘技場があり、そこで「闘奴」たちが戦いあう。

賭け事なんかもされていて、日々多くの人が訪れるらしい。


「君、見るからに弱そうだけど大丈夫ですか?」


と、「闘奴」を選ぼうとしてすぐそんなことを言われたが、話を聞いてすぐ思い出したのだ。観客で溢れるドームと、あの、『カオスアリーナ』決勝戦を。


「レナさん.....だったっけ?」

「はい」


運命の分かれ目とも言うべき重要な決断。しかし俺は早くも意を決し、その口を開いた。


「闘奴にするよ」

「そうですか、着いてきてください」


俺の言葉に抑揚のない返事をして、レナが歩き出す。

まだ石片はあたりに散らばっているが、魔法使いたちが魔法を駆使して徐々に掃除しているみたいだ。

レナに付いて大通りからまっすぐ歩くと、華やかな噴水が見えてきた。

丸く広い空間のある広場には多くの人が集まり、ここだけでこの町の賑やかさが分かった。

屈強な戦士から学者のような人まで、様々な人が行き交っている。


見慣れない景色になんだか海外旅行に来たような気分になってくる。

数分ほど歩くと、巨大な建物が見えてきた。

男爵の石像より一回り高く、石で作られた無骨な建造物。

これはまさに──────


「闘技場か......!」

「着きましたね。闘奴はここで暮らすことになります」


俺は息を呑んだ。


「不安ですか?」

「....まあ、ちょっと」


不安を覚えないはずがない。そんな俺に、レナはふっと笑って口を開いた。


「大丈夫です、よっぽどのことがなければ死にません」

「死にはしないけど.....?」

「大けがはします」

「やっぱりか.....!」


すると、レナが銀の前に何かを突き出してくる。それは色々と文字の書かれた紙と、黒いペンだった。


「奴隷の契約書です」


受け取って見ると、紙には契約内容が書かれていた。

まとめると、「闘技場内から出られなくなること」、「闘奴以外に危害を加えることはできないこと」そして「4年たったら契約が終結すること」

この3つだ。そして紙の下には名前を書く欄があった。


「ペンに魔力を込め、下に名前を記入すると契約が成立します」

「.......魔力を?」


当然やり方はわからないが、試しに銀はペンへと力を込めてみる。

すると、ペンが淡く光ったような気がした。意外にもそれはできた。初めから知っていたかのように、魔力というものを捉えることができた。そしてそのまま「ギン」と、魔力のこもったペンで書き記す。勿論、日本語だ。


「確認します」


書いたのを見て、レナが紙を確認する。


「......大丈夫です。これで契約が成立しました。これから闘技場の中に入れば、あなたは闘奴です。」

「これでか...」


気が付けばもう、夕方だった。始まってから波乱万丈のこの世界で、一時落ち着ける時間が来たのかもしれない。いや、もうそれを過ぎれば奴隷生活が始まるのだが。

不意に、レナと目が合った。


「さっきは不安にさせることを言いましたが、心配する必要はありません。

この町の奴隷は、本当に他とは違いますから」


そういうレナは普段とは違い、どこか誇らしげな顔をしていた。

ギンはこの日、ゲームの世界で奴隷となった。

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