第18話
芹菜さんは自虐的に笑うけれど、そこに便乗できる人は誰もいない。紫音君は無表情のままボソッと言う。
「偉くなったらハイスぺ男と出会いやすくなったり、ヒモになりたい年下男からモテたりするんじゃないの?」
「ハイスぺ男と出会ったって、三十代半ばの行き遅れなんか相手にしないでしょ。仕事ができる駒として重宝されるのがせいぜいよ。あと、ヒモなんて勘弁してほしいわ。私は自立できてないお子ちゃまは嫌いなの」
鬱陶しげに手のひらをヒラヒラと払う芹菜さんに、紫音君は唇の端だけ上げて微笑んだ。
「お金があるんならヒモの一人や二人、いーじゃん。俺だったらおはようからおやすみまで、ずっと生演奏でBGM弾いてあげるけど?」
「ピアノの生演奏より、ご飯作ってくれて、掃除と洗濯ができる男の方が良くない?」
「ちぇ。そんなの、まるで秀莉じゃん。秀莉だったらヒモにできんの?」
「はあ⁉」
「あんなに世話焼いてくれるんなら、俺が一緒に住みたいくらいだけど」
「何言ってんの! あんなしっかりした人、ヒモなんてならないわよ」
その声はふざけた冗談を言うにはトゲトゲしく聞こえた。のらりくらりと生意気を言う紫音君を、芹菜さんは「失礼なこと言うんじゃないわよ」と叱りつける。
声も目も、ちゃんと怒っていた。
「……あぁ、そっか。そう……なんれすね」
頭の中で思ったはずが、いつの間にか口から洩れていて、海斗君が聞き返す。
「え? 絹ちゃん、何て?」
「えっと、そのぉ……芹菜さんって秀莉さんのことが好きなんれすね」
そう言いながら、私はなぜか笑いがこみ上げて仕方ない。
「私が秀莉君を? ど、どうして?」
「いやぁ、わかりますよぉ。ふふふふ! らって、目がぁ……ふふふふ!」
驚いて芹菜さんはこちらを向いたけれど、不自然に笑い続ける私に気づいて眉をしかめた。
「ちょっと、大丈夫?」
「絹ちゃん、呂律まわってなくない?」
海斗君もカウンターの向こう側から長身を折り曲げて私を覗き込む。端正な顔が心配そうに首を傾げて、私の視界もゆらりと揺れた。
「え、大丈夫れすよ。なに言って……ふふふ! 海斗君、顔が」
「顔?」
「顔がぐにゃーって……うふふふふ!」
きょとんとした表情が水の底で見るように歪む。
「こりゃ、酔っ払ってるな」
「絹ちゃんのドリンク、ノンアルじゃないの?」
「ノンアル? そうだったの?」
「海斗君、まさかお酒入れちゃった?」
「え、ライチのお酒をほんのちょっとだよ」
「マダムが絹ちゃんはお酒飲めないからって、言ってたじゃない」
「うわ……! どうしよ!」
「とにかく、お水飲ませましょ」
海斗君と芹菜さんが水や冷たいおしぼりを出したり、顔をあおいでくれたり。慌てた様子がどこか滑稽で、私はずっと笑い続けてしまった。
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