第15話
「あの……秀莉さんは、どうしてその元彼さんが“終わってる”と思うんですか?」
あまりにキッパリ断言する秀莉さんがむしろ不思議で、私は思わず聞いてしまった。芹菜さんが身を乗り出して首を大きく縦に振る。
「そうよ。なんでそう言い切れるの? まだ終わってないかもしれないじゃない」
鼻息荒く突っかかられて秀莉さんは少し困り顔。
「好きだったら、『会いたい』とか『話したい』って言わない? 彼の返事にそんな言葉はなかったんでしょ?」
「……」
芹菜さんは苦々しい表情で唇を噛み黙りこくってしまう。
確かに、秀莉さんの言うとおり。好きな人がいたら顔を見たいし、声を聴きたい。相手のことを目で、耳で、すべての五感で感じ取りたいと思う。
そう納得した瞬間、頭の中になぜか創也さんの顏が浮かんだ。澄んだ瞳を縁取る長いまつ毛、やわらかそうな髪の毛、落ち着いた声、しなやかな長く細い指。考えようとしなくても、私が知る創也さんのすべてが次々に思い出される。元彼の詐欺を知って不快そうに低めた声や、メイクをするときに顎にふれた指の感触が鮮やかによみがえって胸がどくんと波打った。
どうして、私こんなに……。
創也さんを思い出す自分に動揺して、顔がカッと熱くなる。
「……よね? 絹ちゃんもそう思わない?」
脳内を占める創也さんの間を縫って、秀莉さんの声が細切れに届いた。
「え、あっ、はい。えっと……」
「本当にもう関わりたくないと思えば、そもそも返信しないし、しれっとブロックする男だっているから、その彼は優しいほうだとは思うけど、ね?」
「あ、はあ……そう、ですね、うん」
しどろもどろになっているのは、返事に困っているわけじゃなく、創也さんに翻弄されているから。私は火照る顔を手であおいで冷静になろうとする。
「……どうしてうまくいかないんだろう」
そんな私の横で、芹菜さんのピンと伸びた背中が急に丸くなった。崩れるようにカウンターに突っ伏してしまう。
「適齢期が来れば自然と結婚するものだと思ってた。なんでこんなに難しいの?」
顔を伏せた腕の中からこもった呟きが漏れてくる。脱力しきったその姿を見て、頭の中の創也さんが少しずつ薄れていく。
こんなに落ち込んでいる大人を見たことがない。何か言葉をかけなきゃと口を開きかけて、でも、何も出てこない自分に戸惑ってしまった。
というのも、二十歳の私にとって婚活はあまり現実味がない話だった。一番身近な夫婦はお父さんとお母さんだけど、彼らがどうやって出会い、どんな恋をして結婚したのかは聞いたことがない。そして、世の夫婦たちがどんな風にゴールインしているのかもわからなかった。それでも、芹菜さんが言うように、二十代後半になれば自然と結婚の話が出て家庭を持つのが普通だと、私もなぜか思い込んでいた。
どうして?
そんなの全然当たり前じゃないのに。だって、結婚するために必要なことを私は何も知らない。それどころか、恋愛すらロクにできていない。初彼氏が詐欺師という黒歴史を刻んだ私が、このままいって5年後・6年後に結婚できる? 相手は? どうやって見つけるの?
結婚が急にハードルの高い試練に感じられて、思わずため息が出た。
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