第13話
艶のある黒髪は姿勢良く伸びた背中の真ん中で切り揃えられ、ダークグレーのニットワンピースは余計なものをすべて削ぎ落したシンプルなシルエット。華奢な腕時計のほかにアクセサリーらしきものはつけていなくて、ネイルは飾りのないヌーディーピンク。
着飾ることをしなくても、芹菜さんには凛とした美しい雰囲気があった。それはきっと、大人の魅力というやつなんだろう。二十歳の私には到底かもし出せない落ち着きを感じて少し緊張する。
「あなたもマダムに鑑定してもらったの?」
「はい……失恋しちゃって」
芹菜さんの質問にどんな顔をしたらいいかわからず、とりあえず苦笑いしたけれど、彼女は表情をピクリとも動かさなかった。切れ長の目はじっと私を見つめている。
「もう吹っ切れてるみたいね。羨ましいわ」
「泣いてばかりだったんですけど、ファイヤーゲートでハンバーガー食べたらすっきりしました」
「ハンバーガーか、しばらく食べてないわね」
確かに、芹菜さんが手づかみでハンバーガーにかぶりつく姿は想像しづらかった。パンを食べるなら、クロワッサンをちぎって少しずつ口に運ぶのが彼女っぽい。
「私は、さっきマダムが言ったとおり、婚活をすっかりこじらせてるわ」
「なんか、そんな風には見えないですけど……大人っぽい魅力があるっていうか」
それは私の正直な感想。ほかに何か意図があったわけじゃないけれど、芹菜さんは私の顔をじっと見た後で呟いた。
「34歳だからね。大人というより、すっかりババアよ」
「あ、ちが……そういう意味じゃなく……!」
言われて初めて失言したのだとハッとする。慌てるしかない私を見て、秀莉さんが間に入った。
「また卑屈になってる。この子は嫌味で言ったわけじゃないよ」
私の顔を覗き込んで「ね」と確認する彼は、気さくに心地良い距離を取ってくる。
「絹ちゃん、だったよね? キミくらいの年齢からしたら、芹菜さんは大人のお姉さんだもんね。
この人、仕事できそうに見えるでしょ。そのとおりバリキャリですごいんだよ」
「やめてよ。別にすごくないから」
「またまたぁ。有名なIT企業でマネージャーしてるんだよね。なんだっけ? 広告?」
「ウェブメディアの編集長だってば。秀莉君、そうやっていつも間違えるけど、わざとでしょ。私のことなんていいから、この子に何か作ってあげてよ」
芹菜さんはムキになって返すけれど、そのやり取りはなんだか楽しそう。高校の休み時間にこんな言い合いをする男子と女子がいた気がする。
「あ、ごめん。何飲む? ノンアルコールがいいんだよね。」
「はい、えーっと……私、こういうお店に来たの初めてで。よくわからなくて」
私は全国チェーンの安い居酒屋にしか行ったことがない。お酒に詳しくないのはもちろん、大人が出入りするお店の相場もわからない。前に、オシャレなイタリアンで女子会をするからと誘われて、5千円と言われたときは高すぎると驚いた。そのくらいお酒を出すお店に疎い自覚がある。
だから、私は今さらのようにマダムについて来たことを後悔していた。ムードたっぷりのアクアリウムが、激安居酒屋よろしくドリンク一杯350円なんてことはないだろう。
「じゃあ、絹ちゃんのイメージで何か作ってみようか」
「はあ、あの……それは、おいくらで?」
質問する私の表情から察したのか、彼は目を細めて笑う。
「税込み880円でお作りします。ぼったくりなんかしないから、安心して」
「あ、はい……」
「ボクはこんなオシャレなお店でバーテンなんかやってるけど、家に帰れば弟と妹が4人もいて毎日しっちゃかめっちゃかなんだよ。親はだいぶ前に亡くなって弟と妹はまだ学生だから、お金を気にする感覚はよくわかる。絹ちゃん、学生さんだよね。ていうか、二十歳こえてるよね?」
秀莉さんはハッとしたように慌てて聞いた。
「あ、はい。ちょうど二十歳です」
一応、バッグの中から大学の学生証を出して秀莉さんに見せた。
「良かったぁ。たまにカフェ感覚で未成年の子が来ちゃうから。マダムはお酒飲まなきゃいいでしょって言うんだけど、ボクはあんまり賛成できないんだよね」
そんな風に言う秀莉さんはあまり商売上手じゃないのかもしれない。でも、お客さんには好かれるんだろうなと、なんとなく思った。
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