第11話
「あ、そういえば見たわよ。駅ビルのディファニーの看板。創也の雰囲気に合っててすごく良かった。絹ちゃんは見た? ディファニーのブレスレットの看板」
「ディファニーのブレスレット……?」
「駅ビルの一番目立つところにデカデカとあるじゃない」
駅ビルの目立つところと言われると一カ所しかない。マダムの占い館に行くとき、確かに高級ブランドジュエリーの看板を見た。ダイヤが輝くバングルタイプのブレスレットをつけて、金髪男性が物憂げな顔をしてたっけ。
「え?」
記憶をたどって、看板に映っていた男性の顔を改めて思い出す。大きな瞳と長いまつ毛、形の良い鼻、少し大きめの口、顔を覆うように触れる細く長い指。
ぼんやりしていた記憶がカチッと明確な像を結んで、創也さんの顔が浮かび上がった。
「ええっ! あの看板、創也さんだったんですか?」
「そうだよ。創也はメイクさんじゃなくてモデルさんなんだ。そこそこ売れてるんだけどね」
ぷっと吹きだす瞬君の顔を見るのは二度目。
おしゃれに疎いとはいえ、すでにプロとして活躍する人に「モデルさんになったら売れそう」だなんて、私はとんでもない失言をしたと気づいた。
「何も知らなくて、すみません……!」
穴があったら入りたいとはまさにこのこと。チラと創也さんを見ると、苦笑いして困ったような顔をしていた。
「創也、もっと頑張って絹ちゃんに顔を覚えてもらわないと」
と、ニヤリと笑ったのはマダム。口いっぱいにバーガーを頬張ったあと、空のグラスを傾けて「ビールちょうだい」と怜司さんにお願いする。
「ウチで酒盛りはやめてくださいよ。マダム、飲みだすと長いんだから」
言われるままにビールを運ぶけれど、あきれ顔で首をすくめる怜司さんがなんだか可愛い。
「これ食べたらアクアリウムに行くわよ。みんなも行く?」
「行く行くー!」
瞬君が手を挙げて喜んだ。
「アクアリウム……?」
「絹ちゃんも来たら? 隣の通りにアクアリウムってショットバーがあるの」
マダムはビールをひと口飲んで続ける。
「私は占いの館のほかに、このファイヤーゲート・アクアリウム・砂時計・アルコバレーノというお店をやっててね。それぞれが『火・水・地・風』のテーマを持っているの。
12星座は4つのエレメントグループにわけられるんだけど、このファイヤーゲートは『火』のお店。スタッフ全員が火の星座で……瞬は牡羊座、怜司は獅子座、創也は射手座なのよ。
アクアリウムは『水』がテーマのショットバーで、砂時計は『地』がテーマの純喫茶。アルコバレーノは『風』のお店でイベントスペースもある新しいスタイルのお店を作ろうとしているの。スタッフはみんなイケメンでいい子たちよ」
創也さんの話を思い出す。ファイヤーゲートは占い鑑定のアフターフォローのお店だと。それと同じニュアンスなら、さらに3つのアフターフォロー店があるということ。マダムアイリーンは優れた占い師であるだけでなく、経営者としても敏腕らしい。
そして何より、失恋したばかりの私にはお店のスタッフが全員男性というのが気になった。
「みんなイケメン……」
「アタシは面食いだからね。自分のお店のスタッフはかわいい子を揃えたいのよ」
ボソッと呟いた私にマダムが小声で囁き、ニッと笑った。
この人、デリカシーがないガサツなだけのオバサンと思ったけれど、案外いい人なのかもしれない。バーガーを頬張りながら微笑むマダムにつられて私も頬が緩んだ。
「今日は飲むわよー! とことん酔っ払うからね!」
「うわ……まだ日も暮れてないのに。アクアリウムに電話しとこ」
創也さんは独り言を呟いて店の電話を取る。瞬君はキッチンを片付けながら鼻歌を歌って、怜司さんはマダムの愚痴に相槌を打っていた。
彼が私の前から姿を消して4日。たくさん失って、絶望して呆れて疲れてしまったけれど、不思議と気持ちは軽かった。好きな人の裏切りに削られた心の傷は、あたたかな優しさと思いやりで癒されている。
瞬君が作るおいしいハンバーガー。
怜司さんの手際良く聡明な行動。
創也さんの夢のようなメイク。
すべてがどん底に落ちた私を救い上げてくれた。
「絹ちゃん、アンタこれから運命変わるわよ」
ビールグラスを傾けながら、マダムが何気なくそう言った。
「でも、運命はやってきましたよと手を振って知らせてはくれないから、心の感度を上げて準備しておいてね。チャンスをつかむか逃すかはアンタ次第よ」
淡々とした口調なのに、その言葉は私の心に強く深く響いた。
「はい、頑張ります」
きっとつかめる。私は大丈夫。今とは違う明るいどこかに、ちゃんと笑顔で進んでいける。
根拠なんてないけれど、私はそう思った。
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