第10話

「……じゃあ、また何か聞きたいことがあったら連絡させてもらうわね」


 女性刑事はにこやかにそう言って男性刑事と店を出ていった。


「お金、返してもらえることがわかって良かったね」


 逆向きにした椅子の背もたれに頬杖をついて創也さんが言う。


「彼、キミにだけは本気だったって。本気になったから、詐欺組織から抜け出そうともがいてたんだね」


 彼は私にインターネット広告の会社で働いていると嘘をついていた。それは詐欺のために作られた設定で、本当は組織化された詐欺グループの実行犯。仕事だけでなく、名前も年齢も出身地も家族構成も、すべてがデタラメだった。

 でも、私にとっては二股されていたことの方がショックで。詐欺とはいえ、自分以外の女性と恋人関係になっていたことにはため息をつかずにいられない。


「今さら本気と言われても……」


 それが彼の本心だと、どうやって確認すればいいんだろう。まったく馴染みのない本名を聞かされてもしっくり来ないし、彼の顔が急にぼんやりしてくる。何もかもが嘘なら、彼はもはやこの世に存在しないんじゃないかと思えてきた。


 恋愛感情はすでにない。お金を返してもらっても、本気を告白されても、私の心はもう動くはずがなかった。


「じゃあ、終わりにしていいんじゃない? 涙すら出ないなら」


創也さんの言うとおり、今の私は泣く気にもならない。呆れて疲れて、そして、お腹が空いていた。


――グゥゥ、キュルル。


「もう腹ペコなの? まだおやつの時間だよ」


 静かな店内に響く腹の虫の声を瞬君は聞き逃さない。笑って「何か食べる?」と聞いてきた。


「アタシはスペシャルバーガー、2つね!」


しかし、私が何か言う前に、誰かが大声でオーダーする。声がした入り口を振り返ると、そこにはマダム・アイリーンが仁王立ちしていた。


「ドリンクはコーラ! ポテトは多めに盛ってくれる?」


大股で店に入ってくると、私の隣にどっかり座り込む。なんだか不機嫌そうに眉をしかめているのが怖い。


「今日から水星が逆行するってことは、そりゃ知ってたわよ。水星逆行がいろいろと厄介を持ち込むってこともね。だけどアンタ、コレはないんじゃない? 鑑定中に刑事がやってきて、こちとら商売上がったりよ。午後の予約は全部リスケになっちゃったじゃない!」


大声でまくし立てながら私を睨んでくる。


静宮絹しずみやきぬちゃん。彼氏は詐欺師だから、早く警察行きなさいって言ったわよね!」

「は、はい……すみません……」


 縮こまるしかない私に、マダムは深いため息をつく。


「まあ、アンタに怒ったって仕方ないわ。乙女座の二十歳で処女ときた日にゃあ、そんなチャッチャと動けないわよね」

「しょ……!」


 創也さんや瞬君、怜司さんがいる前で処女なんて言わないでほしい。私の顏は火がついたように熱くなった。

 怜司さんが持ってきたコーラを一気飲みして、マダムはふうと一息つく。


「お客さんに文句言っちゃダメでしょ」


創也さんがチクリと言うけれど、マダムは私の肩をつかんで強引に引き寄せた。


「一回でも鑑定したなら娘も同然よ。絹ちゃんはね、詐欺男になんか騙されてるけど、ものすごい強運の持ち主なんだから」

「えっ、そうなんですか?」


 思わず、食い気味に聞き返してしまう。高校を卒業してからずっと、自分が運の良い人間だなんて思ったことがなかった。


「アンタめちゃくちゃ化けるわよ。楽しみにしておいで」


ニッと笑うと、マダムは瞬君が差し出した巨大なプレートに「ワオ!」と声を上げる。皿というより、もはやお盆のプレートにはスペシャルバーガーが2つと山盛りのポテト。女性が食べる量には到底思えなかった。

 「いただきます!」と手を合わせて、マダムは豪快にバーガーを食べ始める。

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