第6話

「えっと、あの……?」

「僕たち、キミの元彼をたぶん知ってる」


 カウンターに頬杖をつく創也さんの声は少し低くなっていた。眉間に皺を寄せて、あからさまに機嫌が悪くなっているのがわかる。


「嫌いなんだよね。女の子いじめる男って」


フンと大きく鼻でひと息つくと、バックヤードに「怜司、どんな感じ?」と声をかけた。


「裏が取れた。間違いない」


スマホを耳にあてたまま顔を出す怜司さんは大きく頷き、それに畳みかけるように瞬君も言った。


「こっちも見つけたよ。昨日から株木町のネットカフェに入り浸ってるって」

「株木町のどこだ?」

「市役所通りのカラオケ屋の隣、スカイって店」

「スカイ……ああ、空山の事務所が入ってるビルか」


 怜司さんと瞬君の会話を追ってみるけれど、私には話の核心がいまいちつかめない。


「そいつ、どうするつもり?」


じっと会話を聞いていた創也さんがボソッと言うと、瞬君は拳を握ってニッと微笑んだ。


「任せてもらえるんなら、俺が片をつけるよ」

「待て。瞬は手を出さなくていい」


でも、それを怜司さんが止めて、かかってきた電話を取るとまた誰かと話し始めた。


「へーい。怜司が来てから、ほんと話が早いよね。よっ……と!」


言いながら、瞬君は分厚いパテをバンズに乗せ、その上にチーズ・玉ねぎ・ミートソース・トマト・レタス・アボカドを手際よく積み上げた。


「あとは、ポテトをつけて……っと。はい、お待ち! スペシャルバーガーね!」


 カウンターごしに差し出されたのは、チラシの写真どおりの巨大なハンバーガー。スペシャルというだけのビッグサイズだった。


「わあ……! 食べきれるかなぁ」


けれど、言ったそばからお腹がグウと鳴って頬が熱くなる。空っぽの胃は私の発言を撤回すべくうなっていた。


「めっちゃうまいから、女の子でもペロッといけちゃうよ!」


腹ペコな私に親指を立ててウインクする瞬君はまるでアイドルみたい。そんなわざとらしくも見える仕草が様になるなんて、そうそういないだろう。

 私はキラキラした笑顔に見惚れながらも、おいしそうな匂いに引き寄せられる。ものすごい厚さのスペシャルバーガーを両手に持つと大口を開けてかぶりついた。


「ん! おいひぃ……!」


 肉汁あふれるパテと濃厚なチーズ、さっぱりした酸味のトマト、歯ごたえの良いシャキシャキのレタス、クリーミーなアボカド。それぞれがメリーゴーラウンドのように口の中をめぐり、噛むたびに違う味わいが広がった。


「ミートソースは俺のオリジナルレシピなんだ。結構いけるでしょ?」


瞬君はニコニコしてハンバーガーを頬張る私を見ている。確かに、深い甘みのあるミートソースはお肉ともトマトとも相性抜群。バラバラになりそうな具材をうまくひとつにまとめていた。大きさだけでなく、味もその名のとおりにスぺシャル。

 私はまるで初めてハンバーガーを食べた人のように夢中でかぶりついていた。数日ぶりのまともな食事は、空っぽの胃と乾ききった心をじんわり満たしていく。


 トマトってこんなにおいしかったっけ?

 パテに乗ったチーズってこんなに味が濃かったっけ?

 記憶の彼方に追いやられていた食べる楽しみを改めて実感しながら、私はすっかり満足していた。


「ふふ。いい笑顔だね」


 隣に座る創也さんが呟いて、そう言われて初めて、私は自分が笑みを浮かべていることに気づいた。


「食べるって大事だよ。おいしいは正義だから」


そのとおりかもしれない。彼と連絡が取れなくなって、ろくに食べれなくなってから、私はすべてをネガティブに考えるようになっていた。いきなり音信不通になるなんて怒ってもいいのに、自分が悪いことでもしたんじゃないかとビクビクしたり。このまま彼と別れたら、一生誰とも付き合えないんじゃないかと思ったり。不安と寂しさで何も喉を通らなくなったけれど、そんな私は自分から不幸の花を摘んでいたのかもしれない。


 でも、瞬君が作ってくれたハンバーガーを口いっぱいに頬張っている今、彼のことなんてどうでもいいと思えてくるし、彼氏なんてまた作ればいいと胸に期待がふくらんでいる。世界の終わりと絶望したのはくだらない幻想で、私の人生はまぶしいくらいに明るくずっと先まで続いていた。


「本当においしいです……!」


 心の底からそう思った。

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