第5話
「元彼はもったいないことをしたね」
「え?」
「僕だったら、キミみたいに丁寧に恋する人とは簡単に別れられないけどな。別れても元彼を見直して理解しようとするなんて、優しすぎない? 元彼はキミに愛されたことを感謝するべきだし、めいっぱい後悔するべきだね」
色素の薄い茶色の瞳がまっすぐに私を見ていた。創也さんと視線が合ったのはたった数秒だけれど、私の頬は一瞬で熱く火照る。
そんなことを男の人に言われたのは初めてだった。彼氏にすら、私は心からの「ありがとう」を言われたことがなかったかもしれない。
――気が利くね。
――助かるよ。
――悪いね。
バイト先のお弁当を奢ったり、財布を忘れたときに電車代を出してあげたり、100万円を手渡した時でさえも。感謝とはいえない曖昧な言葉ばかり。そんなリアクションに満足していたのであれば、確かに私は優しすぎる。
創也さんだったら彼のような態度は取らないはず。「ありがとう」を言わないなんてあり得ないだろうし、そもそも彼女に何か負担させることはしないと思った。さっき会ったばかりで創也さんのことは何も知らないけれど、私は確信した。
「まだ未練があるの?」
その質問に深い意味なんてないのはわかっている。けれど、私は今、創也さんにまだ彼のことを引きずっているとは思われたくなかった。
「未練なんて全然! ないんですけど、あの、お金を取られちゃったので……」
それは紛れもない事実。みっともない失恋の真相。
「お金を取られた?」
創也さんに怪訝そうな顔をされると恥ずかしくなる。私は馬鹿な女ですと宣言しているみたいで、意味もなく座り直してみたり。
「お金を貸してほしいって言われて、100万渡したらいなくなっちゃいました……」
「100万も? ちょっと聞き捨てならないですね」
ちょうどアイスティーを運んできた怜司さんが眉をひそめた。
「何て言われてお金を渡したんですか?」
「オンラインゲームができるネットカフェを作りたいから助けてほしいって……」
真剣な表情はからかっているわけではなさそう。怜司さんは一瞬考えて、カウンターの中の瞬君を見た。
「うん。もしかすると、もしかするかもね」
何を通じ合っているのか、瞬君は小さく頷く。怜司さんはエプロンのポケットからスマホを取り出すとどこかに電話をかけ始めた。
「俺だ。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
そのまま話しながらバックヤードに入ってしまう。その姿を見送る私に瞬君が言った。
「ごめんなんだけど、その元彼の写真ってまだ持ってる?」
申し訳なさそうな顔で律義に両手を合わせるのを見て、私は断れるはずもない。スマホに入っていた彼とのツーショット写真を見せた。
「絶対に悪用しないから再撮してもいい? キミを助けられるかもしれない」
私が頷くのを待たずに瞬君は自分のスマホで彼の写真を撮影し、「ありがと」と笑った。カウンターの中でスマホの画面を忙しなくタップし始める。
――キミを助けられるかもしれない。
瞬君の言葉が頭の中で繰り返されるけれど、それはどういう意味?
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