第3話
「そっか。まだ納得できてないんだね」
いきなり泣き出す私に驚くでもなく、ミルクティーベージュの彼はやさしく言って背中を撫でた。それはお母さんが子どもをあやすような手つき。断りもなく異性に触れられたのに嫌な気持ちはなかった。それどころか、こわばった背中の筋肉がゆっくり緩んでいくのを感じる。
「大丈夫だよ。心が受け入れらないことがあったら話聞くから」
ミルクティーベージュの彼は首をかしげて私の顔を覗き込む。
「占い師がハンバーガー屋さんをすすめるなんて変だと思わなかった? ここはね、マダムの鑑定にモヤモヤしたお客さんのアフターフォローをするお店なの」
「アフターフォローのお店……?」
彼はカウンターの端から箱ティッシュを引き寄せて差し出した。涙が止まらない私は今、たぶんとてもブスだと思う。みっともないのはわかっているけれど、でも目は潤み続けた。
「泣きたいだけ泣いていいんだよ。我慢しちゃダメ。つらい気持ちは全部吐き出さなきゃ」
細く長い指でティッシュを三枚引き出し、彼は私に持たせた。
「占いには吉と凶があるでしょ。おみくじで大吉が出るとうれしいけど、大凶が出たらやっぱり不安になるじゃない。マダムの対面鑑定でもショックな結果が出ることは少なくないんだ。悩みがすべて自分の思いどおりに解決することはないからね。願いが叶わない場合もある。それに、マダムは正直者でたまにキツイ言い方をするし。悪気はないんだけど、あの人ちょっと気が利かないところがあるからさ、僕たちがアフターフォローを請け負ってるってわけ」
カウンターに頬杖をつく彼は本当に美しい。この顔を眺めるだけでも心は癒されるのかもしれなかった。
「だから何でも言って。愚痴でも恨み節でも。マダムの悪口だっていいよ。そういうの言いたい時ってあるでしょ」
言いたいことは山ほどある。それは口汚い罵りで恨みで、呪いにもなるほどの黒い感情。
私は喉の奥で渋滞するネガティブな言葉におぼれながら、とりあえず頷いた。
「創也、お話中すいませんなんだけど……」
そこにおずおずと声をかけたのはカウンターの中にいるオレンジ頭。メニュー表を指さして「オーダーは?」と小声で尋ねた。
「あ、忘れてたね。マダムのチケットを持ってるってことはスペシャルバーガーでいいのかな?」
「めっちゃデカいぜ。食べ応え抜群!」
ちょっと怖そうに見えたオレンジ頭は、意外にも人懐っこい表情で私に頷いた。それにつられて私も頷き返してしまう。
「オッケー! じゃ、スペシャルバーガーね。ガッツリしたの作るから、ちょっと待ってて」
オレンジ頭はまくった白シャツの袖をさらに二の腕まで引き上げて調理を始めた。
「あいつは瞬。最年少だから元気もらっていって。俺は創也。ここでは一番の古株。さっきのラグジュアリーなおじさんは怜司ね」
ミルクティーベージュの創也さんは店のスタッフを簡単に紹介して笑った。
「おじさんって言うな。俺はまだ29歳だ」
「今年の夏でもう三十路でしょ。立派なオッサンだから」
黒髪のダンディな怜司さんは私にドリンクのメニュー表を見せてくれる。
「うっさいな。創也だってあっという間にオッサンになるんだよ」
「じゃあ、アイスティーを」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
創也さんに毒づきながらも、お客の私にはラグジュアリーな対応をする怜司さんが面白い。思わずクスと笑みが漏れた。
「あ、笑った」
ちょっと唇の端が上向きになっただけなのに創也さんは見逃さない。瞬君と怜司さんも私の顔を覗き込んだ。
「いい顔してんじゃん」
「少しずつ元気になればいいんですよ」
そっか。今すぐに整理して結論を出さなくてもいいんだ。
心はまだ混乱して落ち着かないけれど、そんなぐちゃぐちゃの自分でもいいんだ。
そう思うと気持ちはフッと軽くなった。
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