第41話

 春風 ツクシは勇者である。


 それも特別強力で、俺は異世界にやって来てから現在まで、この勇者ツクシほど強い人類には出会ったことがないと思うほどのだ。


 だがその最強の勇者の普段の様子を見て、そうと思う人間は極端に少ないだろう。


 とりあえず買っていたサンドウィッチを用意すると、ハムスターのようにモリモリ頬を膨らませて食べる勇者ツクシはとても幸せそうだった。


 俺はそんな彼女を見て軽くため息をつくと、ぼんやりとそれを眺めているという我ながら不思議な構図にあきれてしまう。


 あっという間にサンドを食べ終えたツクシは満面の笑みでニパッと笑った。


「相変わらず、うまそうに食べるなお前……」


「あっはっはっはっはっは! おいしかったぞ、だいきち! ごめんな! 勢いあまってドアが壊れた! すぐ直してもらうから大丈夫だ!」


「……いや、いいよ。なんか嫌な予感しかしない」


「遠慮するなだいきち! 僕らがだいきちのお手伝いをしたら素敵なお店になるはずだぞ?」


「……いやいやいや、え? いや、いつ手伝うって話になった?」


「大丈夫! だいきちは大船に乗ったつもりでドンと構えているといいぞ!」


「ははん……ようし、わかったぞ? こいつは何を言ってももう手遅れなやつだな? わかった俺も覚悟を決めよう」


 俺はツクシの強引さを思い出し、ちょっと懐かしくなった。


 そして人を使うことを覚えたのなら、昔よりもこの強引さはパワーアップしていたって何の不思議もなかった。


 こんなんでもツクシは間違いなく勇者である。


 つまりはかなり顔も利くし、それなりの権限というものがあると。


 昔は単純に騒がしい奴だったが、真の勇者となった今、ツクシが集まれと言えば、それなりの人間は動くだろうし、その心当たりは俺にもあった。


「じゃあ今から新撰組のみんなを呼ぶからな! だいきち!」


「新撰組?」


 するとツクシは玄関の前に飛び出し、どこからか愛用のホイッスルを取り出してピリリーと吹き鳴らした。


 とても嫌な予感がして俺は固まる。


「今のは……」


「すぐだぞ! 案ずるなだいきち!」


 もちろんホイッスルの呼び出した者達はツクシの言うようにすぐにやってきたのが俺には分かった。


 それはそうだろう。ツクシの振動を何十倍にもしたような思い足音の群れがどんどん近づいてくるのだから。


 ドッと冷や汗が噴き出す。


 そしてドドドッと兜と水色の羽織で武装したマッチョが隊列を組んで走って来るのを見て、俺は直視出来ずに顔を両手で覆った。


 正面の道が広めなのも最悪である。


 胸を張ったツクシの前にずらりと整列した兵士達は盛り上がる筋肉に幾筋も血管を浮き立たせ、息も切らせず指示を待つ。


「新撰組! ただいま到着いたしました!」


「うん! ご苦労!」


 兵士の報告にツクシは満足げに頷き、さっそく命令を出した。


「よし! 今からだいきちの手伝いをするぞ! 掃除だ! 頑張れ!」


「「「「「ハッ!」」」」」


 短くはっきりとした返事の後、マッチョ達はいい笑顔で胸を叩いて敬礼する。


 彼らはみんな同じタイミングで俺を見て、にっこりスマイル。


 声に出さずとも、任せておけよと訴えていた。


 ははん。なるほど、さてはこいつらも面白がっているな?


 っていうか新撰組って何だろう?


 疑問ではあったが、羽織と名前が合わさり、そこにツクシがそろえば、それが完全に彼女の趣味だということは間違いない。


 俺はヒクリと表情筋を痙攣させたが、こうなったらもう抗う術など存在しなかった。


 だから俺は素直にあきらめて、頭を下げた。


「……よろしくお願いします」


「よし! 突撃だ! 僕に続け!」


 号令と共に兵士達は、俺の新しい城に雪崩れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る