第42話

「……」


 圧倒的物量と筋力に物を言わせた掃除は圧巻&スピーディだった。


 更にどこから持ってきたのか、水が湧き出す魔道具まで使い、外壁までピカピカに磨き上げられている。


 魔道具とは中に内蔵された魔石を使い、簡易的な魔法を使う道具である。


 あまり強力な魔法は使えないが、日常生活レベルならすごく便利な道具で、町の魔道具店に行けば購入できる。


 結構高価なもののはずだがどこから調達してきたのか、ずいぶん気合を入れて掃除をしてくれるものだった。


「こんなに建物って輝くものだったんだな。助かるんだけど……だ、こんなところで油を売ってていいのか? 町の衛兵は今めちゃくちゃ忙しいだろ?」


 降臨祭という祭りに先駆けて、我が家では筋肉の祭典が前倒して始まったわけだが、もちろん町では相変わらず降臨祭の準備中である。


 兵士と言えば町の治安を守るのが役目のはずで、このみんなが浮足立っている今こそが活躍時だとも言える。


 だというのに、箒やらはたきやらを持ったガタイのいい兵士達を見たら何事かと誰でも思うだろう。


 俺の疑問に兵隊時代の仲間達は爽やかに言ってのけた。


「気にするなだいきち! 仲間の門出だ!」


「そうだぞ! 手伝いくらい任せておけ!」


「細かいことは気にするなだいきち! 掃除を急いで終わらせたらダイジョブだ!」


「……それ大丈夫じゃないってことじゃないか?」


 俺は先頭で指揮を執って自信満々に胸をたたくツクシにはジト目を向けておいた。


「ん? 僕も掃除うまいぞ、だいきち! 雑巾がけはプロフェッショナルだ!」


「……じゃあそこの柱を掃除してもらってもいいですか?」


「うん! 任せろ! 木目まで消してやるぞ!」


 だが喜び勇んで柱に突撃しようとしたツクシの襟首は、ムズンと掴まれ宙吊りにされてしまった。


「任されないでください」


「うい?」


 捕獲されたツクシは顔を上げて、しまったと言う顔になる。


 こんなことができる相手は王都広しといえど、そう多くはない。


 勇者の襟首を捕まえていたのは青みがかった髪をした背の高い女軍人さんであった。


 彼女は氷のような目で勇者を睨み、勇者もまた凍り付いた表情のまま彼女を見た。


「ヒルデ! ま、まさか……もうバレたのか!」


「当り前です。どれだけの兵士に招集をかけているんですか貴女は」


「ぬううう。仕方なかったんだ! だいきちが来たから……! だいきちが来たから……!!」


「……」


 そこの勇者よ。人のせいにしないでほしいのだが?


 周囲のさっきまでにこやかだったマッチョ達も彼女が踏み入った時点で蒼白になり、動きを止めている。


 それもそのはず、彼女こそ勇者の片腕『雪原のヒルデ』なんて呼ばれている凄腕魔法使いにして、実質彼らを率いている上官である。


 副官として勇者に付き従う元上司は俺の方をジロリと見て言った。


「お久しぶりですね。ダイモンさん。お元気そうで何よりです」


「ええ。おかげさまで……」


「自分に合った環境を見つけたようですね。だが気をつけなさい。この連中は手加減を知らない。真面目に付き合っていては体がいくつあっても足りませんよ?」


「そんなことないぞ! だいきちは丈夫なんだ!」


 口を挟んだツクシは襟首を一回振られて黙らされた。


「お黙りなさい勇者様。ただでさえ降臨祭の準備で人手が足りていないのです。勇者様も今年の祭りではお忙しいのですから、あまり余計なことはしないように」


「よ、余計なことじゃないぞ! だいきちが困っているんだから助けるんだ! な! だいきち!」


 よせやめろ。こっちに振るんじゃない。


 どう答えても睨まれそうだが、ツクシも好意でやってくれているのはわかっている。


 俺はため息交じりに頷いて、ほんの少しだけ助け舟を出すことにした。


「ええ……実際非常に助かりました」


 そう言った瞬間ツクシの表情がパァッと輝いた。


 でもこれでフォローは終了である。


 基本的に俺はヒルデさん支持派だった。


「後は一人でも大丈夫ですから、連れて帰ってもらってかまいませんよ?」


 そう言った途端ツクシはこの世の終わりみたいな顔で驚愕していた。


「そうですか……ふむ」


 シカシそれを聞いたヒルデさんは店の様子をザッと眺め、意外な指示を出し始めた。


「あと五分です。最低限の片付けだけ終わらせなさい。ダイモンさん、もし今後何かしら人手が必要なら言いなさい。対応しましょう」


「えっと……ありがとうございます。いいんですか?」


 思わぬ申し出だったか、ヒルデさんはあっさり肯定した。


「ええ。かまいません。王都で店を出すならこれからも勇者様がご迷惑をかけるでしょう。手間賃だと思って遠慮などせぬように」


 俺は驚いたが、ありそうな未来に苦笑する。


「そうですか……そうですね。ではお願いします。今度は簡単に壊れない扉を用意しておきますよ」


「……勇者様。扉を壊しましたか?」


 ジロリと睨まれツクシは明後日の方を向いて、口笛を吹き始めた。


 ごまかすのが下手すぎる。


 ヒルデさんは軽くため息を吐くとツクシを小脇に抱えなおして俺に向き直った


「わかりました。扉の代金はこちらに請求なさい。それではこれで失礼します」


「うおおい! だいきち! 僕、今年の降臨祭は闘技場で戦うんだ! 見に来いよだいきちィ!」


「おう」


 抱えられたまま元気に手を振る勇者を見送る。


 ああ、こんな非常識な光景なのに、帰って来たんだなと俺はそんなことを思った。

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