第39話

 門も騒がしかったが、町の中も予想以上に賑わっていた。


 町の住人達はみんなどこかせわしなく、釘を打ち付けたり木材を運んだりと何かの準備に勤しんでいるようだった。


 久しぶりに訪れた王都の雰囲気は、懐かしいというよりも妙に慌ただしい。


「なんか準備してるな……。ああ、そうか。降臨祭の準備か」


 記憶の日常とは少し違う状況で、俺はそんな祭りがあったことを思い出した。


 降臨祭とは大昔初めて召喚された英雄がこの地に姿を現したと言われている日を記念して行われるお祭りだった。


 かつて魔王を倒した異世界人は勇者と呼ばれたが、それで終わりではなかった。


 倒しても倒してもそのうち魔王が復活するので召喚は未だに行われ、勇者の名前もとても尊敬されている。


 だからこそ降臨祭は王都で最も活気のある祭りだった。


「まぁ、俺も勇者候補だったんだけどな……いいんだけどさ。しかたないし」


 ああいかんですね。どうも。


 久しぶりに帰ってきていじけた不満がふわりと心に浮かんだのを俺は首を振ってかき消した。


 言っても仕方ない話である。


「……サンドウィッチでも買っていくか」


 俺は門番が預かっていた伝言を頼りに、王都の都をふらりと散策しながら目的地に向かった。




 指定の場所にはたどり着けたはずだった。


 土地勘も多少は残っていたようで迷うこともなかったはずだ。


 なのに素直に喜べなかったのは、指定された場所があまりにも想像と違ったからだった。


「……なんだここ?」


 その場所は、ただの空き家のようだった。


 立派な建物だが、人の気配がまったくない。


 お嬢様の話じゃこれから店を出す相談をするはずだから、しばらくは宿暮らしも覚悟していたのだが、さて無人の建物に案内されるとはどういうことだろう?


 地図を確認したが、やっぱり間違ってない。


 首をかしげていると、ガラガラと馬車の音が聞こえてきた。


「ずいぶん派手に街中を走ってるな……」


 俺は音源を振り返ると、馬車が石畳の道を滑り俺に迫ってくるのが見えた。


「……は?」


 湯気を上げる巨大な軍馬が引く馬車は生の迫力があった。


「ぬお!」


 俺は思わず建物の壁に張り付き道を譲る。


 前を通り過ぎることを願っていたが、馬車はピタリと俺の前に止まった。


 そして俺は馬車から真っ赤なドリル髪の女性が出てきたのを見て、それが誰なのか理解した。


「待たせましたね。ダイキチ。どうですか? 自分の店を見た感想は?」


「お久しぶりです、シャリオお嬢様? え? 店?」


「ええ。そうですよ。馬車で乗り付けられる道と、屋敷から近い立地。中々の掘り出し物でしょう?」


「……」


「何か言いたいことでも?」


「特にありませんです。はい」


 多少の強引さは感じたものの、物件については悪くないどころかちょっと良すぎるほどだ。


 建物はしっかりしているし、広すぎるくらいに広いのは外観からでもよくわかる。


 店としてはガラクタ屋で成立するのかすっごい不安。


 これなら王都の拠点として申し分ないはずである。


「結構。では中に案内しましょう」


 そう言うとシャリオお嬢様は連れてきていた執事を一瞥する。


 執事さんが素早く動き、建物の扉を開けるとギギッと音を立てた木の扉の奥には高級感のある店内が広がっていた。


「お、おお……?」


「店舗の一階部分は整えさせましたから問題ないでしょう。二階と三階、それと地下はまだ手付かずのはずですから好きになさい。足りない物は言いなさいな。こちらで用意できるものは用意しましょう」


 しかしつらつらと説明される初耳の情報に俺は目を白黒させてしまった。


「なんか……何から何までありがとうございます」


「よくってよ。異世界の文明を扱える人材は貴重です。大切なことは今後も有用なものを見つけ出すことです。できれば魔法では再現できない未知の技術や、新たな発想に期待します」


「ははっ! 精進します!」


「結構。ではわたくしは予定がありますからこれで。ジャン。彼の要望を聞いて後で届けるように」


「かしこまりましたお嬢様」


 ジャンと呼ばれた執事さんが恭しく頭を下げ、お嬢様は颯爽と赤毛のドリルの髪を揺らしながら店を後にした。


 かっこよい。そしてあまりにも気前が良すぎる。


 残された俺は剛毅なシャリオお嬢様の貴族力の前に平伏したくなってきた。


 執事さんは前にお嬢様と一緒にいた騎士さんで、彼はシャリオお嬢様の後を引き継ぎ、淡々と説明を始める。


「それではダイキチ様。お嬢様から大まかな指示は受けております。今後に関して細かく詰めていくことにいたしましょう」


「……あの、ジャンさんでしたっけ? えっとお嬢様は何でここまでしてくれるんですか? 一応俺の売った商品を気に入ってくれたっていうのはわかっているんですけど。ここまでしてくれるとは思わなかったんです」


 せっかくなのでシャリオお嬢様のいないこの機会に質問してみた。


 するとジャンさんは穏やかに笑みを深めていた。


「そうですね……お嬢様の髪型はなにぶん特殊な手入れが必要でございまして、主に熱を必要とするのです。……しかしお嬢様は魔力を使うと炎や熱の影響を一切受け付けなくなってしまうのです。炎を象徴する髪型であるはずが、歴代で最も強い力を持つがゆえに負担となってしまう……まさに悲劇です」


「は、はぁ」


「ところが貴方がお嬢様に譲ったものは一切の魔力を使わずに済む道具でございます。実に画期的であると言わざるを得ないでしょう。それが貴方に興味を持った切っ掛けだと思います」


「ああ……なるほど。そうなんですね」


 ドリルの秘密はよくわかった。だがそれはそれである。


 まだ少し店の理由には弱い気がした。


「それに……旅から帰ってきてからお嬢様は変わられました。特に異世界について興味を持たれているようで、少しでも情報が欲しいのでしょう」


 だが続く理由には妙に納得してしまった。


 シャリオお嬢様が後れを取った蒸気王、そして出し抜かれた形になった白い戦士は両方異世界製だった。


 騎士として目に見える脅威に何か備えるべきだと考えても何ら不思議はない。


 俺としては、このあたりで一定の納得はしていたのだが、むしろここからジャンさんの口調に熱がこもり始める。


「以前は戦うことにしか興味がなく、旦那様も心配しておられたのですが。最近は美容や身なりにも気を使われるようになられまして……。そういうわけで今回の出資は旦那様も大いに興味を持たれ、応援するとのことですので、遠慮なさらず申し付けてくださいませ」


 彼にしてみれば本命の理由はこちらのようだった。


 まさかの実家からの後押し!


 しかも目の付け所が斜め上だった。


 ジャンさんは淡々と語っているはずである。


 しかし目の前の彼の瞳には静かな炎が揺れているのが見えた気がして、そのマジっぷりが想像できた。


 俺は若干逃げ出したくなったが―――。


「は、はぁ。そうなんですか……ご期待に沿えるように頑張ります」


「ええ、よろしくお願いします」


 正直自分でも相当怪しいと思える店に妙な期待はしないでほしいのだが、そんなこと言える雰囲気でもなかった。

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