第38話

 日を改めて数日後。


 王都のシャリオお嬢様にお返事の手紙を書き、身辺の整理を整えた俺は最低限の旅支度を整えて王都へ旅立った。


 とはいえそんなに簡単な旅というわけでもない、乗合馬車での五日間はかなりの長旅だった。


 ゴトゴトと揺れる馬車に揺られ、予想していた回数野宿をし、一緒に旅をした冒険者達とそれなりに仲良くなり始めた頃、ようやく王都の城壁はその姿を現した。


 王都をグルリと取り囲む都市城壁は人間の生存圏にモンスターを入れないために作り上げられた堅牢な壁である。


 東西南北に一つずつある門を抜けなければ中に入ることができない王都自慢の防衛機構だ。


 五日間旅をした冒険者のパーティと一緒に俺は北の城門にたどり着いた。


 俺達のような旅人は人間であれば、軽い審査を受ければ晴れて都に入ることができる。


 俺のように前もってお嬢様から紹介状をもらっていたり、冒険者のようにきちんとギルドから発行された身分証をもっていると審査はより簡単なものになる。


「いやー……お久しぶりだなぁ」


 俺が辺りを見回しながらそんなことを呟くと、隣の冒険者も順番待ちが暇らしく話しかけてきた。


「ああ、そういえばダイモンさん。初めてじゃないって言ってましたね」


 大きな杖を持った女の子の冒険者、パシーはいよいよ王都に入るのが嬉しいのか、落ち着かない様子だった。


「ああ、そうなんだよ。ちょっと兵隊をやってた時期があってね」


 王都に住んでいた時のことを思い出していると、戦士のトマスは俺を意外そうに見た。


「へー、あんた、なんかそんな感じには見えねーけどな」


 自分でもすごみがあるとは思えない。しかし隣にいた神官のゴドンは納得したようだった。


「いやいや、ダイモン殿はよく鍛えておられますよ。野宿にも慣れているようだった」


「うん……それはとても慣れているね」


 前に王都から出て来た時も馬車で五日かかる道のりを俺は徒歩だったのだ。


 何なら、俺が昔野宿で使ったいい感じのポイントを冒険者である彼らに教えてもいいくらいである。


 だが俺達の雑談は、自分達の順番が回ってきて、中断となった。


「よし、次の者!」


 そこにはいかつい水色の羽織を着た巨漢の衛兵が二人並んで、俺達を見下ろしていた。


 冒険者組三人がゴクリと喉を鳴らすのが聞こえたが、実際そのくらい強烈な威圧感がある。


 冒険者というくらいだからそれなりにいい体格をしている彼らを基準に比べてみても、衛兵はあまりにも鍛え上げられた筋肉をしていた。


「……」


 俺も二人組を見上げることになるが、たぶん冒険者達とは少し違う表情を浮かべていただろう。


 よく見るどころかちょっと目を逸らす俺。


 しかし衛兵達は無遠慮に近づいてきて、俺に言った。


「通行証か紹介状は持っているか?」


「ああ……持ってるよ」


 俺は持っていた通行証を差し出す。


 受け取ろうとした衛兵と視線が合った瞬間、彼らはギョッとした顔をして俺の肩を掴んだ。


「ダイキチ! ダイキチじゃないか!」


「… … 久しぶり」


「おい! みんな! ダイキチだぞ! ダイキチが帰ってきた!」


「なんだと!? ダイキチが!?」


「おいおいそれは本当か!? あのダイキチがか!?」


 するとわらわらと大柄の衛兵が集まってきて、にわかに騒がしくなる。


 自分達よりも強そうな衛兵達に取り囲まれて、冒険者一行は小さくなっていた。


 可哀想なことをしたなと思ったが、もう流れは止まらない。


「ダイキチさん……これはいったい?」


「彼らは……知り合いなのですか?」


「ええっと……とってもおっきいですね?」


 そうだねっと俺は視線だけで彼らの言葉を肯定した。


 彼らはでっかい。そして彼らは知り合いだった。


 かつては同じ釜の飯を食い、一緒に体を鍛え上げた同僚である。


 苦楽を共にしたのだ。それなりに仲良くやれていたと、俺も思っている。


 だがしかし俺と一緒に門を抜けるはずだった方々が、巨漢の筋肉軍団に不安そうに怯えだしたのは問題がある。


 ここはさっさと撤退するべき場面だった。


「よし! あの方に連絡だ! 喜ぶぞ!」


「ダイキチが帰った! 宴の準備だな!」


「盛大にやろう! 何せ久しぶりのダイキチだぞ!」


「しなくていい! しなくていいから早いとこ門を通してくれ!」


「「「えぇー」」」


 盛り上がり始めた彼らを止めると、とてもマッチョな衛兵達が不満を訴えてくる。


「……しばらくはこの町にいることになるから。落ち着いたら挨拶しに行くよ」


 土産もあるしと言うと、マッチョは皆ニカリと満面の笑みを浮かべていた。


 相変わらず変わっていないようで何よりだが、少し気になることもある。


 最後に会った時、彼らは青い羽織など来ていなかったと思うのだが、何かあるのだろうか?


 小さな疑問は慌ただしさに押し流された。

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