第33話
俺は落ち着きを取り戻して周囲を確認すると、塔はひどいことになっていた。
少々暴れすぎたらしく、気が付くと派手にいろんなところが崩壊している。
そして肝心のここに来た理由も……思い出した。
「あー……あのお嬢様は大丈夫だろうか?」
恐る恐る俺は塔のお嬢様が囚われていた部屋に戻ると、彼女の入ったガラス球はまだ健在で、相当丈夫で助かった。
大丈夫、顔は隠している。
俺は平静を装って堂々とガラス球に歩み寄り、お嬢様に言った。
「少し離れていてくれ」
「……」
言う通りお嬢様は下がる。
妙に素直でなんだか意外だが、俺はそこに拳を叩き込むと案外あっけなくガラスは砕けた。
解放され、こちらの様子を窺うように出てきたお嬢様に俺は言った。
「大丈夫か? もう少ししたら、助けも来るだろう」
せっかくなのでちょっと、ヒーローっぽさを意識してみた。
するとお嬢様は、やはり何も言わずにコクコクと何度か頷いただけだった。
なんか……ホント意外。
少なからず驚いた俺だが、そろそろお暇するべきだろう。
自分勝手なヒーロー活動は基本嫌がらせみたいなものだ。
塔はかなりの高さだが、このスーツならなんとかなるだろう。
さっそく飛び降りようか? でもこの高さはちょっと怖いな? なんて思っていた俺は呼び止められて立ち止まってしまった。
「あの……! わたくしの名前はシャリオといいます!」
俺はちらりと背後を盗み見る。
するとお嬢様は真っすぐに俺を見ていた。
俺はそのまま逃げようとしたが、しかし続く彼女の言葉には反応せざるを得なかった。
「貴方は……わたくしを二度も助けてくださいました。貴方は……勇者様なのですか?」
俺は飛び降りる寸前で動きを止めて、今度こそお嬢様を振り返る。
「……違うな、そうじゃない」
驚くシャリオお嬢様に俺は、これだけは言わずにはいられない。
「勇者じゃない―――俺は“ヒーロー”だ」
それだけ言って、俺は塔から飛び出した。
日は沈み夜の帳が降りてくる。
俺はマフラーを翻し、夜空を駆けた。
一方その頃、ジャンは白い戦士に続きオークの城に攻め入っていた。
騎士であり、メルトリンデ家に仕える執事のジャンは当主にふさわしい資質を持つ者を公私ともに支えなければならないはずの立場だった。
だというのに守るべき主を攫われるという体たらくは許されるものではない。
ジャン自身、シャリオお嬢様の力があまりに強大だったため、油断していた自分を恥じた。
だがオーク達を突破して、ようやくたどりついた場所でジャンは目的の人物を発見した。
「お嬢様! 無事ですか!」
見回せばその部屋は戦闘の後が見て取れ、廃墟のような有様だった。
そんな中シャリオお嬢様は瓦礫の転がる床に座りこみ、呆けたように部屋の亀裂から空を眺めていた。
そんな姿を目にしたジャンは血の気が引いた。
いったい何があったのか?
シャリオお嬢様は彼女らしくもなく、力の抜け切った表情だが、服の乱れもなく怪我がないことにジャンは胸をなでおろす。
「お嬢――」
歩み寄ろうとしたジャンだったが、シャリオはそんな彼にまるで気が付いていないようにスクリと立ち上がり、彼女の巻き上げられた髪が、ザワリと蠢くのが見えた。
「うっ!」
ジャンは固まった。
あれはお嬢様が感情的になった時の、最も危険な兆候だ。
自分の後から今にも部下達が続いてやってくるだろう。
焦りは募る。
シャリオは頬を紅潮させ、激しく、かつてない勢いで燃え始めた。
「……ヒーロー」
シャリオがぼそりと呟くと、ジャンの全身から冷や汗が吹き出し、後からやってくる部下に向けて叫んでいた。
「―――退避!」
炎は爆発する。
シャリオの軍服を炎が包み、いつしか炎の形態はドレスのようになって燃え広がった。
彼女を中心にして炎は部屋を絨毯のように舐め、そんな中をダンスでも踊るようにくるくると踊りまわるシャリオはぞっとするほどに美しく、これ以上ないほど危険であった。
「フッ……フフフッ……わたくしのヒーロー!!!!」
声は轟き、炎は踊る。
その日、オークの城は一晩中赤く燃え盛り、朝まで炎が消えることはなかった。
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