第32話

「うおおおおおお!」


 魔力を吸収したマフラーがビームを弾くが、すさまじい熱が体を包んだ。


 拡散し、脇を抜けていった熱線はたやすく床を切断し、生々しい爪痕を残してゆく。


 完全に正面から突っ込んでしまった俺にはもはや逃げ場なんてありはしない。


「……!」


『耐熱限界まであと30秒』


 テラさんの無慈悲な警告が聞こえた。


 俺の頭には、熱でおかしくなったのか過去の情景がよみがえる。




「ああ、これでは勇者とは言えない―――」


 俺がこの世界に呼び出されたその日、そんなふざけた言葉から俺の異世界は始まった。


 勇者として呼ばれたのに勇者として機能できない欠陥品。


 だがそれはもうよくわかっていた。


 俺は勇者にはなれない。


 俺はもう本当の勇者を知っている。


 あんな、めちゃくちゃな運命を息を吸うように蹴散らすのが勇者だとしたら、あんなのになれるものか。


 だけど、うらやましくないわけがなかった。


 このわけのわからない世界では、力がなくたって厄介なことなんていくらでも湧いて出た。


 俺は立ち向かう力が欲しかった。 抗う術が欲しかった。 ただただ生き抜くためにそれを欲した。


 だからどうにかして自分で手に入れることにしたんだ。


 魔法がダメなら別の物だ。出来ることなら勇者に見劣りしないほど強く―――強く。


 そのためにやれることは何でもやると決めたのだ。



 俺は軋むほど奥歯を噛みしめる。


「テラさん……俺は……今、ここで俺は……ヒーローになる。だから……力を貸してくれ!」


 チカチカと頭の中で火花が散った。


 全身の筋肉は限界を超え、極限状態で悲鳴を上げる。


 背中のエレクトロコアが瞬くと、俺は一歩前に前進し―――叫んだ。


「こんなところで、負けてたまるかぁあああ!!!」


『警告。エレクトロコアに異常な反応を確認』


 エレクトロコアが輝きを増してゆく。


 輝きは全身を伝わり、そしてマフラーはエレクトロコアの光を吸収して、青く雷光が迸る。


 また一歩前に進み、気が付けばマフラーは拳を中心にまるでドリルのように螺旋を描き、熱線を貫いていた。


「……馬鹿な!!」


 驚愕の声が聞こえる。


 頭は無理だ、だがどこでもいい。


 俺は拳を振りかぶる。


「喰らうかよ!」


 蒸気王はとっさに蒸気を噴出し、後ろに距離を取った。


 そして俺の身体を両手で挟み込もうと、巨大な腕が左右から迫る。


「はああああ!」


 生死の狭間にいたその刹那、俺は本当に雷光のように輝いた。


「何ぃ!!」


 俺の拳は雷をほとばしらせて加速する。


 蒸気王の両手は空を切り。


 蒸気王に届いた拳は、分厚い装甲にめり込んで、チカチカとスパークしてさく裂した。


 ほんのわずかな数秒間、辺りはとても静かだった。


『パワー低下。エラーを検知。撤退を推奨』


「……!」


 テラさんの余計な情報を聞き流しながら、俺は蒸気王を睨みつける。


 万全であろうがなかろうが、ここで逃げられるわけがない。


「……」


 俺は一歩踏み出し身構えたが、蒸気王はガンガンと音を立てて後ろに下がった。


 そして大きくひしゃげた拳の痕に触れた蒸気王は呟いた。


「……見事だ」


 白い蒸気が大量に吹き出し、蒸気王の装甲が大きな音を立て崩れてゆく。


 機械の鎧の中から現れたオークの表情は、とても悲しげなものだった。


「貴様に言われずとも気づいていたさ……ここは……私の世界ではない」


 蒸気王は自嘲するような笑みを俺に向けて、塔の下へと真っ逆さまに落ちていった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」


 俺はやけに大きな自分の呼吸を聞いて生き残った実感を得る。


 何が起こったのか、すべて理解したわけじゃない。


 だが俺は拳を握り締め高く掲げる。


 俺は蒸気王に勝利した。

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