第31話

「「おおお!!」」


 ガツンと一撃本気の右ストレートが正面からぶつかった。


 重い感触と同時に、ドカンと嫌な音がして弾き飛ばされたのは俺の身体だった。


「ぐっ!」


 押し負けたことに驚愕したが、驚いている暇もない。


 蒸気王は間合いが開いた瞬間、蒸気を吹き出し高く飛び上がる。


 巨体からは想像もできないほど軽々跳ねた蒸気王に、さすがに俺の表情も強張った。


「!」


「くらえ!」


 そしてそのまま蒸気王は両手を振り上げて、落ちてくる。


 落下速度込みのあのパワーは受け止めるのはきつそうだ。


「なら……これでぇどうだぁ!」


 だから俺は咄嗟にマフラーを空中の蒸気王に巻きつけ、そのまま力任せに振り回した。


「ふんぬ!」


「ぬお!」


 蒸気王はハンマー投げのように勢いよく部屋を一周し、一直線に飛んでゆく。


 そのまま天井を突き破り、大穴を開けた蒸気王を追って、俺は屋上に飛び出した。


「―――」


 空はいつの間にか夕日で燃えるように赤く染まり、塔の屋上は雲海に浮かんでいるようだ。


 息を飲んでしまいそうな景色だが、そこで俺はしぶとく踏みとどまる蒸気王を見つけた。


「……小賢しい真似を」


「こっちもパワーには自信があるんでね」


 だが戦った感じ、蒸気王の馬力はやばい。


 俺は小声でテラさんに尋ねた。


「……ここだけの話、テラさんから見て、勝率ってどんなもん?」


『驚くべきことに。パワーだけならば向こうに分があります。蒸気機関恐るべしです。なにか我々の知らない、未知の技術で動いている可能性があります』


「……なるほど」


 こいつは本格的に命がけの決闘になりそうだ。


 一瞬でも恐怖に負けたらそこで終わりになるかもしれない。


 だがそれこそが俺の選択だ。もとより覚悟はある。


「いいさ……やってやる!」


 パワーで勝てなくても急所は本体ただ一つ。あの中身のオークだけだ。


 振り回される建機みたいな腕をかいくぐり、むき出しの頭に一撃入れてやればいい。


 あいつは今日ヘルメットの大切さを学びながら、致命的な敗北をその身に刻むことになる。


 パターンをいくつか用意して、俺は一度深く息を吸い込んだ。


 そして短く吐き出し、気合を込めて飛び出した。


「熱を制すことこそ我らが技術の神髄……」


 そして蒸気王の胸が夕日にも負けない輝きを発し始めていることに気が付いたのは飛び出した後だ。


 考えてみれば、怪力が切り札だと誰が言っただろう?


 俺の予測はすべて相手に他に切り札がない事を前提にしていて。


 飛び出しそうな奥の手を避けることは当然叶わずに、蒸気王から赤い閃光が迸る。


「焼き切れろ!」


「!」


 胸から放たれたのは超高温の熱の塊だった。


 まさかビーム的な熱線まで放ってくるなんてまるで思っていなかった俺はとっさにマフラーをほどき、前に突き出して閃光を受け止めた。

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