第30話
真鍮色のパイプの塔を、ひたすらまっすぐ登ってきたら、俺は目的の部屋にたどり着いた。
今日もエレクトロコアの輝きは絶好調。
強敵を前にして、パワードスーツが止まらない。
床をぶち抜きからの、かっこよく着地で俺の気分は最高潮である。
「さぁ! 来い悪党! 叩きのめしてやる!」
満足感から言うとここで帰ってしまってもいいくらいだが、そうもいかない。
見回せば金魚鉢に配管が付いたみたいな檻に入れられたドリルお嬢様がお一人。
そして、目の前にはいかにもな王冠を付けたオークがいる。
状況だけでも黒である。
オークはしばし驚いた風だったが、なんと鳴かずに言葉をしゃべり始めた。
「……キサマ何者だ?」
「へぇ……普通に言葉をしゃべるんだな。オークなのに」
「フン。貴様らの言葉を覚えるなど不本意だったがな。しかし、その鎧……貴様この世界の者ではないのか?」
「……え?」
そして次に意表を突かれたのは俺だった。
なんだこのオーク? どうにも意味あり気な事を言うじゃないか。
考えてみれば、このいまいち世界観がかみ合わない装備といい、しゃべっていることといい、目の前のオークはモンスターのオークとは何かが違う。
そこまで考えて俺もハッとした。
「! そういうあんたも……そうなのか?」
外れていたら恥ずかしいなと思いつつ尋ねてみると、目の前のオークは首を縦に振った。
「ああ、そうだとも……私は科学者でね。研究中の事故でこの世界へやって来た。しかしたどり着いた異世界は、近縁種の者達がただの害獣として締め出されている世界だ……そんな有様をただ見ていられなかったのでね。私は自ら立つことにした。私の知る限りの知恵を使ってオークをこの世界の頂点に立たせるために」
王冠のオークはどう見たって人間ではないが、そう言うこともあるのかと納得する。
どこかに存在したオークが覇権をとった世界では。高度な科学力があったようだ。
パワードスーツがある世界から何かが流れつくことだってあるんだ。オークが頂点に立つ世界から何か来ていたって何ら不思議なことはない。
それにしてもこの異世界オークの言い分は、やけに大仰である。
「力を持つ者には義務というものがある。貴様もそう思うだろう?」
饒舌に問いかけてきたオークだが、俺から言わせれば何を馬鹿なという感じだった。
「義務? そんなものあるわけないだろ? アンタのただの願望の方がまだ納得できる。アンタ、深刻ぶっているが、ずいぶん嬉しそうに話をしているぞ?」
「……」
俺の挑発交じりの返答は当然気にいらなかったらしい。
ため息を吐いたオークは俺を睨み、右手をかざすと部屋の影から巨大なものが動き出す。
いくつもの管が飛び出し、管はオークの体に絡みついて持ち上げると、その身体を部屋の奥へ引きずり込んだ。
「む!」
ぬっと代わりに出てきたのは分厚い鋼鉄に包まれた太い腕。
そして超重量を支える足腰は、それ相応に頑強である。
機械の塊は王様オークをガンガンと金属音を響かせて装甲で覆っていった。
「さて……貴様にどう思われようと構わないが」
完成した巨大な鋼鉄の化け物は、熱い蒸気を吹き出し俺の前に立ちふさがった。
蒸気機関を動力とした鎧を着こんだオークは、自らをこう名乗る。
「やるというのなら相手をしよう。……このオーク蒸気王直々にな」
「うお……でっかいなぁおい! だがぶっ飛ばしがいがありそうだ!」
天井のような掌が頭上高くから振り下ろされる。
俺はここで引き下がるのは違う気がして、全力でそれを受け止めた。
「ぬぐぅ!!」
予想以上に重い一撃に鎧越しに体が軋む。
しかし耐えきった。
だが軋むパワードスーツの音は、中々心臓に悪かった。
「ぬぐぐぐぐ……」
「ほぅ。今のを耐えるか。ドラゴンの頭蓋骨くらいならたやすく砕けるんだがな」
「へぇ……あんたもかい?」
俺の返答を聞いた蒸気王はゆっくりと腕を引っ込めて、今度は興味深そうに俺を見た。
「……なるほど、かなり高度な文明が貴様の力の大元のようだ。その脅威、見逃せんぞ?」
「見逃さなくって結構だよ。こっちも逃がすつもりはないんでね!」
相手のパワーは見た目相応に強力な物の様だ。
俺達はしばし睨み合うが、どういう風の吹き回しか、蒸気王は俺に向かって手のひらを差し出した。
「根拠のない虚勢でもないということか……ならば、この蒸気装甲を見せた上でもう一度尋ねよう。……貴様も異世界から来たというのなら手を組まないか? 中身がどんな種族か知らんが、オークの地位確立の暁には、お前の種族を優遇してもよい。私は歩み寄りを希望している」
それは勧誘だった。
だが俺にしてみれば、こんなにも胡散臭い勧誘もない。
「馬鹿抜かせよ。未知の技術を量産、兵器化って歩み寄るにはあんた、やばすぎだ。それに俺一人にてこずっているようで本当にそんなことできると思っているのか?」
まぁこの世界の連中に本気で勝てると思っているのかって話だ。
挑発するように相手を指さした俺に、目の前のオークは自覚しているのかは知らないがとても凶悪な笑みで語った。
「出来るさ。ようやくドラゴンの巣を攻め落とし、奴らが集めた希少な鉱物資源を手中に収めたんだ。この工場が本格的に稼働すれば装備の性能は飛躍的に向上するだろう。少なくとも今私が使っている鎧程度の性能なら量産できる」
俺はその瞬間、ぞっと背筋が寒くなる。
ドラゴンを殴り殺せる鎧を量産ときたか。
下にいたすべてのオークがそれを装備すれば、あっという間に最強の軍団が出来上がりそうだった。
蒸気王は巨大な腕をガチンと握り、今後の予定を語りだす。
「……例え世界が変わろうと、対等の力を持って初めて対等の話し合いができるものだ。この技術はそのための手段だよ。まぁ話し合いが決裂した場合は人間の国には滅んでもらわねばならないだろうが……それは仕方のない事だろう?」
「交渉を成功させる気がないんじゃないか?」
「あるとも。滅んでくれても一向にかまわんがね? それは向こうの選択しだいだ。働きによっては人間の国の半分をお前にやってもよい。どうだ?」
ただ俺はそれを聞いた瞬間、思わず吹き出してしまった。
「あはははは! マジか!」
「……何がおかしい?」
腹を抱えて笑う俺に蒸気王は不愉快そうだが、こっちにも堪えるのに限界と言う物がある。
「いやすまんすまん。お前の今の台詞、俺が知ってる悪の魔王にそっくりだったんでつい」
「……悪の魔王か」
それは懐かしい地球の記憶だった。
とても楽しい記憶を思い出させてくれた彼には、少しくらい感謝の気持ちもあるが、まぁ質問の答えは今確定したようなものである。
「ああ、そうだよ。そして、そう言われたからには、俺はいいえと答えなきゃ始まらない」
俺が改めて断言すると、蒸気王は長いため息を吐いた。
「ふん。浅いな。貴様のような輩は虫唾が走る」
失望したとでも言いたげな蒸気王だが、それはこちらのセリフだった。
他ならぬ異世界人がここで王様をやろうとしている時点で胡散臭くて仕方がない。
「どうかね。それはこっちのセリフだよ。他所の世界に来て王様面なんて何一つ信用ならない。あんた、ここはあんたの世界じゃないんだぞ? おかしいんじゃないか?」
「どっちがだ。たった一人でこんなところに殴り込みなど正気を疑う」
「だろうな。知っているか? 他の異世界人の言葉なんだが。異世界から転移してきたやつは頭のネジが一本外れているんだと。あんたを見てるとなるほど、確かにと思うね」
俺の言葉を聞いた蒸気王は、きょとんとした表情を浮かべ、今度は楽しそうに笑いだす。
指摘されればこいつにも、自覚するところはあったらしい。
「……フッ、フハハハハハハ! 確かにそうだ! 私もお前を見てそう思うよ! 勇者気取りの馬鹿者め!」
「生憎と俺はヒーローだ! 大事なところだから覚えておけよ? さぁやるぞ蒸気王! もう引き下がれないんだろう?」
「当然だヒーロー! 我が覇道の礎となれぃ!」
いっちゃ悪いが、最初から交渉なんてまともに成立するわけがないと俺は思う。
簡単な話だ。
右も左もわからない場所でようやく自分なりの答えを見つけ、形作ったモノがある。
それがどんなに馬鹿馬鹿しい野望でも、いや、馬鹿馬鹿しい野望だからこそ簡単に譲れるわけがない。
目の前の敵はお互いに、くだらない理由で自分を根底から破壊しようとする悪そのものだ。
お互いの動力が、最大出力で動き出す。
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